ディアブロ
巨大な怪物が目の前に現れる。それが骨に変化しているとは言え、途轍もない大きさというものは生物に強い恐れを抱かせる。一人の人間に一匹の蟻が立ち向かうようなもの。
それでも、ハルは思考を巡らせる。
どこもかしこも戦況は芳しいと言いにくい状況だ。唯一、優勢となっているのはジャンを犠牲にエマを倒した第1隊の周辺だ。そこの戦力を加勢させるのが無難な策だろう。しかし、エラマスキアはそれだけで何とかなる存在ではないだろう。ハルは自身の戦略は保守的な戦略だと自負している。1%しか勝算がないと考えられる場合は実行しない。99%失敗する場合は1%の成功を狙うのではなく、最も犠牲の少ない作戦を選ぶ。それがハルの短所であり、スカイシーカーから評価されてきた長所であることを自覚している。だからこそ、今は惑う。攻めた作戦を採るか否か。この場の最適解、つまり最も犠牲が少なくなる作戦はエラマスキアを無視して、一刻も早くエドワルドを排除することだ。それはエラマスキアによって甚大な被害を及ぼしかねない。犠牲者が不明確な作戦は採用しない。それなら、最もエラマスキアと相性が良い能力を持った者を向かわせるのがいいか。カムイとレオは疲弊している。レンはどんな能力なのか検討もつかない。更には、レンの姿が見当たらない。クリスはエラマスキアを迎撃できる可能性があり適任ではあるが、何やらショウと企んでいる。なら、動きを止めるサーヤかジンが良いだろう。エラマスキアに近い方はどっちか。ジンだ。
その間約10秒。ハルがジンに伝えようとした瞬間、ジンがハルに声を掛ける。
「ハル。とりあえず、俺の能力を使って、こいつを止めておく。だが、硬直させても、大きすぎるエラマスキアは止めきれないと思う。もしかしたら、能力が有効ではないかもしれないしな。そのリスクマネジメントをよろしく」
ジンはハルの考えを推し測ったわけではない。ジンのスタイルは自分にできることは自分がやる、自分にできないことは他人に任せるというものだった。それを理解していたハルはジンという仲間がいて誇らしく思っていた。
「ありがとう、ジン。そうして欲しかったところだよ。
戦闘が終わった第1隊を中心に、ジンの護衛をしてくれ! 防戦で良い。その場を凌ぎきってほしい!
エドワルド隊長を倒すのが最優先として、今戦っている者はエラマスキアのことは任せて戦ってくれ!」
ハルは戦っている者がなるべく安心して戦闘に専念できるように、曖昧な指示ではなく具体的に指示するようにする。
レンはミシアに連れられて、木陰に来ていた。ミシアは心配そうにレンを見つめている。
「おい、大丈夫か、レン」
レンはただ木の根元にもたれかかっていた。そして、荒い息遣いをしていた。
「ありがとう、ミシア。なんとか助かったよ」
「いや、助かってないだろ、その腕」
レンは左腕を押さえていた。レンはほとんど左腕をピクリとも動かせていなかった。
「大丈夫さ、少し休めば……。俺が戦えないと……また守れない。だから、サーティーンの能力を使わなきゃ……」
「レンが頑張ってきたのはよく知ってるよ。ウチが一番知ってる。お前が今日一番遅かったのは一睡もせず、そのサーティーンを使う練習をしていたんだろ。ウチは見てた。ここ最近訓練室に篭ってたじゃないか」
レンはミシアの言葉に励まされていた。努力を評価してくれる人の存在のありがたさを感じていた。しかし、レンの内心には、ある一人の男の姿が浮かんでいた。赤い髪の英雄。レンが救うことができなかった仲間。
「ばれてたか……。誰にもばれないようにしていたのになあ。でも、それは言い訳だ。結局、数週間修行をしても、体が追いついてない。だが、俺は逃げない。俺が頑張れば頑張った分だけ、仲間は助かるだろ。アル隊長の二の舞にはさせない、絶対に」
その瞳はミシアが一度見たことがあった。何を言おうと揺らぐことのない瞳。その瞳をした人間は止められない。どれだけ止めようとも突き進む。血は繋がっていなくとも、家族なんだなとミシアは心の中で思っていた。
「……止めたかんな。死ぬなよ」
ミシアは涙を堪え、噛み締めるように言う。
「……わかってる」
ミシアが立ち去ってから、五分が経っただろうか。レンの痛みは少しずつ引いていた。もうそろそろ戦える。そう思った時だった。忌々しい存在が顕現する。巨骨のエラマスキアだ。別個体ではあるだろうが、隊長のアルを奪った存在。
レンはふらふらと立ち上がる。
「お前には俺を失おうと、仲間がいる。行け!」
アルの最期の言葉がレンの脳内で反芻していた。アルを失った。だが、まだ仲間がいる。エルナ、ミシア、スズ、ミオ、ユウ、シオン、レオ、カムイ。その他にも、仲間がいる。その仲間を守らなければならない。
レンはサーティーンでシオンの能力を発動する。そして、エラマスキアの頭上にワープする。そこから、人器の連続発動。カムイの能力。これが何度も練習していた能力の重ねがけ。瞬間移動からの絶対なる力での殴打。考えうる限りの最強の組み合わせ。
レンは人器サーティーンを振り抜く。骨を砕くような手の感触があった。
アルを失ったとき、カムイはエラマスキアの頭部への一撃で怯ませていた。同等のダメージを与えられたはず。
「レン君!?」
「どうだ、やったか……?」
レンはエラマスキアの方をゆっくり見る。砂埃であまりよく見えない。エラマスキアがいた方向を凝視していると、その方向から途轍もない爆風が起こり、骨が飛び散る。その骨の破片に当たって負傷する隊員も少なくなかった。
「え?」
「レン君! すぐにその場から逃げろ!」
冷静なハルから叫び声が聞こえる。その叫び声が聞こえた瞬間のことだった。レンは物凄い速度で吹き飛ばされ、20メートル離れた木にぶつかり、木片が勢いよく飛び散る。
「誰か、レン君を助けてあげてくれ!」
ハルはすぐに誰かを救助に向かわせる。
「私が行く!」
それに応対したのは第1隊の一人、カリンだった。
次第に黄土色の霧が晴れてくる。霧の中にいるのは骨ではなかった。青い鱗が見えてくる。その深く黒い青を見ているだけで感じる絶望。その存在を簡単に形容するなら、悪魔。時空を捻じ曲げるような、螺旋を描く長い角が生えている。翼はないが、竜のような圧倒的な存在感がある。禍々しい棘が無数にある尻尾が生えている。一番見た目に近い生物はトカゲであろう。しかし、トカゲというちっぽけな存在ではない。
「最凶の中の最強、エラマスキア個体名【ディアブロ】。
エドワルド隊長が隠していた存在はこれか……。ディアブロが出てくるまで、僕達の戦力を削る。そして、最後に畳み掛ける……」
姿を表したのはエラマスキアの中でも最強の存在である、ディアブロ。
「その生態は二十年前に当時の第1隊隊長によって残された文献『エラマスキア【ディアブロ】の報告書』の中に記されていた。
わかっている生態は様々な見た目に変化し、その色によって攻撃が変わるということ。その攻撃の存在はよくわかっていないが、青色はわかっている。青色の攻撃は強い斥力を起こす。それは人間を軽々しく吹き飛ばす。
僕達に勝ち目は……ない」




