第16話 召喚前夜 ~the joke's end~
「それでですが。」
大家さん、もとい、須藤茜さん、と向き合う形で座る僕。
由希には退席してもらっている。大人の話に子供は入ってはいけないのだ。
「はい。賃貸の件ですよね。」
「その通りです。」
まずはこれを、と、大家さんの鞄から、チラシのようなものが取り出される。
「これが、不動産屋さんに提示した条件となっています。」
詳しく説明する前に、その用紙に書かれてあることを整理して読んでいく。
(物件概要)
住所……兵岡県歌原町歌原32‐6 アパートスドウ 202号室
アクセス……「歌原南公園駅」より車で20分
間取り……2K
水道……上下線完備、水洗トイレ、お風呂もあり
構造……鉄筋コンクリート造
規模……一戸(全4戸)
階数……二階(二階建て)
竣工……2053年3月
(賃貸条件)
家賃……要相談
損害保険……要相談
敷金、礼金……要相談
駐車場……有(ただし1台に限る)
入居時期……即入居可
駅まで車で20分もかかるのかココ……
とはいえ、郵便局まではそう遠くないみたいだし、寧ろ好都合なのかもしれない。
それに何より、こんなにいい部屋に出会えたのだ。立地なんて大したことはない!
それよりも、これからの相談の方が大事なのである。
家賃とかだ。
ここら辺がすべて要相談にしてあるのは、おそらく契約する前に自らがきっちり話を付けておきたいという気持ちからだろう。
それか、もしかしたら、入居する人の人間性とかを見たかったのかもしれないな。
まあ、尤も、僕の場合は最初のイメージはおそらく最低なものだけど。
「それで、ですね、家賃とかの相談に入りたいのですが。」
「あ、はい。」
腕を立てて、机の上でこちらをじっと見る。
「家賃、1万円前後でどうでしょうか?」
「ええ?!いいんですか!」
ここの家賃の相場は実は前に調べたことがある。
2K、水回り完備の、この部屋のレベルなら3万円で相場だ。
1万円でここに住めるなんて、さすがに思っていなかった。
「冬海さんの事情とか、大体の話を由希から聞いているので、それを案じての家賃ですが、何かあります?」
「いえいえ、そんな滅相もない。こっちとしては嬉しいばかりで、願ったり叶ったりです。」
「それじゃあ……家賃は1万円ということで
それじゃあ、敷金礼金ですが、敷金だけ1か月分くださいますか?」
「え、礼金はいいんですか?」
普通、引っ越しなどで新居に移るときには、敷金礼金はセットで払わないといけないものだ。
まあ、それが理由で引っ越しに踏み切れない人が多いのは、どの時代でも変わらないものだが。
それにしたって、家賃1万円ポッキリのみならず、そこまでしてくれるなんて。
「いいですよ、そもそも礼金は住まわせてくれる人への感謝の気持ちをお金にしているだけで、こちらから請求するものではないですし。
敷金は修繕費用に充てるために頂くだけですから。」
「はあ、そういうものなんですか。」
「ええ、私はそういうものだと思っています。」
言い切られてしまうと、こっちは何も言えなくなる。
……給料日が来たら、少し多めに大家さんに渡そう。
損害保険は入ることになった。
大家さんがいうには、
「損害保険は入ってくださいね。
もし地震とか、そういったことがあったときに、さすがに修繕にはお金が要りますから。
私もできる限りはそういった負担を減らしたいのですが……」
と、いうことらしい。
「それじゃあ……最後は、駐車場ですね。」
「あ、はい。1台しかなかったんでしたっけ……」
「ええ、まあ。使います?」
「え?いいんですか?
他の人とか、車使うんじゃ……?」
須藤さんは、ぷっ、と笑っている。ぷークスクス。
「いいに決まってるじゃないですか。
私が新しく車を買う予定もありませんし。
もう一人の住民はまだ未成年ですよ?」
由希のことか、確かにあれが青年だなんて思わないな。
「それで、駐車料金とかは、どのくらいで?」
「ええ、駐車料金とかは家賃に含んでいますから、別にいいですよ?」
「え、そこまでしてもらっていいんですか?」
「ここまでしているんですから、当然ですよ。
もちろんOKです。
それとも、払いたいですか?無駄なお金。
私、捨てちゃいますけど。」
「そんな、ダメですよ!
わかりました。お願いします!」
「はい。よろしい。」
からかうような笑顔で須藤さんは僕が慌てる様子をじっと眺めていた。
……
破格ともいえる住居を手に入れた僕は、由希の部屋で須藤さん主催の盛大な歓迎パーティーを受けることとなった。
盛大とはいっても3人だけだが。
和室に不釣り合いのダイニングテーブルの上には、大家さんや、由希が冷蔵庫に保存してあった、冷凍食品がずらりと並んでいた。
「では!冬海さんの入居を祝して!乾杯!」
「かんぱーい!」
「乾杯」
「とはいえ、大家さん、この節は、本当にありがとうございます。」
「何言っているんですか、当たり前のことをしただけですよ。
……あの子がここまでするなんて、思うわけないし……」
「そんな固いこと言わずに、それ飲んでください!ほらほら!」
「そ、それじゃあ。頂きます。」
なみなみと生ビールが注がれる。
僕はあんまりビールは飲まない……って昨日飲んだか。
おごられっぱなしな気もするが、今日は僕のために用意してくれたパーティーだ。
遠慮したらそれこそ失礼だもんな!
「うっ……」
「冬海さん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫……うっ」
「ああ、もう。全然ダメじゃん。あんなに飲んで。
あかねえもここで寝ちゃうし……」
ダイニングテーブルの上には、冷凍食品の代わりに、空けた瓶ビールがずらりと並んでいた。
ああ……大家さんの勧められるままに飲んでしまった。
呑んだことなんて殆ど無かったからな、限界量を知らずに泥酔状態になってしまった。
ちなみに大家さんは、完全に酔いつぶれてしまって、部屋の端の方で団子になっている。
「ううっ……部屋に戻るわ。」
「何言ってるの、まだ部屋の鍵も受け取ってないでしょう。」
このパーティーの後に受け取る予定だったからな、確かにまだ持ってない。
「オオ、ユキ……マスターキー……プリーズ……」
「今日それで、怒られたばっかりでしょう……
さすがにもう一度なんて出来ないよ。
隣に寝室があるから、今日はそこで寝なさい。」
それって、未成年の女性の寝室ってことですよね?!
しかも、由希と一緒に寝ることになりませんかそれ。
セクハラとか、いろんな方面でアウトな気がするんですがそれは……うっ
「いいから、そういうのないから!
私はあかねえの部屋で寝るから。
鍵も渡しとくから、はい。」
無造作に、この部屋の鍵であろう銀色の物体を受け取る。
「あ、いや。そこまでしてもらっちゃ……うっ。」
「じゃ、冬海さんが下で寝るの?
それこそダメでしょ。
今日はそれでいいから、早く寝なさい。」
「……わかりました、うっ。」
それから、胃の中の許容容量を超えた汚物が、トイレの中へぶち込まれるのにはそう時間はかからなかった。
……
「……あれ?ここは。」
辺りを見渡すと、かわいらしいキャラクターをかたどった絵や、最近大人気のキャラクター「くまのクーさん」の人形などが置かれてある。
ちょっと向こうのほうには、勉強机らしきものや、通学用のカバンなどが無造作に置かれてある。
「あ、ここ、由希の部屋か。」
そうだ、僕はあのパーティの後、酔ってしまって、トイレに駆け込んだ後、ここに寝かしてもらったんだった。
「っと、いま何時だろう……ん?」
時間を確認しようと、立ち上がって、勉強机の上にあった時計を確認する。
2時35分、なかなか変な時間に起きてしまったようだ。
こんな時間に起きてしまったので、二度寝でもしようと元居たベッドに戻る。
と、何か足に当たった。
「あれ?なんか落としたっけな?」
元の位置に戻そうと、拾い上げる。
握ってみると、つるつるした肌触りのあと、その奥に何か硬いものを感じる。
少し力を入れても、それは余計に硬くなるばかりで……
「って、俺の財布じゃねーか。
なんでこんなところにあるんだ?」
そういえば、財布なんて触った記憶がないな。
あれ?なんでだ。
由希の部屋にあるってことは、僕が潰れる前にここに置いたのか?
「あれ、俺財布ここ何日か触ってないような……」
そうだ、なんだかんだ言って、現金を使う機会なんてなかったからな。
最後に見たのは、あの時だ。
そう、海岸沿いで僕が無理に帰ろうとした時、由希が奪った、あの時だ。
そういえば、有耶無耶にされて返されてなかった気がする。
「はあ、奪ったまま遭わなかったらこのまま放置するつもりだったのかよ、全く……」
ここ何日か見てきて、ある程度由希が悪ふざけが過ぎて引っ込みがつけないタイプなのはわかっている。
どうせ、財布を奪ったはいいものの、返すタイミングを見失ってしまったとか、そういうところだろう。
まあ、仕方ない。本来はこういう行為は窃盗罪なのだが、結局こうして戻ってきたわけだし。
何より、僕に理想に近い、この隣の部屋を教えてもらったし。今回は不問にしてやろう。
由希のことだ、たぶん忘れているだろうしな、気まずそうにもしていなかったし。
このアパートは立地が良く、実は歩いて10分もすると、コンビニがある。
自動販売機なら歩いて5分といったところか。
とは言え、田舎に来てみて気づいたが、思っているよりコンビニなどが多いのだ。
普通に歩いていても、30分もすればどこかのコンビニには行き当たる。
ましてや、ここから30分も歩けば、ショッピングモールに着くのだ。
テレビ番組とかじゃ、田舎というとコンビニに行くのに車で行かないといけないとかそういう企画をたくさん見るからかもしれないが、本音を言うと、田舎を舐めていたのかもしれない。恐るべし、田舎。
そういうわけで、近くの自動販売機で飲み物でも買おうと、部屋を出ようとふすまを引いてみると、動かない。
「は?え、これ、押戸か?」
まさか、そんなわけはないはずだ。
部屋に入るときは確かに引き戸だった。
念のために、実際に押してみたり、引いてみたりしても、全く動かなかった。
「ああ、くそっ!」
と、怒っていても何も始まらない。
ましてや、ここは実家じゃないんだ。ここで騒ぐと下の大家さんや、周りの人たちの迷惑になりかねない。
まして、警察なんて通報されてしまった日には……想像するのも怖い。
なので、仕掛けがないのか調べてみることにする。
もしかしたら、ロックでもかけられているかもしれないしな。
いや、僕しかいないから、そんなことされてたらそれはそれで怖いけど。
と、いうわけで、何かが引かかっていると踏んだ僕は暗い中、携帯のライトを駆使して、扉の周りを探していた。
すると、丁度ふすまの上端に便箋らしきものが丁寧に張り付けられてあった。
「んっ、取れないな。」
はがそうと、近くにあった棒でつついてみるが、取れない。
よく見てみるとどうやら、その便箋は接着剤で留められているようだった。
「よし、これでっ。」
爪を使って、無理やり手紙を剥がした。
その便箋は紫色をしていて、どことなく不吉な雰囲気を漂わせている。
余計に気になって、手紙の宛先を読んでみると、ドラゴン様へ、と書いてある。
ドラゴン様?誰だよそいつ。
「中は……全く読めないや。」
中の手紙は、少なくともアルファベットやアラビア文字とかじゃない、謎の文字で書かれてあった。
強いて似ているなら、楔形文字みたいなものだろうか、全体的に刺々しい感じだ。
読み進めていっても、全く理解できない。
何とか理解しようと、単語らしきものを探してみるが、僕の知る限りの単語は出てこなかった。
あるのは、先端がやたら激しい矢印の塊だけだった。
ここまでわからないなら、また今度誰かに聞くほうがいい。
ここで無駄な時間を過ごすなら、僕の喉を潤すほうがマシだ。
その文字の解読を早々に諦めて、その謎の手紙をズボンのポケットに押し込む。
あ、そういえば、喉乾いていたんだった。
そう思ってしまうと、途端に喉が渇いてくる。
そういうわけで、謎の紫の手紙のことを忘れて、自分の喉を潤しに行くことにした。
この話はここで終わりです。
訳あってまったく別の話に組み込むことになりました。
また見つかることを期待しています。




