実力差
レンはカムイの命令で、スカイシーカー訓練室5に呼び出された。ここは縦横高さ全てが10メートルの立方体の部屋で、下は土でできている特殊な部屋。人工の床でできている部屋が普通だが、この部屋は地上の戦闘用を想定して作られたらしい。
カムイに呼び出されたものの、レンが部屋に入ってみると、部屋の中に立っていたのは、第3隊隊長のレオだった。レオは膝下まで覆った黒いコートを着ていて、茶色いブーツを少し隠している。改めて近くで見ると、レンはレオを少し見上げてしまう。相変わらずの大きさと言ったところだ。
「なんでレオさんがいるんですか?」
「レン君、今日はカムイの命令で、君の訓練をするように言われている。
まあ、俺はこのような手加減しなければいけない任務は受けないようにしてるんだが、君がカムイから見込まれているのが気になってね。君の魅力を俺は知りたい」
「魅力と言われても、俺にはそこまでのものは持ち合わせていないです」
「それじゃあ、カムイの目が間違っているのかな? その真実を教えてくれるのは、君の実力だ。カムイに恥をかかせたいのなら、逃げればいい。その場合、俺は君を隊長の座から、どんな手段を使ってでも引き下ろす。殺してでもね」
レオは温厚な常人に見えたが、やはり隊長の一人なだけある。変人集団と呼ばれる一人で、その実力の片鱗が見て取れる。
「強い人の言葉ですね。良いですよ。ただ、期待しすぎないでくださいね」
「それでこそ、男だ。ルールは簡単。武器は剣で、相手を少しでも傷付けられれば勝ち。それだけだ」
レオは腰に帯びていた剣を引き抜く。レンよりリーチが長く、不用意な特攻はレンには不利に働く。レンは得意の速さを活かした戦いを強いられるだろうと予測していた。
「レン君、殺す気でかかってこい。さもなくば、命がないと思え」
レンはレオの巨躯から止めどなく放たれる殺気に畏怖の念を抱く。地獄の底から、数多の死者の手がレンの全身を掴んでいるような圧迫感。レンは一歩だけ後退する。力量の差を感じた。
レンは思考回路を全て活用し、レオの隙を伺う。しかし、レンはそれが無駄だと咄嗟に気付く。弱点はない。真っ向勝負では勝ち目がない。レンはその全てを悟った。
唯一勝てる手段は奇策を打つのみだった。スピードで翻弄し、勝ち切る。それしかなかった。
レンは短刀を強く握り、レオに向かって走り出す。そして、右腕のシューターを天井に向けて射出し空高く跳び上がり、背の高いレオの頭上を越える。そして、空中で体を無理矢理捻り、レオの剣での攻撃を、舞い落ちる葉のように避ける。頭を地面に向けた状態で、短剣を全力で振る。レンは勝ったと思った。
しかし、レンの攻撃がレオに到達する寸前に、レンの腹部にレオの拳がめり込む。
「がはッ……」
「誰も剣、だけ、で戦うとは言ってないよ。俺の勝ちだ」
レンは口から血を吐く。余程本気で腹を殴られたようだ。立ち上がることさえできない。
そのレンの姿を見兼ねて、レオはレンに手を差し出し、ゆっくり立ち上がらせた。
「攻撃の発想と精密な動作は良いね。だが、まだ甘い。シューターを持っているんだから、それぐらいの攻撃は警戒しているよ」
この技はレンが訓練生時代に編み出したものだった。この技を初めて見せる相手に破られるのは初めてだった。所謂、初見殺しの代物だった。しかし、いとも簡単に破られたのだ。レンは表情には出さないものの、悔しさが胸の奥で燃え上がっていた。
「俺はどうすれば、その境地に行きつけますか……?」
燃え上がる悔しさがレンの口を勝手に動かしていた。
「そうだなあ。死地をどれだけ乗り越えるかだな。俺は死を覚悟する程の痛みを感じることもあった。それに仲間の死を見てきた。その経験が俺を強くした。俺が一年目の頃はお前に負けてるから、安心しな」
「まだ、お手合わせをしてください、人器を使って!」
その言葉が何を意味するか、レンにはわかっていた。だが、死を覚悟し、死に直面するには、これが手っ取り早いと踏んでいた。レンは一刻も早く、隊長として認められたかった。
「おめえ、死ぬぞ?」
殺気が増大する。先程と比べ物にならない程に。レンは体の前面から、暴風が吹き荒れているように感じるプレッシャー。これが、隊長。
それでも、レンは前に進んだ。大声で叫びながら。しかし、レンはあることに気付いていた。天井が遠くなり、この部屋に入ってきた時のドアが少し上に位置していること。そして、ドアが地面より10センチ高い位置にあることを。
「荒ぶる大地よ、我に力を」
レオは呪文を詠唱し、大きなブーツを黄色に光らせる。レオの人器は靴だったのだ。すると、レオの近くの地面が拳の形になり、レンの身長程に大きくなる。それだけではなかった。拳は八つに増えている。レオの能力は地面操作だとレンは理解した。
土の拳がレンを襲う。一撃一撃が重く、大きな鉄球をぶつけられているような鈍い痛みがレンの全身を走る。その怒涛の猛攻撃は止まず、レンはいつしか気を失っていた。
「悪いな、俺は手加減という辞書は頭にないんだ」
戦いが終わった瞬間、カムイは扉を開けて部屋に入ってくる。
「おいおい、レオ、やりすぎだぞ! レンが死にかけじゃないか!
エル。至急、訓練室5まで来てくれ!」
カムイが心配するように、レンは全身から出血をしていた。その量は尋常ではなく、レンの骨は数本は折れていることが推測できた。
「ま、だ、終わっ、て、ない」
だが、レンは覚醒した。そして、剣を握り続けていた。剣を持つ左手は、確かに折れていた。そして、ゆっくりと体を起こす。足の骨も、どこかが折れているようだった。見てわかる程度にはボロボロだった。しかし、その迫力はレオの殺気そのものだった。いや、それ以上の殺気が蠢いていた。
「……おい、レン。勝負はついた、助けが来るまで動くな!」
「い、やだ。お、れは、強く、なるん、だ」
弱々しく剣を振りながら、レンは再度気を失った。
「どうだ、この少年は」
カムイはレンの血を少しでも止めるように、特に傷が深い腹部を抑えながら尋ねた。
「まだまだだな。……だが、彼の目は本物だ。自分の信念を貫こうとする目だ。混じり気がない綺麗な黒い瞳だ。その純粋さが彼の才能だ。
だが、この才能は怖いな。正義に進めばいいが、悪にも進むような目だ。自身の信念以外は興味がない。そして、その信念を歪めようとする物はなんとしてでも排除するだろうな。
カムイ、俺は彼を育てるべきだと思う。だがな、選択を一度でも誤れば、悪の道に踏み外すかもしれないぞ。その時は、スカイシーカーの脅威にもなりうることを忠告しておく」
一際、冷静な声色だった。
「……わかっている」
レオ(No.31009)
年齢:26歳
身長:187cm
格闘能力:9
行動力:6
優しさ:4
協調性:7
頭脳:5
(10段階で評価)
第3隊隊長。エリア3出身。カムイ、エルに次ぐ年配組。第5隊隊長のジンとは同期で、同じ隊に配属されていた経歴を持ち、高身長コンビとして有名だった。普段は温厚な性格ではあるものの、戦闘になると手加減は一切しないことからスカイシーカーの部下からは恐れられている(アルもその一人)。