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Sky Seeker  作者: 刹那翼
第1章 邂逅編
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 水力発電所の点検は何事もなく終わった。冬場に凍りついていた川も、今となっては美しいせせらぎに変貌していた。レンは内心でほっとしていた。電磁波があるものの、アルマが襲ってくるのではないかという不安があったからだ。それも杞憂に終わった。

 任務が終わり、気付けば、太陽が雲に隠れていた。

 帰り道の半ば、空がだんだんと暗くなってくる。そして、ぱらぱらと雨が降り始めた。だんだんと肌寒くなってくる。レンは初めて地上に出た時のことと重ね合わせていた。

「天気が悪くなってきたな。皆、雨が強くならないうちに戻ろう」

 アルがその言葉を告げた瞬間の出来事だった。その場にいる全員が嵐のような暴風に包まれた。誰もが立っているのがやっとだった。莫大な風で目も開けることができない。

 アルはなんとかして目を少しだけ開いた。アルの目の前に存在してはいけない生物がいた。二十メートルはあろう、体長の伝説の生物。爬虫類のように尖った視線や荒々しい牙。そして、鳥類の如く、神々しく大きな翼。銀色に煌めく羽根から放たれる暴風。それらを備えた目前の敵は、その場にいる全ての人物に人間には太刀打ちできない無力感を感じさせた。レンはアルに少し遅れて、この生物が最恐のアルマである、エラマスキアだということを直感で理解した。

 ミオはその暴風に吹き飛ばされ、木に勢い良くぶつかり、地面にうなだれてしまっていた。

「ありえない。伝説でしか聞いたことがない。

 こんなところに始まりのエラマスキアと言われているクライシスがいるはずがない」

 アルは緊急事態警告をライフォンで地下隊長に知らせると同時に、緊張に満ちた静寂を切り裂くように総員に述べた。

「隊長命令だ、一人でも多く生き残れ! そのために全力で退散しろ!」

 その言葉がこの状況を説明するのに最も相応しいものだったと、レンは痛いほど理解した。この中の誰かが死ぬとレンは直感した。

 レンは隊員の中でも最もクライシスの近くにいた。クライシスとの距離を取らせるために、腕に装着しているシューターからワイヤーを発射しワイヤーをレンの服に掛け、力の限り引っ張った。そうすると、レンの体が浮き上がった。そして、レンは風の勢いも受けてか地面を数メートル転がり回った。

 レンは回転の勢いが弱まると、すぐさま立ち上がりワイヤーを放った者を確認する。その張本人はアルだった。

「レン、お前は生きろ。何としてもな」

 レンはアルを置いて行かなかった。レンはその時アルの言葉を思い出していた。アルが隊長として進むべき道を切り開くという言葉を。

「アル隊長! あなたがいないと俺は帰れません! 俺は、どう戦えばいいんですか」

 アルはワイヤーを鞭のようにしならせて、レンを思い切り殴打した。彼が隊員を殴ったのは、これが最初で最後の瞬間だった。

「俺がまだ生きている限り、お前達を殺させはしない。だが、時間の問題だ。お前には俺を失おうと、仲間がいる。行け!」

 レンはそれでも動くことができなかった。不動のレンをユウとスズがワイヤーでレンを巻いて、更にエラマスキアから遠ざける。レンとアルの距離がだんだん遠くなる。レンは小さくなっていくアルに手を伸ばした、全く意味もないのに。

「レン、良い加減にしろ! 今は逃げろ、逃げないと犠牲者が増えるだけだ。一人でも生きて帰るんだ。全員死んでしまったら、隊長の努力も水の泡だ、考えろ!」

 気絶してしまったミオを背負ったユウが怒号を上げる。レンはこんなに声を荒げるユウを見るのは初めてだった。スズはただひたすら泣いていた。レンはあまりのことに呆然としていた。

 レンは仲間に促され、エラマスキアから全力で遠ざかる。レンにとって、これ以上辛いことはなかった。レンの長所を受け入れ、伸ばそうとしてくれた恩人であり、レンの強く尊敬する人物だった。それはきっとこの場にいる全員が同じ気持ちだろう。

 レンは後ろを見る。アルの無事を祈りながら。

 しかし、見えた光景は悲惨なものだった。

 赤い風が巨大なエラマスキアの周りを舞っていた。赤、血液が舞っていたのだ。それはアルの死を意味していた。

 レンは声にならない叫びを放った。それは風の音にかき消され、誰にも聞こえなかった。

 現実は叫んで好転するものではなかった。エラマスキアは次の人間の鮮血を求め、レン達を追いかけ始めた。それは神速とも言える速さで、レンは体が動いていないのではないかと錯覚した。

 そして、逃げ切れない、とレンは悟った。あと少しで地下への入口なのに、届かない。アルの命令を守れず死ぬのだと思った。

 刹那、地下への扉が徐ろに開く。

「スカイシーカー全隊長に告ぐ。我が人器の解放許可を要請する」

 扉の向こう側には大槌を持った男が佇んでいた。数秒後、大槌が黄金に輝き出す。その光源は大槌に空いた十三箇所の穴から出てくる十一の光だった。何故か二箇所からは光が放たれていなかった。

 その巨漢は凄まじい速さでレンの真横を通り過ぎて、クライシスとの間合いを詰める。一瞬ではあったが、彼は既にクライシスに武器の攻撃を当てることができる間合いにいた。そして、彼はその槌をエラマスキアに振り下ろした。クライシスは大きなダメージは受けずとも、よろめいた。

「今だ、早く中へ!」

 巨大なハンマーを持つ雄姿の名をレンは知っていた。スカイシーカー総隊長、カムイ。

 彼が振るう人器の力で、レン達はクライシスの追跡から逃れることができた。

 しかし、その犠牲は余りにも突然で、大きすぎた。

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