第6話 海鮮丼 ~the sashimi bowl~
2017/04/06 改行修正をしました。
「んんっ、あ~、よく寝れた。」
朝日が昇って、窓辺から差し込む。気持ちのいい朝だ。
まあ、着任したその日にぐっすり眠れるのは体質とかあるらしいが、僕の場合は慣れていたからである。
そう、転職にね。
着替えのパジャマを畳み、うんと背伸びをする。いつも通りの感触だ。
とはいえ、家族の居る実家にいるわけではない。
つまりそれは朝ご飯が無いということである。
と言うわけで、僕は今一番のミッションとなるのは、飯だ。喰わねば何も始まらない。
いつも通り携帯と電子マネーを持って、朝の街に繰り出すことにした。
・・・
「へクチ」
と、少女はくしゃみをする。
「くしゃみなんて、風邪ひいたかなぁ?それとも噂だったりしてね。」
と、時計を見ると登校時間ギリギリまで差し込んでいた。
「やっば、早くいかないと。」
と、慌てて用意する。
今日の用意は、国語、化学、生物、地理のみであった。後は学校においてある。
「っと、行ってくるね、くーさん。」
玄関先においてある熊型のぬいぐるみに挨拶を送り、家を出ていく。
誰もいなくなったその部屋の机の上に財布があるのが、今この財布に気づくものは居ない様だった。
恐るべし、電子マネー
・・・
さて、この歌原町唯一の駅前に繰り出した。
この周りを見てみるとファストフード店しかなかった。
見えるものから、吉○屋、マ〇ク、ココ〇チ・・・って、3つだけかよ。
「はぁ、さすがにここでは済ませたくないな・・・」
「どうなさいましたか?」
「うわぁっ!」
昨日のフロントさんだ、一体何時間働いているのか。
「このあたりで、この地域の地域料理とか食べられるところとかないですかね。
ファストフードは気が引けるもので。」
「ああ、そういうことでしたか、昨日おっしゃっていましたね。
それなら、この先まっすぐ行った歌原漁港の海鮮丼とか、良いんじゃないですか?」
「あ、あの場所が分からないのですが、教えてもらってよろしいですかね。」
「あ、はい、ちょっと待ってくださいね。」
と、おもむろにカバンからメモとペンを取り出し、何やら書き出した。
2分もしない内にペンが止まる。
「はい、一応メモ程度に住所と、簡単な地図を書いておきました。
すいません、私家が山のほうですので、連れてはいけませんが・・・」
「いえいえ、本当に結構です。ありがとうございました。」
礼として何か出来れば良いのだが・・・
こういう時に雑技は役に立つのだろうか。
「いえいえ、っと、それでは。」
ぱたぱたと走っていき、フロントの方は消えた。
優しい人だ、またいつかお世話になるかもしれない。
・・・
その人の地図は、結論から言うとあまり分からなかった。
なぜって?一本道がズドーンと書かれてあり、その先に、「この辺!」って書いてあるだけだったからだ。
これで分かるほど、ここらへんの道路状況は単純ではない様だった。
と言うわけで、携帯の地図アプリを開いて、その住所を打ち込む。
「歌原町、歌原漁港・・・っと。こんなものか。」
経路を確認すると、一本道どころか、まっすぐですら無かった。
あのフロントの人は案外適当なようだった。
「と、着いたわけだが・・・にしても賑やかだなここは。」
昨日の人の疎らさに比べて随分な混みようであった。
とはいっても、視界に入る人の数が数えられない程度だったが。
因みに昨日行った歌原湾とは違う所である。
どうやら歌原湾では漁は行われていないらしい。
「人がいるだけ、やっぱり店も多いな。」
ずらっとフードコートのように並ぶ卸売店と、定食屋さん。
その色合いは、ひしめき合っていることもあってか、さながら海鮮丼のようであった。
「ええと、店、店、良さそうな店は・・・」
あった、僕の希望を叶えてくれそうな店が。
グルメセンサー(自前)が反応するから間違いない。
「定食 タカハシ・・・」
と、意味ありげに看板を音読してみたが、何かあった訳ではない。
・・・
入ってみると、あんまりお客はいない様であった。
疎らに2、3人と言った所だろうか。
「でい、いらっしゃい!お客さん初めて見るね!今日は一人で観光かい?」
かなり粋がいいおっちゃんであった。今日揚げられたようである。
「いえ、昨日ここに越してきまして、よろしくです。」
「おう、そうかい。ここらは年寄りばかりでいかん、君みたいな若衆がいねえと活気が出ねぇってよぉ。」
と、少し肩を竦める。
「って、ところでなんにすんだい?マグロ丼か?いくら丼か?」
「ええっと、海鮮丼、できますかね?美味しいの。」
「おうとも、このジジイ、元気に海鮮丼作ってやる、そこで待ってな!」
嵐のように厨房へ向かっていく。本当に元気な人だ。
「へい、お客さん、海鮮丼ね!」
「あ、ありがとうございます。」
カウンター席に座った僕に、お待ちかねの朝ご飯がやってくる。
目に見えたのは、いくらの煌々とした輝き。
まずはそれをぷちっとつつく。
中から出てくる液はまるでルビーのように光を反射し、僕の食欲を加速させる・・・
「って、僕はグルメリポーターかよ。」
と、一人突っ込みを入れたところで、海鮮丼を口に運び始める。
「・・・旨い。」
バクバクバクと食べ進め、すぐに完食してしまった。
「ごちそうさまでした。」
「おうよ、旨かったかい。良かった良かった。」
「はい、本当においしかったです。
実は僕グルメなんですけど、なかなかこんないい料理には出会えませんよ。
まさかこの町で会えるとは、感謝です。」
「そんなに褒められると、こっちとしてもうれしい限りだい。」
二人の周りを笑いが包む。本当に良い料理であったようだ。
「よし、帰るか。」
もちろん電子マネーで支払いを済ませ、タカハシから出た後、ホテルに戻る。
着替えをもう一度すませる。
靴も運動靴をあの後買っておいた、それを履きなおす。
忘れ物なし。指さし確認はした。運転免許証もある。
財布には入れていないのだった。
それは、電子マネーのほうが財布の中の現金よりも頻繁に使うから、便利だもん。
だから、免許証は電子マネーのカバー入れの中に差し込んであった。
もちろん、ペーパードライバーなのでゴールドである。
よし、準備万端。
「では、行ってくる。」
誰もいない、その部屋に向けて、颯爽とそう言い放ったのだ。