恐怖に抗え
あの事件から一週間が過ぎた。第6隊は他の隊長を招いて任務を遂行することになった。集合場所はいつもの鉄扉前。レンは後ろ髪を引かれる思いで、そこに到着した。
「大丈夫なのか、レン」
レンは到着するや否やユウから話し掛けられる。その場に既に着いていたミオとスズもその会話に食いついて聞いている。
「もう大丈夫だよ。心配掛けちゃったね」
ユウはホッと胸を撫でおろす。そして、数秒空いて、再び口を開いた。
「……あの時は悪かった。少し強く言い過ぎた。心の余裕が無かったんだ」
レンはユウの目の下が薄黒くなっているのに気付いた。あの日のことを散々嘆いたのだろう。
「そうだね、わかってる。怒ってくれてありがとう」
ユウはレンに感謝を述べられると想定していなかったからなのか、少し頬を赤らめ笑顔になった。
「ミオも元気で何よりだ」
レンがミオに話し掛けると、ミオは照れた様子で頬を掻く。その表情の中には後悔がほのめいていた。
「私も心配掛けちゃったね。先輩失格かなあ」
レンとスズは首を横に思い切り振る。その光景を見て、ユウとミオは声を出して笑う。レンとスズも釣られて笑った。
レンよりも少し背が高い人物がこちらに歩いてくる。レンにはとても美形な男性に見えた。華奢な体形だが、着痩せするタイプなのだろう、どこかに力強さが感じられる。アルは身嗜みを整えて任務に来ていたが、彼はそうではなくカジュアルな服装で、素人目に見ても洒落た服装なのだと理解できた。しかし、任務に相応しくない服装ではないかと思えるほど軽装で、ライフォンやシューターという最低限の装備しか身に着けていなかった。
「あー、はーい。俺の話聞いてねー。
今回のみ第6隊の代理隊長を務める、シオンだ。なんでお前が、って思っている人が数名いそうではあるが、無視するっ。俺だって休みの日に仕事はしたくねえんだ。だが、カムイからの命令でだな。従わないわけにはいかない、お前らもな。
へぇ、君がスズちゃんで、お前がレンちゃんか。まだ初々しい顔だねー。それに、ユウちゃんとミオちゃんも浮かない顔してるねー。正直、似合ってないよ?
ところで、スズちゃん、この任務の後に用事があったりするのかい?」
シオンの急な質問にスズは顔を赤らめ、少し身を引いて尋ねる。
「いや、え、あの、それはどういう意味ですか……」
混乱するスズの両肩にミオが手を置き落ち着かせた。
「シオンさん、すぐに女の子をデートに誘うのはやめてください。
スズ、気にしなくて良いのよ。この人、いつもこんなんだから」
スズは安心した表情を見せた。シオンは諦めが悪く、ミオに絡もうとする。
「じゃあ、ミオちゃんが一緒に出掛けてくれる?」
ミオは返事をせずに、死人が出そうな冷たい視線だけを送る。その横からユウもシオンを獣のような目で睨んでいた。
「ミオちゃんのその蔑むような目嫌いじゃないよー。むしろ、ずっとその目で見つめていてほしいくらいだよ。本当に綺麗な瞳だ。ただ、ユウちゃん、お前の目は人殺しのそれだ。尊敬の目で見てくれ」
レンは、この人マゾだなあと遠い目で傍観していた。そして、本当に隊長に相応しいのかと思いつつ、アルの変人集団という言葉を思い出して、妥当な判断だとも思っていた。
「キモイ。良い加減にしないと、怒りますよ?」
レンは本気で怒っているミオを初めて見て、怒らせないようにしようと心の中で決心した。同時にスラム時代の彼女が想像できた瞬間でもあった。
「やっと場が和んできたところだな」
シオンがそう言うもののレンはそうは思っていなかった。
「じゃあ、進むかー」
堅く重い扉がゆっくりと開く。薄暗い、人工の通路がそこに続いていた。通路に第6隊の隊員は足を踏み入れた。シオンはその後ろを付いていく。しかし、足を前に進める速度が徐々に遅くなっていく。そして、太陽の日差しが見えたところで全員足を止めた。シオンも同時に歩くのをやめた。
誰も、地に足を踏み入れない。通路から動こうとしない。この先に進むと、誰かが死ぬ可能性があることが脳から離れないのだ。仲間を思いやる心が足を動かさなくしていた。
「おい、どうした。進むぞー?」
シオンがそう背中を押す。
しかし、長い長い静寂が訪れた。通路に吹き込む風の音で、鼓膜が痛くなるほどの静けさ。目の前に広がる爽やかな自然に反して、アルとエラマスキアが戦闘する光景が浮かび上がる。
レンは先陣を切って歩き出す。土の柔らかい感触、そして、少しの恐怖が靴を通じて感じる。擦り傷がじわじわと体に苦痛を与えるように、足元から恐怖が蝕んでくる。まるで、足が雁字搦めにされたように動かなくなる。
しかし、勇気が心の底から湧き上がってくる。太陽の日差し、温もりがそうさせているのかもしれない。
「レンちゃん、怖くないのか?」
不思議そうな顔をしてシオンはレンに尋ねる。レンは後ろを振り向きながら自信を持って答える。
「怖いですよ。だからこそなんです」
「お前、死ぬぞ」
レンの背後からシオンの殺気が強襲する。レンはシオンの隊長としての片鱗を感じた。鋭利なナイフを背中に突き付けられたような緊張感が走る。言葉が凶器になるとは思いもしなかった。
しかし、その緊迫に張りつめた糸を切るように、背中に突き付けられたナイフを振り払うように、レンは朗らかに笑う。
「俺が死のうと、人の夢は死なない。俺は他人の夢も背負っているんだ。
俺はアル隊長に恐怖を忘れるな、と言われました。恐怖心があれば、細心の注意も払える。
それに、俺は俺の夢を叶えるために前を向かなければならないんだ。
自分の夢、誰かの夢、全てを叶えるために、俺は進むんだ。
俺は行くけど、皆はどうする?」
レンは不敵な笑みを仲間に向かって浮かべてから、地面を思い切り踏み、前へ走り出した。
「ミオ、スズ、俺達も前に進もう。アル隊長はここで立ち止まる俺達を見たいと思わないだろう。レンこそが俺達のあるべき姿だ」
第6隊の瞳に聖火が煌めき出した。そして、子どものように未知の場所へ駆けて行った。
その瞳を見たシオンは優しく笑った。
「俺も頭を抱えたよ。どうすれば、この隊があるべき姿に戻るのか。この勇気ある優しいチームになるのか。その中で思ったよ、良い奴を見出したな、お前は。
お前の作った第6隊は息を吹き返したぞ。貸し一つだな。あの世で返せよ」
任務が無事終了し、レン以外の全員がその場を立ち去った後にレンはシオンに話し掛けられる。
「レン。この後、空いているか」
レンはその瞬間にミオが言っていたことを思い出していた。女性をデートに誘っていることを。レンは苦い表情になる。
「……え、そういう気質だったんですか? お断りですよ?」
シオンはレンの表情と言っていることが全く理解できていなかったが、ミオの言葉を思い出し、急いで否定した。
「いやいやいやいや、待て。ちげぇよ! 何、勘違いしてんだよ! お前と真剣な話がしたいだけだ」
更に気まずい空気になる。シオンは発言した後に言葉選びを間違えたことに気付く。レンは嫌悪感を抱いた表情でシオンを見る。
「え、やめてくださいって。俺、そういう目で見れないんで」
シオンは溜め息を深く吐いて、これ以上話を別の方向に超過しないために仕方なく本題に移った。
「あのなぁ……。俺は今日カムイに頼まれてここに来たと言ったのを覚えているか。俺はこの隊を再建させるために来たんだ。そう、今日はカルマと戦わなかったよな。今回の目的は心の治癒だったからだ。だが、俺はその方法はわからなかった。どう背中を押せばいいのか。仲間の死で心の病に陥る者は少なくない。俺だって何人も見てきた。何も考えていない俺だって辛かったよ。俺も乗り越えていない心の傷を乗り越えろだなんて言えない。俺には適切な言葉は思い付かなかった。
だが、レン、お前には素質がある。その素質は努力では得られない才能だ。お前には、仲間に合わせることができる才能がある。それはいつかお前の財産になる。初心を忘れるな」
レンは隊長格の人物から褒められると思ってもいなかった。
シオンは誤解されてしまったので、それきりにして黙って場を離れようとする。
「シオンさん。ありがとう、ございます」
シオンはゆっくり踵を返して言い放つ。
「レン、敬語はいらねえ。そして、これからはシオンと呼べ」
「……はい、シオン」
シオン(No.39256)
年齢:24歳
身長:175cm
格闘能力:9
行動力:9
優しさ:6
協調性:5
頭脳:4
(10段階で評価)
第8隊隊長。エリア3出身。実はアルの同期だったりする。女性にすぐに絡もうとするチャラチャラした性格から、あまり女性隊員には人気がない。顔が良いだけに残念系隊長と言われる。隊長になった理由は人器を扱える人物であったからで、その自己中心的な人柄は隊長として評価されていない。しかし、戦闘においては貢献度が高く評価に値する。そして、何よりも根は良い奴。