二者択一の世界
第6隊の隊員は一人ずつ事情聴取が行われた。レンは精神状態が落ち着かず、一人だけ別日の今日に行われる。レンは地下世界の中で唯一の建造物であるグランドクロス支部スカイシーカー第1隊隊長室に着く。レンはその部屋の扉を見て、意外と狭い場所だという印象を抱いた。そして、ドアを三回ノックしてからその扉を開ける。
「失礼します」
カムイは部屋の奥にある机で山積みになっている資料と奮闘していた。レンは膨大な紙の量に驚いた。紙は地下世界では貴重な資源で、かなり高価なものであった。一人の一般人が一生を掛けても稼ぐことができないほどの量だと推測される。
「ああ、レンか。そこの椅子に掛けていてくれないか」
レンは無尽蔵な紙の量に戸惑いながらも椅子に腰掛ける。
「災難だったな。他の奴らも一番お前が気負っているだろうと言っていたよ」
カムイが言葉を発すると、部屋に長い沈黙が訪れる。空気の音まで聞こえそうなほどの静けさだった。その沈黙を断ち切ったのはカムイだった。
「君から事情聴取をするつもりはないさ。こちらはもう大体のことは把握している。
現れることはありえないはずのエラマスキアが出現し、アルはそいつに近寄り過ぎていた君を逃がすために犠牲になった。……それで合っているか?」
レンはゆっくりと首肯する。その肯定は重く苦しいものだった。
カムイはその反応を見て、一度だけ深呼吸をした。
「そうだな。毎日、人間は約九千回の選択に迫られると言われている。重大な選択も、軽微な選択も含めてな。
だが、これから君は以前よりも重大な選択に迫られるだろう。それに悔いが残らない選択をする覚悟はあるか?」
レンは黙って思考を巡らせた。真っ白な頭というキャンバスに、思考という自由な筆を使ってイメージを描こうとした。
だが、どんな絵も描くことはできなかった。
「……俺にはわかりません。俺は目の前でアル隊長を見殺しにしました。俺には覚悟が足りなかったんです。そして、実際に俺は後悔しています」
カムイは苦悩するレンの姿を見て、少し思考を巡らせる。
「じゃあ、そうだな。アルマがこの地下を襲ってきているとしよう。そいつらの向かう先には五人の大人が作業をしている。君は道の分岐点にいて、アルマの行き先を切り替えることができる。しかし、切り替える道の先には一人の少年がいる。君は五人の命か、少年の命か。さぁ、どちらを選ぶ?」
カムイは真剣な表情でレンを見つめる。その眼差しの鋭さにレンは気圧される。彼の口元はやや釣りがっているように見えた。
レンは黙り込んだ。五人の尊い命が失われるのは、重く苦しいことだ。しかし、未来ある少年の命を捨てることができない。とは言え、他の五人にも未来がある。どちらを切り捨てるか。
しかし、レンには選べるわけがなかった。二者択一の世界なんて嫌だ、とレンはそう考えた。
「……俺には、選べません。一人の命と五人の命が平等だとは思いません。でも、一人の未来ある命も尊い命です。俺には、どうしても選べません」
レンがそう言うと、カムイは笑った。嘲笑ではなく、安堵に満ちた笑みだった。
「君の隊長だったアルはね、同じ質問をした時にこう言ったんだ。俺には選べないと。君の回答と全く一緒だったんだ。しかし、君の答えは不完全だ。アルのように、行動しないと五人の命が失われてしまう。君が思い描く理想の答えを俺と見つけないか?」
レンは目頭が熱くなり、涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。
地下世界の基本情報2
・資源
この地下世界には幸いなことに石油などの燃料は地下に埋まっており、採掘が生業の一つとして存在している。しかし、食料や木材などの資源は乏しく、高価なものとして取り扱われている。冬場は水が凍ってしまうほど寒いため、水の資源も冬だけは貴重なものとされている。