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哮牙の里に着いたのは夕焼けの名残が、宵闇に空を明け渡し山の向こうに沈んで行こうとする夕刻になってからだった。哮牙は咲夜が思っていたよりずっと大きく、そして美しい里だった。
「里の中は陽のあるうちに、またゆっくりご案内致しましょう。」
初めて目にする他里の地を、興味深く見回して歩く咲夜に柳鬼は優しく言った。
「同じ鬼の里とは言っても、所変われば何かと目新しい物もあるでしょう。たとえば、貴女の里である禕牙は体術に優れた一族ですが、我が哮牙は手妻を得意としています。」
「手妻?」
問い返すように首を傾ける咲夜に柳鬼は頷く。
「奇術、幻術の事です。手が稲妻のように素早く動いて技を繰り出すのでそう呼ばれているんだとか。」
「幻術……どんな技なのでしょう?」
「興味がおありなら旭鬼様と靜鬼様に見せて貰うと良いですよ。」
「旭鬼様と靜鬼様……。あの双子のご兄弟ですか?」
2人の前を肩を並べて歩く双子の鬼の背中に目を向けて咲夜が問うと、柳鬼は「はい」と答えた。
「お二人とも幻術の中でそれぞれ得意とされる技は違いますが、この里で彼の方達に敵う者はありません。」
「お強いのですね。」
咲夜の言葉に柳鬼は嬉しそうに目を細める。
「ええ、勿論お強いですよ。」
よほどあの双子の鬼の兄弟を大切に思っているのだろう。彼等の事を話す時、柳鬼はとても優しい顔になる。
「とてもお強い。ですが、まだまだ未熟でもあります。」
柳鬼はそこでふと言葉を切って咲夜を見た。
「咲夜様は『強さ』とは何だと思われますか?」
いきなりの問いかけに咲夜は首を傾けて考える。
「それは身体的な強さと言う事ではなくですか?」
「そうですね。例えば、護るものがあれば強くなれると言う人がいる。ですが、失うものがない方が強いのだと言う人もいる。咲夜様、貴女は……」
ついと咲夜の瞳を覗き込むように柳鬼は顔を傾けた。
「どんな強さを望みますか?」
柳鬼は妖しいほどに美しい笑みを湛えた瞳で咲夜を見つめた。
「願わくば貴女が、あのお2人に本当の強さの意味を訓えて下さればと願っております。」
沈む陽の最後の一筋が山の間に消えると、闇の薄衣を纏うように黒々とした空に月が浮かんでいた。




