運命の胎動
アルが第6隊を去ってから、早くも二か月が過ぎた。世界は夏を迎えていた。しかし、地下世界の住人は外の景色をあまり見ることはなく、季節は肌に感じる温度で知るのが関の山だった。
レンはようやく隊長としての仕事に慣れ、貴重な紙の存在もあまり珍しくなくなってきた。隊長に就任した頃には机の上に山積みに置かれていた膨大な資料はいつの間にか十数枚と数を減らしていた。
その資料は第6隊の仕事の引き継ぎや隊長変更の申請書が大半を占めていた。第6隊は二年前にアルが隊長に就任して以降死傷者は最も少ない隊であり、今までのメンバーの中には功績が認められグランドクロスに昇進している人物も数人いることを知った。逆に死傷者が最も多いのは第1隊で、最前線を進むがために生死は紙一重の場所にある。
レンは資料にある事柄を処理していて、知ることが多くあった。しかし、それは世界の深淵とは程遠いものだった。しかし、この日を境にレンの運命は動き出すことになる。
レンは時計を見て、昼時になっていることに気付き、料理の準備に取り掛かる。
「スカーレット、ご飯にしようか。って言っても、わからないよな」
スカーレットは綺麗な瞳でレンの表情を窺っていた。その表情は言語を解していないものだった。しかし、レンがキッチンに向かうのを見て、食事用の机の前に座った。
地下世界の主食はじゃがいもで、今日はじゃがいものガレットを作ることにした。その料理はスカーレットの口に合うようで、言葉は通じないものの、頬に手を当てて嬉しそうに食べる表情から好物なのだとわかった。レンはそれ以来、定期的にこの料理を作るようにしていた。この料理をちょうど作り終えた時だった。隊長室のドアがノックされる。レンはドアを開けると、若い女性が立っていた。その女性は白い髪色をしているが、メッシュとして部分的にピンク色をしている女性だった。髪を染める人物は地下世界に少なく、一目見たら覚えるはずだが、レンは知らない人物であったため初対面だと把握できた。
「若い隊長さんね。レンさんって言うのね。あなたに通達よ。カムイさんからね」
レンは一通の手紙を手渡される。そこには見慣れたカムイの署名があった。
「ああ、ありがとうございます。グランドクロスの方ですか」
「うん、そうだよ。マグノリア・シッスルっていうの。よろしくね。敬語じゃなくていいよ。堅苦しいのは嫌いだから。あと、マグノリアって呼んでね」
苗字がある人物、つまり、グランドクロスでも権威がある人間。レンはそのような人物が通達という雑務をするのかという疑問が浮かんだ。
「俺はレンで、第6隊隊長。って言っても知ってるよね」
レンの自己紹介を聞きながら、レンの仕事机の上を見ていた。
「ふーん、優秀なのね。二か月で仕事を覚えるのは初めて見たなあ。シオンとかは天井に当たるぐらい紙を増やしてたのに。
そうだ、私とお茶しない? 私、暇なの」
急な誘いにレンは戸惑う。部屋の中を見ると、スカーレットは笑顔を浮かべながらガレットを咀嚼していたが、レンは食事をしていない。そのため、レンは気が引けてしまった。
「え、いや、どちらでもいいけど」
戸惑ったレンを見て、長髪を揺らしながら手を振る。
「あー、そうよね、ごめん。手順が悪かったね。私、元第6隊なの。アルと同期で入ったのよ。アルの最期について聞かせて頂戴」
レンはその言葉を聞いた瞬間、戸惑いを消した。
「行かせてください」
「そうこなくちゃね」
「スカーレット、俺は行ってくるね」
そう言うと、言葉の意味を知ってか知らずか、スカーレットはレンの服を引っ張り引き留めた。
「行きたいのか?」
スカーレットはどういうわけか、こくりと頷いた。理解しているのだろうか。
「わかった。マグノリア、この子も連れていくよ」
「妹? 可愛いね」
そう言いながら、マグノリアはスカーレットの髪を撫でた。スカーレットは満更でもなさそうな表情をしていた。
「そう、アルはエラマスキアに襲われたんだ。それは誰に?」
レンはマグノリアにアルが死んだ時のことを事細かに教えていた。その間、スカーレットはお菓子とお茶を遠慮なく頂戴していた。
「誰って、種類のこと?」
マグノリアは目を泳がせた。
「あ、そういう意味で言ったの。ごめんね。言葉選びって難しいね」
「種類はクライシス。情報はグランドクロスに公開されていないの?」
マグノリアは納得した表情を浮かべながら、紅茶をスプーンでかき混ぜていた。
「グランドクロスの権利を使っても知ることはできなかったから、知ってるのは第6隊とカムイさんだけじゃないかな。カムイさんがなぜ情報を隠したのかはわからないけどね。
クライシス、最強のエラマスキアか。……ごめんね、嫌なこと話させたよね」
「いえ。同僚なら知りたい思うから仕方ないよ。アルって、そういう人物だったの?」
マグノリアはちょっとだけお茶を飲み、横に垂れた髪を耳にかけてから話し始めた。
「そうね、昔から聖人のような人だったね。同い年なのに、年上のような感じがするの。彼がグランドクロスにスカウトされたのに、私の方が向いてるって私をグランドクロスに入れてくれたのは彼。彼自身、私みたいな女を戦場に連れて行きたくはなかったんだろうね。彼には感謝しかないよ。
でもね、緊急事態の時の口の悪さったら尋常じゃなかったわ。その時だけはスラム出身の過去が垣間見られたわね」
レンはアルに殴られた時のことを思い出した。
「アルに怒られた時は確かに言葉遣いが悪かったなあ」
その言葉にマグノリアはクスッと微笑する。
「アルが隊長として怒るのも珍しいね。それだけ君に将来性があったんじゃないかな。期待していたからこそ、怒った。彼はそういう人物よ。
さて、私も聞くこと聞いたし、君に何個か情報をあげるよ」
レンはこの人が話そうとする情報は何のことか想像さえできなかった。
「まずはそのカムイさんからの手紙。それは全隊遠征をすることを伝えるもの。でも、次の遠征は気を付けた方が良いわ。グランドクロスの遠征で正体不明の攻撃を受けて何人か亡くなっているみたいなの。何が起こったのかわからないけど、細心の注意をしておいて。
もう一つは、そうね。私も人器を持ってるんだけど、あなたも持ってるよね。それについて詳しく聞いたことある?」
レンには情報が多すぎて脳が破裂しかけていた。
「えと、その人物の性格を反映した能力とだけは」
「やっぱり、カムイさんは情報を隠すね。レン、本当に彼を信用に値する人間なのか考えた方がいい。あなたのサーティーンは第13隊がない理由と直結しているの。まず、人器は元は人間なのよ」
レンはマグノリアが何を言っているのかさっぱりだった。カムイが信頼に値するのか。サーティーンと13隊。そして、人器は人間。
「人器は人間?」
「そう。あなたの人器は前の第1隊隊長と第13隊隊長の強い思念でできたのよ。人器の前の姿であるクリスタルはウイルスに抵抗できる人間が死ぬ寸前に強い意志を持つと生まれるものなのよ。
あなたも人器に儀式として話し掛けたはず。それは人器に眠る人間に認めてもらうためなの。クリスタルが光るのはその人物の人格を認めたからなのよ」
「俺は、この中に眠る人物に認められた……?」
レンは腰に携えた人器にそっと触れる。
「必要な情報なのかはわからないけど、胸の奥に留めておいてね」
スカイシーカーが公開している情報3
・隊員名(隊長は除く)
第1隊 エマ、カリン、ジャン、ユージン
第2隊 アリサ、ルカ、ユウキ、レイリー
第3隊 メリィ、レイナ、カイト、マチ
第4隊 ニコ、アンナ、リル、ミシア
第5隊 ケイ、メグ、メイ
第6隊 ユウ、スズ、ミオ
第7隊 マリナ、ライ、ミコト
第8隊 ニナ、リサ、ヒロ
第9隊 シホ、セブ、カグヤ
第10隊 ノア、セイラ、タクト
第11隊 ジョー、ルイ、ハク、ベン
第12隊 ロビン、アンリ、ユカ、エース
第14隊 ケン、セナ、エルナ




