靜鬼 〜しずき〜
どうしてこうなった。
靜鬼は小さく舌打ちする。鬼の力を持ってすれば、どんなに高い木の上に登る事も難なく出来る。
出来るのだが……
「お前達、いい加減にしろよ。」
手のひらの雛鳥を潰さないようにそっと包み込み、巣へと戻そうと試みるも、先ほどから親鳥達が威嚇するようにその手を啄いてくる。
「雛を返すだけだ。」
苛立ちを隠す事なく靜鬼は親鳥たちを睨みつけた。
しかし、親鳥も自分達の巣に侵入される事を黙って見ている事はできないらしい。攻撃は激しさを増していく。
「いい加減にしろって!」
何とか親鳥の嘴を回避して雛鳥を巣の上に乗せてやる。
やれやれ。なんだってこんな面倒な事を、この俺がしなくちゃいけないんだ。
靜鬼は不機嫌な顔で木から飛び降りると、心配そうに見上げていた咲夜に嫌味の一つも言ってやろうと口を開いた。
「ありがとうございます。」
靜鬼が言葉を発するより早く、咲夜はペコリと頭を下げて言った。
「あの子が無事に巣へ帰れて本当に良かった。」
心底嬉しそうに咲夜は笑った。
「俺は無事じゃなかったけどね。」
靜鬼は親鳥に啄かれて擦りむいた手を振って見せる。咲夜はそれを見て「ふふっ」と声を漏らした。
「何が可笑しいの。」
ますます不機嫌な声を出しながら靜鬼が咲夜を睨むと、咲夜は慌てて胸の前で両手を振った。
「ち、違うんです。可笑しかったんじゃなくて、嬉しかったんです。」
そして真っ直ぐに靜鬼を見て、花がほころぶような微笑みを浮かべた。
「靜鬼様もそんな顔をされるのですね。」
「そんな顔って?」
眉根を寄せて靜鬼が問うと、咲夜はさらに笑う。
「靜鬼様はいつも表情を作って感情を隠されているので。そんなに心底嫌そうな顔をされているのを初めて見ました。」
靜鬼は驚いて咲夜の顔をマジマジと見つめる。
「ご、ごめんなさい。」
咲夜は言い過ぎたと思ったのか、慌てて頭を下げた。
「…… 何で?」
靜鬼は心の奥を覗き込もうとするように、漆黒の瞳で咲夜の目をじっと見る。
「何でそう思う?」
「あ、あの、靜鬼様はいつも無理に微笑っているように見えたので……」
靜鬼を怒らせてしまったと思った咲夜はオロオロしながら答えた。
「靜鬼様はいつも笑みを絶やさず笑っていますが、心から笑ってはいないように見えて……。怒りや悲しみもきっとそうやって隠されているのだろうなと、勝手に思っていました。」
靜鬼は黙って咲夜を見つめ続ける。
「旭鬼様は思った事がお顔に出やすい方のようなので、靜鬼様とは双子であっても正反対なのだなと……」
「旭鬼が分かりやすい?」
靜鬼は思わず咲夜の腕を掴んだ。
「逆だろ?」
氷のように冷たい声で靜鬼は言う。
「無口な旭鬼は何を考えているか分からないが、いつもニコニコしている俺は感情が読みやすいと周りの皆が言っている。」
「怒らせてしまいましたか……?」
咲夜は鈍色の瞳を揺らめかせ、今にも泣き出しそうな顔で靜鬼を見つめ返した。
「どうして俺の方が分かりにくいなんて思うの?」
腕を掴む手に力を込めてギリギリと締め上げながら更に問うと、咲夜は苦痛に眉を寄せて唇を噛んだ。
「ごめんなさい。怒らせるつもりはなったのです。ただ、靜鬼様の笑顔はいつも、どこか寂しそうに見えたので……」
靜鬼は腕を掴んだ手を引いて、咲夜を自分の方へと引き寄せると、息がかかる程の距離で咲夜の瞳を覗き込んだ。
「……目、閉じろよ。」
靜鬼の吐息が咲夜の唇をかすめる。
何がどうしてこうなったのか、咲夜は混乱したように瞳の色をくるくる変えながら、ただ靜鬼の漆黒の目を見つめ返していた。
靜鬼はゆっくりと目を閉じて顔を傾けると薄く開いた唇を更に咲夜の唇へと寄せる。
「こ、これはどういう事でしょう?」
咲夜は靜鬼の唇を指先で止めて掠れた声で言った。
「どうって、お前は俺の嫁になる為に哮牙に来たのだろ?」
「も、朢月様は私の心が決まるまで待って下さると……」
「俺は待たない。」
靜鬼はふと微笑むと、唇に押し付けられた咲夜の指先をペロリと舐めた。
「ひゃぁっ!」
咲夜は慌てて手を引くと素っ頓狂な声を上げて靜鬼の腕から逃れようと身体をよじる。
靜鬼は喉の奥を鳴らして笑うと、掴んでいた咲夜の腕を離した。
「そんな声を出されては興醒めだ。」
長い指をそっと咲夜の顎に添えると、それを持ち上げるようにして咲夜の顔を上に向け、睫毛の先に口づける。
「次はちゃんと目を閉じるんだよ。」
囁くような声でそう言うと、ポカンと立ち尽くす咲夜を置いて靜鬼はクスクス忍笑いを漏らしながら歩き去った。




