第7話 OJT1 ~on the job training~
2017/04/06 改行修正しました。
さて、結論から言った方が良いだろう。
ここは、初の仕事、郵便物の集配の、所謂「OJT」を終えた、例のビジネスホテルの506号室。
そこに佇んでいるのは、一人の表情を失った、少し気弱そうな青年、冬海信。
今日もまた、隣の部屋には誰もいないことはさっき確認済みである。
サッ、っと、カバンを投げ捨て、ベットに潜り込み・・・
「はああああぁぁぁ・・・疲れたぁ・・・」
昨日の叫びは何処へやら、力のない声でそう言ったのだった。
・・・
朝の事である。駅レンタカーを借りて、例の少し離れた所の駐車場にまでいった。
そこからは徒歩である。
「よし、今日から頑張るぞ。」
それなりの気合と、適度な緊張感(昨日の件で少しほぐれたようだ。)を持って、清々しい朝にあの山道を歩く。
運動靴を履いてきただけあって、昨日よりもずいぶん楽に歌原郵便局に着いた。
「おはようございます。」
時計を見ると8時30分、一応言われた時間の10分前には着いた。
見ると、始業時間前なのに、皆さん存外忙しく働いていた。
「あら、やっと来たの。おはよう。冬海くん」
「あ、はい。おはようございます。銀橋さん。」
と、窓口の後ろのほうを見てみると、たくさんの郵便物が置かれてあった。
「あれ?今何しているんですか?」
「ああ、これ?君知らないの?」
そういって、銀橋さんは後ろを振り返り、指さす。
「あれね、今から貴方たちに運んでもらう荷物。私が仕分けてたの。」
詳しく聞いてみると、どうやらこの仕分けの作業に1時間ほど費やすらしい。
「さっき終わったの、これで、少しの間窓口で勤務、その後また昼前までに午後の分の仕分けをするのよ。」
「あれ、仕分けの時、窓口誰が担当するんですか?」
「え、ああ、大丈夫よ、窓口専門の子がもう一人いるから、昨日はたまたま休みだっただけ。」
「はぁ、なるほど。」
「詳しい説明とかは、また今度する機会もあるでしょ、さ、早く荷物運ぶんでしょ、準備準備。」
腕時計を確認すると、8時35分だった。ちょうどいい時間だろう。
「ええ、では失礼しますね。」
「ああ、部屋は二階の奥だからね~!」
「あ、ありがとうございます。」
その声を後にしながら、僕は二階へと向かった。
・・・
「あぁ、ようやく来ましたよぉ。」
扉を開けた瞬間、佐藤さんの甘ったるい声が聞こえた。
「は、はい。おはようございます。」
「おはようございます、冬海さん。」
「おはようございますっす!」
と、ジョージさんは周りを確かめ。
「さて、これで一応はそろったね。それじゃあ、朝礼始めるよ。」
朝礼では、僕がまず改めて自己紹介をし、佐藤さんが僕の教育係に決定したこと、僕はしばらくの間、佐藤さんと同じエリアを担当すること、もし、対処が難しくなった場合はその日の終礼までに対応案を考えておくこと、などが決まった。
「さてぇ、行きますかぁ。」
「は、はい!よろしくお願いします。」
「あっ、制服はそこに用意されているから、着替えたら外のあの駐車場に降りてきてくださいぃ。」
「あ、はい。」
と、いうわけで着替えてきました制服に。町中でよく見るあれだ。
あの黒いジャケットを基調にした、胸に金色の反射材が付いたアレだ。
長ズボンは案外厚手だった。
「すいませぇん!!」
「あ、ちょっと、そんな慌てなくても。」
焦ってやってきた佐藤さん、いつこけるか分からないほどのスピードで駆け下りてくる。
「あ、はいぃ。大丈夫ですぅ。ええっとぉ、小型二輪車の免許証は持っていますかぁ?」
「はい、一応カバンの中には入れてあります。」
カバンの中、というのは支給されていたものだ。
利便性はそこまででもない、と思う。
佐藤さんは、コホン、と咳払いをして、
「それではぁ、ええっと、これからのルートを案内しますね。」
と、地図を取り出し、ある程度のルートの説明を受ける。
「・・・この先のぉ、歌原湾沿いの家をぉ、先に配りますぅ。
その後ぉ、市街地のぉ、新興住宅を中心にぃ、ぐるっと回ったらぁ、いったん帰りましょうぅ。」
「い、以上でしょうか?」
「は、はいぃ、これでとりあえずは大丈夫ですぅ。」
お、覚えられない・・・、この説明だけで5分は費やしている。
そんなにここらの地形は複雑だったのか・・・
「あははぁ、最初から全部覚えるなんて無理ですよぉ、ゆっくりでいいのでぇ、頑張りましょうぉ!」
佐藤さんが小さくエイエイオーのポーズを取る。
「頑張ります、おー!」
佐藤さんと、二人のOJTの始まりだ。おー!!
・・・
「あ、暑い・・・冬なのに・・・」
そう、この仕事最初の難敵に当たってしまった。熱である。
「それは・・・あははぁ、そうですよぉ。結構動く仕事ですしぃ。」
そう、郵便配達員、バイクを走らせては止めて、走らせては止めて、その繰り返しをかなりの回数繰り返すから、かなり暑いのだ。
「あははぁ、大丈夫ですよぉ、頑張りましょうぅ、おー!」
「は、はい。おー。」
一方の佐藤さんは慣れているのか、まだ全然汗もかいていない様子であった。
情けないぞ、男児よ。
「さ、次です。」
と、佐藤さんは手紙の束を郵便受けに入れていた。
「なんでここの家の人はこんなに?」
「ああ、これですねぇ、この人、文通家みたいですねぇ。」
「へぇ、そんな人が・・・」
「ええぇ、全く嬉しいですよぉ。」
佐藤さんはそういったときに嬉しそうな表情を浮かべるらしい。ガッテン。
と、順調に配っていき、時間も11時を迎えようとし始めると、日が段々とその本領を発揮し、じりじりとさらに暑くなってきた。
佐藤さんの額にも汗が滲んできた。
地味だが、段々体がしんどく、重く、なっていくのを感じる。
「あ、大分疲れましたよねぇ、ここで一旦休みますかぁ。」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。」
「ダメです。」
ぴしゃっ、と、佐藤さんにしては珍しく、語尾が伸びない声で言われた。
「いや、でも、佐藤さんの足を引っ張るわけにもいかないですし・・・。」
「そうやって、無理をすると、午後に響いて結局5時までに帰れませんよ。
配り物は最後までしないと、残業は確実ですから。
ちゃんと休んでください。分かりましたか。」
あまりに真剣に言われたので、少し驚いてしまった。
「それにぃ、この調子だと多分間に合いますよぉ、この時期はまだ少ないほうですからぁ。」
「そ、そうなんですか?」
「ええぇ、これからはまた増えますけどねぇ、今のこの間だけはそんなに多くないんですよぉ。
昨日も皆さん帰って来ていたでしょうぅ?」
「は、はぁ。なるほど。」
「あ、あそこにしましょうぅ、歌原湾の所ぉ。」
すると佐藤さんは、歌原湾の前でバイクを止め、うんと伸びをした。
僕もそれに続いてバイクを止める。
コンクリートの護壁にあった自販機で、緑茶を2本買ってきて、佐藤さんが向かってくる、おごってくれるらしい。
と、緑茶を手渡された。
「はい、これどうぞぉ。一応ですがぁ。」