就任者議決
地下都市が誇る唯一の建物の最上階にある『天空の間』。そこは重要な裁判や議決がされる場所である。スカイシーカーはあまり縁がなく、使用する頻度は少ない。しかし、今日は重要な会議が開催される。そこに何故かレンはカムイから招集された。一般市民やただの兵士はそこに呼び出されることは異例中の異例。立ち入ることさえ禁じられている。レンはガラス越しに見える空からの豁然たる眺望、その部屋の中の荘厳華麗な様相に戸惑いを隠せなかった。レンは過去に偉業を成し遂げた年配の人々の中に紛れて、部屋の西部に位置する傍聴席に座った。北部と南部は『天空の間』の自動扉の出入り口になっている。勿論、入るには身分証を錠前機構に提示して開錠する必要がある。
カムイなど見知った隊長格の面々は部屋の中央に配置されている大きな円卓の前に座っていた。
「本日の議長は、この私、ミハイル・クレムリンが担当する。よろしく頼む」
この部屋の最東部に位置する豪華な椅子に座る年老いた人物がグランドクロスの重鎮であることをレンでも知っていた。彼は議長が本職ではなく、今回はスカイシーカーの議決を把握するため、仕方なく上から派遣されてきたということだろう。
「では、本日の議題である、第6隊前隊長アルの後任について、討論を開始する。まず、それぞれの隊長の意見を述べていただきたい」
誰もがこの隊長集団をこう謳う。人間の範疇を超越した変態超人集団。威風堂々としたその姿には阿鼻叫喚の世界を生き抜いてきた凛々しさと筆舌に尽くしがたい不穏さが混在していた。
「第14隊隊長、エル。第1隊隊員から選出すべきであると進言します。第1班はリーダーとしての資質も充分にあり、中でもエマ、ユージンのトップクラスの実力はアルに相当します。これらの根拠から第1隊から選出すべきだと主張します」
豊満でどこか大人の色気を感じる彼女は如何にも真面目で少しでも規律を乱すと叱責を浴びそうな見た目をしている。しかし、レンが聞いた噂によると誰にでも平等で合理性に欠ける判断は全くないらしい。
「第12隊隊長、イブ。彼女に賛同します」
青色の綺麗な瞳で金色の長い髪をポニーテールにした彼女は女性陣の中でも柔和な雰囲気を有していて、身長も小柄で可愛らしく見える。しかし、隊長としての動じない芯が見受けられる瞳の鋭さがあった。
「第11隊隊長、サーヤ。賛成でぇーす」
唯一褐色の肌をした隊長である彼女はとても陽気そうで、同時にレンはこの人物が隊長だと無事にやっていけるのかという疑問を抱いた。
「第10隊隊長、レミ、エルの言う通りだと思います」
足元が隠れるほど長く白いローブを着たレミは隊長の中で唯一刻限に遅刻してきた隊長だ。この隊長は声を一度聞いていたので、レンは知っていた。口調は比較的穏やかだが、レンにはかえってそれが不気味に聞こえた。
「第9隊隊長、ショウ。賛成~」
彼の快活な雰囲気は人類が直面している苦難とは全く縁もないように感じられた。身長もレンと同じくらいで、他の隊長と比べればどこか身近な存在に見える。
「第8隊隊長、シオン。第6隊隊員のレンを推薦する」
レンとは親交がある隊長だが、シオンがレンを推薦するとは微塵も思っていなかったため、レンは声を思わず漏らしてしまい、傍聴する人々の視線を集めてしまう。しかし、更にレンを驚かせたのは他の隊長は微動だにしないこと。レンを認めているのか、それともシオンを侮蔑しているのか見当もつかなかった。
「第7隊隊長、カレン、最高戦力である第1隊の権威が少し削がれる気もしますが、考慮する限りは彼女の意見が最適解だと思います」
銀色の長髪をした冷徹そうな彼女は見た目通りの冷静沈着な性格で、どこか後ろめたさを感じる話し方である。冷酷さを感じるが、彼女にはそれが適していると思わせるような愛嬌をレンは感じた。同時に、その猛禽類のような鋭い黄色の目は何事をも見通す眼力があると思っていた。
「第5隊隊長、クリス。第14隊の意見を支持する」
机に足を組んで乗せているクリスは無表情で人間味が感じられず、レンはその異形さに歴戦を制してきた隊長の貫禄を感じた。レンは彼の異名を知っていた、『鏖殺の騎士』という異名を。戦闘において無敗という噂は真か偽か到底判断できないが、明らかに異質の空気を放っている。
「第4隊隊長、ジン。第14隊に同意」
彼は堂々たる巨躯の持ち主で、カムイの長駆よりも一回り大きく見える。彼は隻眼なのか、右眼に黒い眼帯を付けている。
「第3隊隊長、レオ。エルやレミの意見に異議なし」
隣に立つジンには勝らないが、迫力のある見た目がある。ジンは声量の観点からすると、威厳を感じなかったが、レオは大きな声で明瞭に話す。
「第2隊隊長、ハル。第14隊に異論はないよ」
カムイやレオの間に立つとお世辞にも屈強とは言えない矮小な肉体を持つ隊長であるハルは、ブロンドの髪を後ろで束ねていてどこか女性らしい印象を持つ。とても爽やかな印象で、容姿端麗という言葉が相応しいだろう。レンは彼が議論が始まるまでケーキを食べていたのを見逃しはしなかった。それはレンが食べたかったから、というのは言うまでもないだろう。それはさておき、レンはレンと同年代の彼が隊長であることを疑問に思っていた。
「第1隊隊長、カムイ。第6隊班員であるレンを後任者として推薦します。以上です」
スカイシーカー総隊長でもある彼が言葉を放った瞬間、会場は緊迫した雰囲気に包まれた、たった一人の発言によって。議長は質疑を行おうとした。
「それはなぜだ」
しかし、それを遮ったのはクリスだった。
「議長、なぜカムイの肩を持つのです。たった二人の意見が反映されるのですか? その判断は何においても中立の立場である貴方が選ぶのは間違っている」
レンは納得しつつも、自身に隊長という重荷がのしかからない流れになっていることに安心していた。クリスの発言にカレンが肩を持つように発言する。
「彼の言う通りです。確かに、スカイシーカーの最高指揮官であるのはカムイなのは異論はない。だが、もう既に結果は決まっている。ほとんどが第1隊から選出する意見ばかりではないですか。この議決方法は不正極まりない」
次に発言をしたのは美少年のハルだった。
「まあまあ、二人共落ち着きなよ。二人の意見は僕も理解はできるよ。でも、これは議論なんだ。多数決をするだけじゃない。自分の意見を押し通すだけじゃないんだよ。彼らの意見を聞くだけなら良いんじゃないかな。それに第1隊選出賛成派の僕らはエルとレミが持論を述べていたじゃないか。カムイの言葉で意見が傾くようなら、こちらが意志薄弱ということじゃないか。カムイの意見を聞いて意見を変えなければいい。
それで良いですよね、議長」
若いハルの言葉に全員が黙り込んだ。レンはこの異様な空気を理解できなかった。流石、カムイの若き右腕なだけはあるとも感じていた。議長はカムイに話すよう仕向けた。カムイは頷き、話し始めた。
「まず、彼はアルのように心優しい人物です。第6隊は第1隊を陰ながら支える役割を果たしています。そして、他の班を引っ張る影のリーダーとも言える働きを果たしています。第1隊に属する隊員は猪突猛進で負けず嫌いの性格を有している者ばかりです。私の隊員は個人のスペックは高く、隊長になったとしてもきっと活躍を果たすでしょう。しかし、アルのような役割を果たせるとは到底思えません。悪く言えば、協調性がない一匹狼が蔓延るのが我が隊の特徴です。それが第6隊の隊長になりうるかという疑問を投げかけます」
「それだけか? たったそれだけなら説得力に欠けるね」
クリスのその発言は的を射ていた。隊長の意見は一人も揺らいでいないだろう。
「まだ終わりだと言ってないだろう、クリス。
私がこの場で言っておきたかったこと、それはクリスタル【サーティーン】を使って人器の適性を調査した。勿論、我が隊員もです」
「クリスタルを持ち出したのか、不謹慎な!」
クリスタル【サーティーン】という言葉に、更に『天空の間』は慌ただしくなる。レンが座っている傍聴席からも野次が飛び交う。レンは何が起こっているのかさっぱり理解していなかった。ただでさえ、この二週間で色々な出来事が起こり脳を動かし続けているのに、聞いたことがない単語を並べられても、レンには何の事やら把握できず、レンはまるで世界の重力が反転したような気分に陥っていた。
「結果は、たった一人だけが拒絶反応無しでした。
それは、レンです。第1隊隊員は全て拒絶されました。人器は隊長の証。人類に残されたクリスタルはこの【サーティーン】だけです。この意味はこの場にいる皆さんが理解していると思います。以上です」
その言葉で場が凍りつき、その場にいる者全員がレンの方を凝視した。レンの言葉を求められていることをレンは即座に察していたが、それがレンの混乱を煽った。しかし、カムイの真剣な眼差しに気付いた。レンは読唇術を心得ていないが、カムイの口の開きが何をレンに伝えんとしているのかを明確に理解した。『夢を語れ』と間違いなく言っていた。レンはとりあえず迷いを捨て、口を開いた。
「俺の夢は、アルマを元の生物に戻した上で、人間が外に出ることができる世界を作ることです」