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第3話 極端な売り手市場 ~the negative impact~

2017/04/06 改行修正しました。

「ちょ、ちょっと、あの、行きましょう。」


 それっきり黙ってしまっている佐藤さんを促すと、佐藤さんは意外そうな顔をしていた。


「え?ここの職場に不満とか感じないんですヵぁ?」


 なるほど、黙ってしまった理由はその部分にあったらしい。

 この分だと、今まで数多の新入局員が文句をぶつぶつと言って入ってきたんだな、と思う。


 そうは言ってもだ、なんだなんだで大学を卒業したはいいものの、その後定職と言える仕事に就けなかった僕に、田辺さんが紹介してくれたのはこれから行く郵便局だ。

 おそらくだが、ホウトウ運送も求人は出していたんだろう。

 何せ今は高齢化が進み、特に郵送業界は売り手市場なのだ。

 出ていないとなればそれは嘘になるだろう。


 でも、その上で田辺さんはこの郵便局を勧めてきた。

 まさかわざと失業なんてさせるわけがない。

 やはり、この郵便局が向いていると田辺さんは察したのだろう。

 僕がここで文句を言う筋合いなんてないし、鼻からそんな気持ちも無い。


「ええ、まあ、もちろん、今は外装のイメージとかだけですけどね。」


 そう、ここだけで決めつける新入社員もいたんだろうな、なんて思うと、少々驚きを隠せない。

 と、そんなことを言える立場かよ、俺は。

 何回も仕事バックレたりしている癖に。


「あはは。そうですよねぇ。ではぁ、行きましょうかぁ・・・」


 うすら笑いを浮かべる佐藤さんの顔はまだ暗いままであった。



 そうして、僕らは郵便局に入ってきたが・・・


「おお、これはまた古風な・・・」


 素直に驚いていた。というより感嘆していた。

 まずその郵便局、歌原郵便局は、自動ドアをくぐって入ってみると、郵便窓口があったのだが、その窓口に人がいたのにまず驚いた。

 昔はこの形式が当たり前だったとされていたらしいが、最近の郵便会社のスタイルでは、全自動で業務まで行ってしまうのが流行というよりかは当然となっている。

 

 このような郵便局は最近では珍しい、らしい。

 正直、郵便システムなんてそうそう利用しないし、なんてったってネット郵送システム(これも、ホウトウ郵送も取り入れているシステムだ。)があればわざわざ郵便局に赴く必要なんてないのだ。

 僕はこういった形式の郵便局を実は教科書でしか見たことがない。

 そこには確か、「官営のころの郵便局の様子」とかが説明に書いてあった気がする。


「ただいま帰りましたぁ」

「あぁ、お帰りなさい。その方が?」


 すると窓口のほうから一人こっちに向かってくる人がいた。というより、窓口に一人しかいなかったんだが。


「はいぃ、新入の冬海さんですぅ。」

「あら、初めまして。私は銀橋今日子ぎんばしきょうこと申します。どうぞよろしく。」


 見た目だと30代後半だろうか、あえて年齢を言ってこないあたり詮索はしないほうがいいだろうと感じた。

 よく考えると、突然年齢を言うほうが可笑しいのだが。

 あれ?どこかで覚えが・・・


「あ、はい。僕は冬海信と申します。どうぞよろしくです。」


 と、簡単な挨拶だけ済ませると、銀橋さんは窓口業務に戻っていった。何か熱心にやっている様だった。



 「さて、この上が局長室になりますぅ。」


 やはり、実際挨拶するとなると緊張はするものである、もう一度ネクタイを締めなおす。

 佐藤さんも、緊張・・・はしていないようだった。当然のことである。


 コンコンコンと3回ノックし、


「新入局員を連れてきましたぁ。」


 ちょっと語尾の弱い声で佐藤さんがこの部屋の主に報告すると、


「おう、中に入れ。」


 少し威厳のある、強い声色で入室の許可が出た。


「は、はぃ、失礼します。」


 ドアを開けて、佐藤さんがまず入室する。

 僕もそれに続いて、


「失礼します。」


 はっきりとした声、勿論これが重要なのである。

 そう自分に言い聞かせながら、少々上ずった声を出し、木製の手動で開き戸を閉め、局長室の中、佐藤さんがすでに立っている局長の机の前へと移動する。



 局長の椅子に座っていたのは、なるほど、それに相応しいであろう迫力を放っているように見える、そんな印象を受けた。

 確かに、あのバイクのおっちゃんだったが、やはり上司、それも局長ともなると何とも言えない迫力がそこにあると感じた。

 

「それで、佐藤さん、そこの人が新しく入ってきた子かい?」

「はいぃ、そうですぅ。」


 居住まいを正して、僕は自己紹介を始める。


「はい、本日付で歌原郵便局に配属になりました、冬海信と申します。よろしくお願いします。」


 そして、顔をあげると、驚いたような顔をしていた。

 しかし、何か言いたそうな顔とは裏腹に、しばらく黙り込んだ後、


「ありゃ、佐藤さんの彼氏じゃないか。」


 と、冗談を交えてきた。聞かないでもわかるであろう、そのことを。


「いやぁ、違いますよぉ。誤解ですよぉ。」

「そうなのかい?」


 僕に訊いてくる。初の挨拶なのに結構軽い感じなことに驚いてしまった。


「はい。違います。」


 ちょっと、僕にはこの緩い感じが最初のうちは慣れなさそうだ。


「そうか、本当に違う様だな・・・すまないね、変なこと言って。」

「あ、いえぇ、いいんですよぉ。」


 あわあわしているようだが、大して何とも思っていないように、僕は思えた。



・・・



「コホン。」


 あからさまに咳ばらいをし、局長は話を戻す。


「ええっと、私の紹介がまだだったよな、私はここで局長を務めている、田辺吉彦だ。これからよろしく頼むぞ。冬海くん。」


 屈託ない笑顔で反応を待つ田辺局長。

 緊張している僕はいささかぎこちなく、


「よろしくお願いします。」


 深々と礼をする。

 その姿に、局長はどうやら驚いている様子だった。

 局長は僕の前に、否、耳元にそっと呟くように


「ああ、頼んだよ。」


 そうもう一度、確かめるように繰り返す局長の横顔は少し陰りがかかっていた。



・・・



「じゃあ、正式な挨拶はまた後にするとして、まずは顔合わせだな。もうすぐ終業時間だ。もうそろそろ皆帰ってきている頃合いだろう、行こうか。」


 と、先に局長は出て行ってしまった。


「冬海さんが初めてですねぇ、あの局長を怒らせずに切り抜けられたのぉ。」

「え?そうなんですか?」


 あんな、八百屋の大将みたいな温厚そうな人に?と、思わず聞き返してしまった。


「ええ、まあぁ、ここ最近の話なんですけどねぇ。」


 佐藤さんは話を続ける。少し表情が暗い。


「最近の新入さんってぇ、何ていうんですかぁ、こう舐めてかかっているというかぁ、まあそんな感じの態度がぁ、滲み出ているんですよぉ。

 それでぇ、局長さん、いつも笑顔で新入さんと応対はしているんですけどぉ、その後新入さんが帰った後ぉ、部屋を出ていくとき必ずぅ、怒って出て行っていたんですけどねぇ。」

「へぇ、そうなんですね、通りで・・・」


 通りで一瞬戸惑った顔をしたんだ。

 僕から舐めてかかっている(感じ)とやらが感じられなくて。

 

 何せ、僕はこの極端な売り手市場の時代じゃ珍しい、社会不適合者だ。

 自称するのはとても悲しい気がするが。


「あれ?その割には窓口の人少なくないですか?」


 そう、銀橋さんしかいない割には、あの窓口はいささか広いように思えたのだ。


「えぇ、皆さん郵便局がここだと知った後ぉ、内定をお断りするんですよぉ。」

「それって、やっぱり・・・」

「隣のホウトウ運送のほうに流れていくようですねぇ、今は極端な売り手市場ですからぁ、大企業でも人員不足に悩むほどですしぃ。」

「そうなんですか・・・」


 当然と言えば、当然の話だ。大企業だって困るほどの極端な売り手市場だ。

 特に今の郵便業界で中小の郵便局は見向きもされないのが当然と言えよう。

 


・・・

 


 その時、ふと、僕が大学4年生だった頃、ネットの掲示板に


「中小規模の郵便会社なんて糞だろwwwあんなもの唾吐いても通るわ」


 という書き込みがあったことを思い出していた。

 無論、その頃の僕は、そんな事情が、世間の噂、ただの嘘程度にしか思っていなかった。

 だから、


「そんな訳ないだろwやってみろよ」


 と、冗談半分で返していた。


 しかし、その後しばらくして、僕は数多の就職試験に失敗し、周りの友人たちがどんどん内定を決め、どの職場にしようか悩んだり、もっと良い就職先を模索して、焦りがとうとう見え始めた頃。

 ふと、あの頃の書き込みを思い出したのだ。

 別に、何か期待したわけではない。

 ただ単純に、その書き込みをした野郎も、今頃僕と同じような状態にいるんじゃないか。

 そんな、糞みたいな考えがよぎっただけだ。

 

 でもその頃は、本当に悲観した。


「本当に通ったぞ!ああ、糞すぎるだろココwww」


 そう、その記事には確かにこう書かれてあった。

 実際のところは分からないが、後に僕は郵便業界が唾を吐くような奴も新入社員を取りたがっていること。

 そして、その殆どが大企業に吸い込まれていくことを知って、その記事がある意味では真実であることを知った。

 



 しかし、今僕は分不相応にも、その頃とは違う、どうしようもなく冷たいものを感じてしまった。

評価、ブクマ等、よろしくお願いします。

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