咲夜 〜さくや〜
「大丈夫だ!」
跳ねるように身体を起こした咲夜を温かな腕が抱きしめる。
はっと目を開くと、青白い月の光が障子の向こうから薄く差し込み、力強く自分を抱きしめる腕を照らしていた。
「大丈夫、夢だ。」
震える咲夜を抱きしめたまま旭鬼が言った。ドクドクと脈打つ鼓動を鎮めようと短い呼吸を繰り返しながら、咲夜はその腕に縋り付くようにしがみつく。
「夢だ。」
旭鬼はもう一度そう言って、ゆっくりと咲夜の背をさすってくれた。
「ちぇ、出遅れちゃった。」
開け放たれた襖に背を預けるようにもたれて、靜鬼が拗ねたような声を上げた。
「怖い夢でも見たの?すごい悲鳴を上げてたよ。」
夕餉の後、用意された部屋で床についた事を思い出し、咲夜はほっと息を吐いた。
「ごめんなさい……。」
小さな声で言うと靜鬼が訝しげに眉をひそめる。
「どんな夢?怖い夢は人に話すと良いって言うよ。」
咲夜は黙って首を振った。靜鬼はそれ以上は何も言わず咲夜を見つめる。
「寝ろ。夜明けにはまだ早い。」
旭鬼は咲夜を抱く腕を解いて離れると静かな声で言った。
月明かりが白い障子を照らし出し、夜の帳がまだ深い事を物語っていた。
「何事かと見に来てみれば、夜中に女子の部屋に押しかける無礼者が2人もいるとは。さて、どうしたものか」
柳鬼は腕を組んだまま部屋を見渡して大きな溜息を吐いた。
「我が主人達には本当に困ったものです。」
「そう言う柳鬼だってここに居るじゃない。」
柳鬼の少々 大袈裟な仕草に靜鬼が不満げに言う。
「柳鬼はいつも突然現れるな」
旭鬼は柳鬼のいる廊下へ視線を向けながら言った。
「だいたい、元はと言えば靜鬼様が寝る前に呪いだ何だと咲夜様に話したりするから怖い夢を見たのですよ。」
柳鬼の責めるような言いように靜鬼はむっとした表情を作ってみせる。
「俺のせいだって言うの?」
「靜鬼様のせいです。」
「靜鬼のせいだな。」
「旭鬼まで!ひどいなぁ」
唇を尖らせる靜鬼を見て咲夜はクスリと微笑んだ。
いつのまにか身体の震えも止まり、脈も静まっている。
その様子を見て柳鬼も小さく微笑むと、旭鬼と靜鬼を急き立てるように部屋を出た。
「さあ、お2人とも早く床に戻って下さい。このままでは咲夜様が眠れません。」
はいはい と返事をしながら2人は大人しく柳鬼について部屋を出る。
「では、おやすみなさい。」
柳鬼がすっと襖を閉め静寂が戻った部屋で、咲夜は小さく息を吐いた。
もう随分と長い間、見なくなっていた母様の夢をなぜ今頃になって見てしまったのだろう。
ーー私があの夢を見なくなったのは確か……
布団に身体を横たえると胸の中に声が聞こえる気がした。
『護ってやる!』
幼い子供の声が言う。
『泣くな!俺が護るから!』
真紅の目で真っ直ぐに咲夜を見つめて刀鬼弥は言う。
咲夜が1人で泣いていると、いつも刀鬼弥はそう言って慰めてくれた。何処に居ても必ず探し出して側に居てくれた。
『泣くな。どんな事からも護ってやるから。悪い夢なんて、俺が追い払ってやる!』
だから怖い夢を見たら俺を呼べ、と幼い刀鬼弥は言う。
「刀鬼弥……」
大切なものを確かめるように咲夜はその名を呼んで目を閉じた。




