咲夜 〜さくや〜
ーーもうすぐだ。
懐かしい声が聞こえる。
ーーもうすぐ迎えに行く。
「……だれ?」
暗闇の中で、ひらひらと白い花びらが舞う。
一寸先も見えない闇の中でその白い花びらだけが淡く浮かんでは散って行く。
「だれなの?」
不安に押しつぶされそうになりながら咲夜は問う。
ーー必ず迎えに行く。……約束を果たしに行く。
少し掠れた低い声は酷く悲しそうに切なげな音を紡ぐ。
咲夜はその声を知っていた。水面を揺らす風のように微かな囁きも、深く静かな話し方も。咲夜は確かに知っていた。
それなのに、誰の声なのか思い出せない。
「泣いているの?」
暗闇に手を伸ばして声の主を探すが、深い闇があるばかりでその手には何も触れるものがない。舞い散る花びらが闇に浮かんでは消えていくだけだった。
ーーもうすぐだ。
声の主は微かに震える声で囁く。
ーーもうすぐ迎えに行く。
「泣かないで。」
咲夜は見えない闇の向こうに呟いた。
「そんなに悲しい声で泣かないで。」
喉の奥にある苦しい程の痛みが胸へと落ちてゆく。
今すぐ側に行って抱きしめたいと心から願った。
「ダメよ。」
ふいに背後から肩を掴まれる。
驚いて振り返ると、キツく唇を引き結んだ由乃が立っていた。
「母様…… ?」
咲夜の呼びかけに応える事なく、由乃は虚ろな瞳に咲夜の姿を映したまま繰り返す。
「ダメよ。咲夜。」
振り上げた由乃の手にギラリと光る刃が握られていた。
「母様……」
「ダメよ!!」
叫び声を上げて由乃は掴んだ咲夜の肩に刃を突き立てた。左肩に焼けるような痛みが走る。
咲夜は由乃の手から逃れようと必死で身をよじるが、恐ろしい程の力で押さえつけられて動けない。
「いや!」
振り下ろされる刃が2度、3度と咲夜の肩を切り裂いた。
温かな血が流れてぬるりと身体を濡らしていく。
「いやぁああ!!!」
咲夜は絶望の中で声を限りに叫んでいた。




