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月鬼の華 ~ tuki no hana ~  作者: うめは
鬼の里
11/54

―2―

 まるで金の瞳に射抜かれたように咲夜は動けなかった。


「退屈な任務だと思っていたが……」


 妖しいほどに綺麗な瞳を細めて、男が喉の奥でクツクツと笑う。


「思いがけない楽しみが出来た。」


 咲夜は葉ずれの音さえ止まったかのような静寂の中で、見開いた目をそらす事も出来ずにただ男の目を見つめ返す。動けば殺される。この男は瞬きを一つする間にも、咲夜の命を事も無く奪ってしまえるだろう。背中にゾクリと冷たい汗が流れた。


「俺たちの庭先で随分と派手にやってくれるね。」


 張り詰めた空気を切るように楽しげな声がした。


哮牙(こうが)も舐められたものだな。」


 頭上に張り出した木の枝の上にのんびりと腰掛けて漆黒の髪をふわりと(なび)かせながら、美しい鬼が微笑む。

 そのすぐ隣には合わせ鏡のように同じ顔をした白金の髪を持つ鬼が立っていた。


「俺の嫁、返してもらうよ」


「まだ靜鬼(しずき)の嫁だと決まった訳じゃないだろ」


 白金の髪の男が(とが)めるように言う。


「そんじゃ、俺と旭鬼(あさき)のどちらか先に取り返した方が嫁にするって事でどう?」


 靜鬼の嬉しそうな声音に旭鬼は形の良い眉を寄せた。


「楽しそうな話だね。僕も仲間に入れてよ」


 音もなく突如として1人の少年がそこに立っていた。


 少し驚いたように旭鬼と靜鬼が少年に視線を向ける。少年はニコニコと人懐っこい笑顔で周囲を見回すと、咲夜を抱えた男に視線を止めて更に笑顔を深くした。


「久しぶりだね」


甲州(こうしゅう)忍び、吾妻(あづま)透破(すわ)か」


 男は冷ややかな声で応える。


「名を(はく)と申します。以後お見知り置きを。」


 少年は仰々しく頭を下げてお辞儀をする。少し癖のある柔らかな蜂蜜色の髪に、くるくるとした蒼い大きな瞳。柔らかく弧を描く口元。その外見とは裏腹に纏う空気は剃刀のように鋭い。


北条(ほうじょう)の飼い犬を追ってたら、こんな楽しい宴が始まっちゃうんだもん! 僕も是非、参加したいな」


「お前こそ武田の犬だろう」


 青銅の髪の鬼が憎々しげに吐き捨てると(はく)はクスクスと笑った。


「今は……ね。それより」


 それまでの笑みを消して魄は咲夜をじっと見つめる。


「変わった匂いの娘だね」


 一斉に視線を向けられて咲夜はギクリと肩を震わせた。


「この甘い匂いはなんだろう?」


「それは哮牙の女だ。お前達が気にかける必要はない」


 それまで黙って状況を見ていた旭鬼が口を開いた。


「だから僕、言ったでしょ?参戦するって」


 少年は事も無げに言う。


(たの)しくなってきたね」


 靜鬼も心底面白そうに唇をゆがめて笑った。


「お前らさっきから好き勝手言いやがって!」


 苛立ちと焦りを滲ませた表情で篤鬼(あつき)が叫ぶ。横目で倒れた鬼弼(きすけ)を見た。たとえ鬼の生命力が強いとは言え、首を切り落とされては助からない。仲間を殺されてのんびり観戦にまわるなど出来る訳がない。


禕牙(いが)哮牙(こうが)に甲州の透破(すわ)か。これは少しばかり分が悪い」


「さて、どうするかな」と小さく男が呟いた瞬間、一陣の風が吹いた。燃え立つような真紅の風。その刹那、キンッ!と刃がぶつかる甲高い音が響いた。


刀鬼弥(ときや)……!」


 怒りを(たぎ)らせた紅い目で、真っ直ぐに男を睨みつけた刀鬼弥が両手で叩き付けるように大太刀を振り下ろしていた。


「ちっ」


 咲夜を抱えたままその刀を片手の打刀(うちがたな)で受け止めて、男は舌打ちした。両手で振るう大太刀を片手で受け止めていては競り負ける。咲夜を抱く腕を緩めて男はその耳元に唇を寄せた。


「ここはいったん引く。私は風魔(ふうま)(しゅう)。いずれお前を迎えに来るとしよう。それまで私の名を覚えていろ」


 (ささや)く吐息を耳に残して、刀鬼弥の大太刀を受け流すように弾くと、咲夜を腕から離しそのまま木立の陰に溶けるように姿を消した。


「あーぁ、逃げられちゃった。でも、今日は良い収穫もあったし、まぁいいか」


 魄は相変わらず楽しそうな声音で独りごちると、咲夜に向かって微笑んだ。

 深追いするつもりはないらしい。


「ねぇ、僕の事も忘れないでね。」


 一見するとあどけない少女にも見える優しげな顔でそう言うと、最後に「またね」と手を振って魄も風に乗るようにすっと消えてしまった。


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