絶望の世界
人類にとって、今日も平凡な一日だった。食料が枯渇し、飢餓に苦しむ人々が溢れている。今日も人類は地上に怯え、地下で惨めに暮らす。
レンは数センチでも誤差があれば、天井から滴る泥水が寝耳に入るような場所で暮らしていた。レンは太陽の光が当たらない場所で目を覚まし、初めて地上へ駆り出される準備をしている。レンにとっては今日は特別な日だった。
着慣れない制服に腕を通し、着替え終わった後に左腕に装着しているシューターを慎重に点検する。そして、右腕に時計のような端末を巻く。腰に剣を帯び、一つ大きな息を吐いて狭苦しい家を出た、緊張と興奮を胸に。
「レン、その服装……もしかして今日は任務なの?」
持ち場に向かうレンに話しかけてきたのは、美しい黒髪のエルナ・ギャラントリーという少女だ。彼女は美しい顔立ちで、右頬だけを長い髪で覆い隠している。そして、レンはその右に垂れている髪を優しく撫でた。エルナはその時だけ優しく、そして悲しい顔をする。エルナとは幼馴染で、レンの恩人でもある存在だ。そして、レンに夢を与えた人物でもある。
「ああ、やっと一人前の兵士として働ける。
それにエルナの家族にこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかないからな。自立するためにも、頑張らなきゃ」
「もっと甘えてもいいのに。うちの両親だってレンのことを気に入ってるし、勿論お姉ちゃんだって」
「ギャラントリー家は俺の本当の家族だと思ってるよ。俺はこんなに大きくなるまで育ててもらったし、命も救ってもらった。だからこそ、親孝行したいんだ。それに、自由に地上を歩きたいだろ。そのためには地上で『奴ら』と戦わなきゃ」
「そっか。でも、無事に帰ってきてね」
エルナの不安そうな声に、レンはできるだけ明るく答える。
「ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」
いつしか人類は地底に居住区域を移した。地上には人類の居場所がなくなり、地上からの撤退を余儀なくされた。それは起源不明のウイルスが原因となった。傷口などからウイルスが侵入することによって感染する。感染した箇所からウイルスは尋常ではないスピードでの増殖を開始し、一日足らずで成人男性の体をウイルスが支配するようになる。体を支配された生物は自身の脳機能も遮断され、完全にウイルスのものとなり、他の生命を求め地上を蠢く。人間だけでなく、その他の生物にもウイルスは感染する。
そのウイルスに感染した生物を【アルマ】と人々は呼ぶ。アルマは危険極まりない生物で、人間の爪や犬の歯などは刃物のように鋭利になり、鋼のように硬質化する。それによって他の生命を傷付けてウイルスの生存範囲を拡大してきた。それに反して人間は次第に活動範囲を狭められていった。そんな絶望の真っ只中、人類は希望に満ちた発見をした。それはウイルスは地下には侵入してこないということ。どういう経緯なのかわからないが、人類はその弱点を発見し全滅を免れた。だが、それ以上の情報を得られず、今も尚人類が手に入れた情報はあまりにも少なかった。
しかし、人類は活動領域であった地上を取り戻すために、ある組織を作った。その組織は【スカイシーカー】という名で、レンはこの組織に所属している。この組織は一年間の過酷な訓練を経ることで、一人前の兵士として認められて地上に駆り出される。レンにとってのその日は今日だった。
「おっ、来たな、レン。お前が一番乗りだ。初めての任務で張り切っているのか」
レンに話しかけてきたのは第6隊の隊長である、アルだ。赤い髪と綺麗な藍色の瞳が特徴のアルは一際大きな武器を腰に携えている。これは【人器】と呼ばれている。これを所持するのは、各組織の首脳のみ。人器は人類最大の武器とされ、何でできているかは最高機密だとされている。人器はそれぞれの性格を反映すると言われており、使う人物によって能力が違う。
「一番乗りはアル隊長じゃないですか」
レンの返答にアルは朗らかに笑う。
「確かにな。まあ、俺は隊員の安全管理をしなければならないからな。まあ、新入りはそこまで気にしなくていいさ。自分が生きることだけを、まず、考えろよ。
さあ、そう言っている間に集まって来たな」
レンはアルの言葉で横に女性がいることに気付いた。彼女はレンの同期、つまり新入りであり、スズという名前だ。
「スズ、これから同じ隊だな。よろしく頼むよ」
「ちっす、久し振りだね。私はてっきりレンは第1隊に選ばれると思ってたよ。でも、レンみたいな優秀な仲間が同じ隊で安心したよ。これからよろしくね。
あ、隊長、先輩。これから宜しくお願いいたします!」
唐突に話しかけられたアルは苦笑いでそんな堅苦しくなくていいよ、それに前に挨拶は済ませているしと言う。そして、アルは皆の前に立つ。先ほどの柔和な雰囲気がどこか凛々しくなった。
「よし、皆集まったな。いつもは逃げ出す奴がいるんだが、今日は勇敢な者ばかりだな。流石、俺が見込んだだけある。
初陣の者もいるし、再度アルマについて確認しておこう。
一つ目は、アルマは体の一部が赤く光り、その部分を破壊するとウイルスが四散せずアルマを殺すことができるということ。二つ目は、アルマは苦手な電磁波があり、それを発することによってある程度のアルマは隔絶することができるということ。そして最後に、ウイルスに感染したとしても、ウイルスを逆に支配する生物が微粒子レベルで存在するということ。外の任務で大事なのは一つ目だ。腰にある武器を使って、アルマを倒すことが俺達の任務だ。普段は木材や食料調達の護衛などもあるが、今回は最難関の任務だ。
……さて、今日生きて帰ってくることができる新人が一人でもいるか楽しみだな」
思慮深い語り口調から豹変した、アルの現実味を帯びた言葉にレンとスズは気圧された。新人兵士の大半が一年以内に死亡又は感染していることを教えられているからだ。勿論、どちらかが身に降りかかると二度と家族の元へ帰ることはない。
「冗談だ。今まで死んだ奴は適当に任務を遂行していた奴だけだ。
それぞれの隊長は指名制で班に入る兵士を選ぶ。俺が選んだ君達は信念がある。君達の目を見ればわかる。俺の班員が一人でも死んでしまうようなら、全て俺の責任だ。俺の名にかけて誰一人死なせはしないさ」
アルの言葉は彼がリーダーとして経験を積み重ねてきたことを物語っていた。少ない言葉数で隊員全ての勇気を奮い立たせたのだから。
アルは隊員を一瞥して、少し頷いてから言い放った。
「心の準備ができたみたいだな。さぁ、行こうか、地上へ」
レン(No.43005)
年齢:18歳
身長:171cm
格闘能力:8
行動力:4
優しさ:9
協調性:5
頭脳:7
(10段階で評価)
心優しく、思いやりのある人物。捨て子であったが、ギャラントリー家に拾われて育てられた過去を持つ。そのため、ギャラントリー家には感謝していて、いつか恩返しをしたいと思っている。真面目な性格でもあり、任務のことを第一に考えようとする。夢は地上で自由に生活すること。