共鳴
就任者議決が終わった後、レンはカムイと共に何も置かれていない部屋に移動した。
「さぁ、レン。これはお前のものだ。これを手に持て。丁重に扱えよ」
レンはカムイからクリスタルを手渡される。レンは言われた通りに、それを慎重に持つ。それは美しく光を反射し、透き通って見えた。
「俺はこれをどうすれば?」
「クリスタルと会話するんだ」
その言葉の意味がわからなかった。物体と会話するということの奇妙さ。レンの想像はカムイの言葉に追いつくことができなかった。どのように話せばいいのか。何を話し掛ければいいのか。そして、何よりも返事はない。一方通行の会話ほど、難しいものはない。それをレンはよく理解していた。
「会話って言われても、どうすれば……」
「好きな人に話し掛けるように。小鳥が外でさえずるように。太陽が外で輝くように。
そうすれば、クリスタルは応えてくれる。お前の気持ちに」
レンはその意味を上手く把握できなかったが、とりあえず今心中にある思いをクリスタルにぶつけた。エルナに話し掛けるように。エルナに相談するように。
「俺の名前はレン。俺にはまだまだ力がない。仲間の命を救えなかった。
でも、いつかこの世界を変えてみせる。そのために、こんな俺に力を貸してくれ!」
レンの希望に呼応するように、クリスタルは暗黒の時代を終わらせるような眩い光を放つ。
レンが掌で覆う結晶が自ら形を変えていく。
「それがお前の人器だ」
黄金に煌めく鞘に納刀された剣。それがレンの人器となった。レンの手の中で変身したからか、レンの手に馴染んだ。
「これが、俺の、武器……すげぇ……」
「おめでとう。これで、お前はスカイシーカーの隊長として認められたことになる。
どうだ、それを抜いてみないか」
レンは目を大きく開き胸を高鳴らせながら、カムイの言葉通り、剣を引き抜こうとする。
しかし、レンの表情は一変する。眉に皺を寄せ、腕に精一杯の力を入れる。全くもって鞘が動く気配すら感じられなかった。
「ぬ、抜けない!」
「……冗談で言っているのか?」
「本当さ! おいっ、抜けろよ!」
レンは力強く引いても、微動だにしなかった。
「人器は持ち主の心を表す。お前の戦いたくないという意思が反映されてそうなった、としか考えにくいな」
レンは図星を突かれたように、苦い表情を浮かべる。そんなことはないと、現実から目を背けようとする。
「人器は能力を持ってるんですよね、俺の能力はなんですか!」
カムイは腕を組み、少しだけ溜息を吐いた。
「俺にもわからない。俺の能力が初めてわかったのは、俺が総隊長になり、全隊遠征に行った時のことだった。俺は仲間の危機に気付き、人器で戦おうとした。すると、俺の武器が赤黒いオーラを纏い出した。
それが俺の人器の覚醒だった。人器は覚醒をしなければ、能力は使えない」
「そ、そんな……」
レンは誰かを守れる力を手に入れられると思っていた。エルナを守ることができると期待していた。しかし、その希望は電光石火の速度で絶望に覆された。
「なーに、まだ急ぐことはない。お前は隊長に就任したばかりなんだ。
改めて、おめでとう。そして、これからよろしく頼むぞ、レン隊長」
レンはカムイの言葉を受け入れられなかった。隊長に相応しくない自分。そして、まだ人器を使うことができない無力さ。また、そのことで周囲の人々から非難されるという向かい風。
レンにはそれが憂鬱で仕方がなかった。
地下世界の基本情報3
・人器
人器はクリスタルと呼ばれる奇妙な水晶体から発現する。水晶ではなく、天然では採取できない。その能力は人によって異なり、人物の性格や願望を表すと言われている。