覚醒
レンは今日の任務に尻込みしていた。しかし、一人の隊長として任務に逆らうわけにはいかなかった。
「……皆、揃ったね。じゃあ……行こうか」
アルがいなくなってから初めてのアルマ討伐任務。異様な空気が隊全体に蔓延していた。それはレンへの気遣いというものだった。
「レン、隊長だからって手本を見せなくてもいい。殺したくないという意思を貫け。俺達はお前が戦わなくていいように努める」
「でも、俺が戦わないと示しがつかないよ……」
「隊長の示しなんて、あなたに求めてないわ。隊長として認めていないんじゃなくて、あなたらしくいてほしいっていうのが本心」
「私もレンには隊長として振舞って欲しくないな。何よりも似合ってない」
スズの的を射た言葉に少しレンは笑う。
「そうだよな。俺は隊長の柄じゃないよな」
「レン、隊長は先頭に立って導くだけじゃない。同じ目線に立って励ますのも、また隊長だ。レオやクリスのようにただ強いというのも隊長だ。お前らしい隊長で良いんじゃないか。俺はアルさんがここにいればそう言うと思う」
その言葉を発したユウはアルが憑依しているように見えた。
レンは迷いを振り払うようにカードキーをスライドする。そして、通信が繋がる。
「こちらレン。レミさん、ライフォン確認をよろしくお願いします」
今日は遅刻する様子もなく、レミに繋がる。レンはカムイが仕向けたのだとなんとなく予想する。
『オッケー、了解。そんでもって、レミで良いわよ』
その言葉と同時に重厚な扉が開く。その先に外界の光が見えた。
「今日は妙に静かだな」
ユウのさりげない言葉で、脳裏に蘇るアルを亡くした時の記憶。あの日の空も晴れ渡っていた。
アルマ一匹すら見当たらない。不自然な状況が逆に緊張感を漂わせる。
ユウは緊張感に満ちた場の静寂を切り裂くように声を発する。
「おい、なぁ、皆。あそこに少女がいるのが見えるか」
ユウが指差す方向に、長く赤黒い髪をした少女がぐったりと地面に寝そべっていた。少女が着ている服は土で汚れている。木の根元を枕にして寝ているようだ。百メートルあろうかというレンからの距離では少女の表情が見えず、寝ているのか倒れているのかは把握できなかった。
「……はい。でも、なんでこんなところに。
地下世界の一般市民は外に出られないはずじゃ……?」
「そんなことを言ってる場合じゃないわよ、周りを見て」
木々の影からゆらりゆらりと別の影が出てくる。目を凝らさないとただの人影。少女と第6隊を除くと外に出ている人間はいない。つまり、あの人影は人ではなく、アルマ。それも一匹ではなく、無数に湧いて出てきている。
「助けないと! 行きましょう!」
「ミオとスズは背後を任せた。ユウと俺は周りのアルマから彼女を守ろう!」
レンの隊長としての宣言に、ユウは驚愕の表情を見せる。
「でも、レン、お前、アルマとは戦わないんじゃ」
「……人の命を助けることには変えられない。こんな時にうだうだ迷ってる暇なんてない。人の命を失うぐらいなら、俺の心が潰れた方がマシだ!」
ユウは驚いた表情を見せつつも、笑う。
「それでこそ、お前らしい隊長の姿だ。行くぞ! レンの言葉に続け!」
レンとユウは剣を強く握り、全力疾走で少女がいる方向へ駆ける。そして、目の前に立ち塞がるアルマを斬る。あの時と同じような生々しい感覚が掌を襲う。何度も何度も、掌を襲う。
ミオとスズはシューターを駆使して、なるべくレンとユウに向かうアルマの数を減らしている。それでも、その場に群がるアルマの数は多く、レンの体は何度も何度も返り血を浴びる。
しかし、レンは一人の命を助けるために剣を振るう。
「ユウ、伏せて!」
「あい……よっ!」
レンは屈んだユウの頭上を越えて、ユウに迫っていたアルマを一蹴する。その蹴りの威力にアルマは横転する。
人を殺しているような嫌悪感を抱くと同時に。レンは失墜した自信を取り戻した。エラマスキアやレオと対峙し、自分には戦いのセンスがないと感じていたが、ユウとの息の合った連携で自分にも力があるとわかった。そして、少女を助けられると思った。
「あともう少し!」
「いや、まずい、アルマの攻撃が彼女に!」
尽力及ばず、少女の喉元にアルマの鋭利な爪が突き刺さろうとする。
その刹那、レンは力強く叫んだ。アルマはその雄叫びに動きを止める。
「なぁ、人器! こんな俺を認めなくても良い。でも、小さな子どもの未来が奪われようとしているんだ。こんな時ぐらい、俺に力を貸せよッ!!」
レンの周りから空のように透き通った水色と、美しい純白の光が轟音を立てて湧き上がる。それは希望と純真無垢を表しているようだった。
そして、奇妙な出来事が起こる。
光に包まれていたレンは十メートルほど離れていた少女のところへ、瞬時に移動していた。
「人器が俺のことを認めた……?」
突然の出来事にレンもユウもミオもスズもアルマも誰一人として動いている者はいなかった。
「あれはシオンさんの能力……?」
「いや、わからない。同じ能力が発言するなんてあるのか?」
静止していたアルマは目的を思い出したかのように、レンと少女を襲おうとする。
「……今だけでもいい。こんな俺に力を貸してくれ」
レンが持っている人器に五つの光が浮かび上がる。
「これは……カムイの能力?」
レンは体の底から力が込み上げてくるのを感じる。漲る生命の力、自然の力、大地の力、地球の力。その全てを感じるような高揚感。
そのエネルギーを人器に集約し、レンは少女を抱きかかえたまま力強く振り下ろす。目の前にいた無数のアルマはそのエネルギーに飲まれ、消滅する。しかし、木々は何事もなかったかのように、風に緑をたなびかせていた。
「レン、少女も無事か!?」
ユウの言葉を聞くや否や、思い出したかのように少女の無事を確認する。左手首の脈を測ると、ゆっくりと動いていた。しかし、服に少し血が付着していることから、体に数カ所傷があるようだ。
「なんとか大丈夫、少女も息がある! でも、怪我をしているみたいだ!」
「さっきの能力を使って、すぐに治療をしてくれ! 俺達は後で合流する!」
「了解! 無事に帰ってきてくれ!」
レンは人器に強く念じ、エルのいる医療室へ瞬間移動した。