―3―
「咲夜!!」
刀鬼弥は草の上に崩れ落ちた咲夜に駆け寄ると、その身体を強く抱きしめた。
「咲夜! 無事か⁉︎ 怪我はないか⁉︎ 」
確かめるように咲夜の顔を覗き込む。
「刀鬼弥……どうしてここにいるの?」
「迎えにきた。」
刀鬼弥はギュッと咲夜を自分の胸に引き寄せた。
「俺が連れて逃げてやる。」
ドキリと鼓動が跳ねた。
温かなぬくもりに包まれて、咲夜は溢れそうになる涙をぐっと堪えながら刀鬼弥を見つめ返す。
「俺が護ってやる。一緒に逃げよう咲夜。」
それは、望んではいけない願い。もしも私が刀鬼弥と逃げたら、禕牙はどうなるの? 刀鬼弥はどうなるの?
禕牙の掟は厳しい。抜け忍や裏切りは如何なる理由があっても死罪だ。
「刀鬼弥、お前なにを言って……」
篤鬼が驚いた顔をして刀鬼弥を見た。
「そんな事、許される訳がないだろ‼︎ お前が長の息子であっても……いや、頭領の息子であるからこそ許されない事だ!」
「許して貰おうなど初めから思ってない!」
刀鬼弥は咲夜を抱く腕を強くして叫んだ。
「覚悟ならとうに出来てる。」
それは里を出る覚悟。
親や友を失くす覚悟。
仲間を裏切る覚悟。
そして、 命すら捨てる覚悟。
「そんな覚悟はいりません」
咲夜は思わず顔を上げてキッパリと言った。
「私はそんな事、望んでない!!」
ーーダメだよ、刀鬼弥。そんな事を言ってはダメ。
「私には、私の覚悟があってここに居る。私の覚悟を刀鬼弥が否定しないで。」
ーー泣いちゃダメだ。泣いたら刀鬼弥が心配して私を置いて行けなくなる。
「私は刀鬼弥と逃げる事なんて、望んでない。」
目を見開いて咲夜を見る刀鬼弥は酷く苦痛に歪んだ表情をしていた。
ーーそんな顔をさせたい訳じゃないのに。
咲夜は折れそうになる心を鼓舞するように刀鬼弥の胸を両手でぐっと押し返した。
「お願い。刀鬼弥は篤鬼と一緒に鬼弼を里に連れて帰ってあげて」
「いやだ!」
刀鬼弥の絞り出すような声に咲夜はギュッと目を閉じた。胸が痛い。痛くて痛くて悲鳴をあげる。
帰りたいと言葉にしてしまいそうになる。
「刀鬼弥!」
咲夜の声に刀鬼弥は首を振る。
「いやだ!絶対にいやだ!!」
「刀鬼弥、いい加減にしろ!」
篤鬼が刀鬼弥から咲夜を引き離すように間に割って入った。
「お前が咲夜を困らせてるんだって何で分からない! 咲夜がどんな思いで今の言葉をお前に言ったか、お前には分からないのか!」
篤鬼の顔も苦しそうに歪んでいた。
「もうこれ以上、咲夜に辛い言葉を吐かせるな!」
心が苦しい。痛い痛いと泣き叫んでいる。それでもその手を取る事は出来ない。たとえどんなに離れていても、たとえ二度と会えなくても、刀鬼弥に生きていて欲しい。笑っていて欲しい。私は、こんな守り方しか出来ない。
「刀鬼弥。蓬をお願いね。」
ふわりと微笑んで咲夜は刀鬼弥の腕から身体を離した。
「ダメだ!行くな、咲夜!!」
追いすがる刀鬼弥の前に篤鬼が立ち塞がった。
「まだ分からないのか!ならば……」
忍刀の柄に手をかける。
「どうしてもと言うのなら、俺を殺してから行け!」
はっと目を見開いたまま刀鬼弥は篤鬼を見た。
「逃げれば追わねばならない。俺はお前を罪人として追いたくはない!ならば今ここで、俺はお前を討つ。」
咲夜は刀の柄を握り締める篤鬼の手にそっと指を乗せて、それを押しとどめた。
「刀鬼弥。貴方が背負っているものは、貴方が思っているよりずっと重いよ。貴方の命一つ差し出して、どうにかなるものではない程に。」
「咲夜……!」
伸ばした刀鬼弥の手が咲夜の手を掴む。
咲夜は掴まれた反対の手でそっと刀鬼弥の頬に触れた。
大好きな幼馴染。大切な大切な人。
指先の震えが伝わらないように、蝶が止まるほどに微かな感触だけを残して、その指はすぐに離れる。そして刀鬼弥が握りしめていた手もそっと解くように外されていく。
その手の中に、刀鬼弥の手が何かを握らせた。咲夜が手のひらをひらくと薄桃色の組紐があった。
「……お土産?」
くすりと笑って問いかけると刀鬼弥も優しく微笑んだ。
酷く悲しそうな微笑みで。
「約束してただろ? 蓬とお揃いだ」
「……うん。」
ギュッとその組紐を握りしめて咲夜は笑った。
溢れる涙に負けないように、これから刀鬼弥が私を思い出す時に悲しい顔ではなく笑った顔を思い出してくれるように。
「ありがとう」
咲き誇る花のように咲夜は微笑んだ。




