第15話 寛大な大家さん ~SUN~
「いやぁ、まさかこんな幸運に巡り合えるとは。」
「ちょうど、うちの大家さんも不動産屋に書類提出する!なんて言ってたから丁度良かったんじゃないんですか?……
あ、はい。ここです。冬海さん。」
歌原湾から歩いて15分と言った所だろうか、海岸線上を歩いて行ったので、海からはさほど離れておらず、しかし少し高めの山の麓にあるため景観も抜群。
職場の方向に歩いて行ったので、おそらく職場からも近い距離の位置に、由希の住んでいるアパートはあった。
「あれ?駄目でした?」
由希が不安そうに尋ねてくる。
「いやいや、本当にいい場所にあるなー、と思って。」
「なら、良かった……。」
ニカッ、と笑顔で答える由希。なんだこんなに素直だったっけ?
「あ、そうだ。多分大家さんまだ帰って来てないんで、部屋先に見ておきます?」
「え?何言ってんの?」
「いや、一応マスターキー結構分かりやすいところにあるんです。
大家さんもそれを承知みたいだけど……
あ、貴方には教えないからね!」
「それって、泥棒とかにもバレちゃうんじゃ……」
「あはは、大丈夫、大丈夫。そんなに分かりやすくはないから。
実際大家さんと私しか知らないし。」
さっき結構分かりやすいところにあるとか言ってなかったか……
このアパートザルいんじゃないか……
・・・
「ええっと、ここに……あった。」
「って、ここ大家さんの部屋じゃないか!」
「え?なんで分かったの?」
「いやいや、あそこの標識に大家って書いてあったからね!
流石にわかるよ!」
このアパート、二階建ての一階部分。
その端っこの部屋に普通にカギを持っていた由希が入っていって、カギを探していたのである。
侵入方法は至ってシンプル。窓からの潜入である。
どうも、この少女、窓が開いているの知っていたらしい。
「とうっ!」
なんてカッコいい効果音を自分で言いながら入っていった。
まあ、僕も普通に入っちゃた当たり何とも言えないんだが。
「あはは、流石にわかるか。」
「当たり前だろうに、君、僕の事バカとか思ってないか?」
「思ってない、思ってない。
さ、さあ、カギも見つかったことだし、さっさと行こう!」
「お、おい……話逸らすな!」
何でもない風な顔して平然と不法侵入しやがって、流石に気付かなかったわ。
まあ、大家さんの部屋にマスターキーあったら、泥棒どころか他の住民にすら奪われる心配ないはずだ。
もちろん、狐島由希、こいつを除いてだが。
・・・
「ここが空いている部屋になるよ。」
アパートの二階の向かって右側の端っこの部屋、そこが空いている部屋である様だ。
「ちなみに……ここが私の部屋だから。」
と、隣の部屋、二階の向かって左端の部屋を指して由希は言った。
「って、今部屋入ったら流石にまずいだろ。」
「いいのいいの。そんなの気にするような大家さんだったら、私の不法侵入の方が危ないでしょうに。
私に不法侵入されるの分かってて、窓なんて開けていたんだから。
って、もう貴方も不法侵入しちゃってるんだから、関係ないでしょ。」
「うっ……」
痛いところを突かれてしまった。
「ささっ、行くよ!」
と、押し切られ、マスターキーで開けられたその例の部屋に入った訳だが……
「おお……まともな部屋だぁ……ようやく巡り合えた……」
そこは、今までのトンデモ物件に比べたら、まさに神とでも形容できるような部屋であった。
まず、玄関に入って向かってすぐ右にお風呂場らしき部屋があったので、そこに飛び込む。
ほんと、お風呂大事。
「お風呂も……おお!ユニットバスじゃないか!
シャワーもちゃんと付いている!
ジャグジー……も付いていない!
自動風呂わかし機能が付いているだ……と……。」
「どう?すごいでしょ。」
にたにたと笑う由希。しかしこんなにいいお風呂、普通のお風呂に巡り合えるとは……
「なあ、別の所、見てもいいか。」
「ええ、勿論いいよ。」
と、お風呂場のすぐ先にトイレがあった。
「おお、トイレか。
おお、ちゃんと水洗式で、「おしり」機能があるだって!
いいねいいね!」
「ふっふーん、どうよ。」
由希が威張れることじゃないんだが……まあ、いいか。
今の僕はそんなことに突っ込んでいられない程、感激しているんだ!
……この、普通の部屋という楽園に
などと、興奮するがまま、この部屋をじっくりと15分ほど見学した僕は、
「この部屋、いいな。」
「でしょ!いい部屋でしょ!」
「ああ、なかなか普通でいい部屋だ。
まずちゃんとキッチンと水回りがあるのがいいよな。」
「うんうん。」
「さらに、ちゃんと布団を入れる箪笥まである。」
「うんうん。」
と、語らいをするくらいにはこの部屋が気に入っていた。
「この部屋がいい……この部屋に決めたっ!」
・・・
「ええっと、大家さんは?」
それからしばらく経ち、とりあえず部屋から出ることにした。
何せ、部屋に不法侵入したなんてバレたら、流石に入居を認めてもらえないからね。
「まだ帰ってないと思う……よ?」
「ちょっと、そのマスターキー、どういうことかしら?」
由希が言ったそばから、あのホテルの人が現れた。
「え、あ、いやあ。ちょっと、ね?」
「言い訳はいいから、早く来なさい!」
耳を引っ張られながら、外付けの少しさびた階段を引きずられていく由希を、僕は止めることが出来なかった。
「それで?どういうことかしら?」
と、詰問されている由希はしどろもどろになっている。
「え、あ、いや。」
僕は大きく開かれた玄関から、それを覗いている構図になっている。
どうやらあの時、僕は死角に入っていて見えなかったらしい。
それにしても、由希、対応があんまり慣れていないように思う。
口ぶりからして、慣れているような、大家さんも許しているような、そんな感じがしたんだけど。
「ねえ、なんでこんなことしたの?」
「うぅ……」
今度は唸ってしまった。
うーん。この状況絶対僕が悪いよね。
そうだよな。いくら慣れているように見えたからって、嘘をついていないとも限らないし。
それに、見た感じだと、狐島由希はまだ少女だ。
どんなことを思ってこんなことをしたのか、僕には分からないけど。
少なくとも僕のためにしてくれたのであって。
そして、僕の方が少なくとも見た目では、いささか大人であって。
ここは、僕が出て事情を説明して、謝らないと。
そう思ってから、僕の行動は早かった。
大きく開いた扉をノックし
すぐさま、ホテルの人、大家さんに事情を説明して、謝った。
・・・
「なるほど、つまり冬海さんが部屋を探していて、由希があの空いている部屋を案内した……
そういうわけですね。」
「まあ、はい。そう言うことになります。」
と、大家さんは振り向いて、しゅんとして何も言わない由希の方を見ると、
「さっき、冬海さんが言ったことは本当なの?」
「……はい。」
「そう……」
由希の表情は以前晴れないままだ。どうやら本当に怒られ慣れていない様である。
と、何か聞きたいことがあったのか、僕の方へとまた振り向くと、
「ちょっと、冬海さんは席を外してもらえるかしら。」
そう言って、僕を部屋から追い出した。
「あ、盗み聞きとかしないでください。お願いします。」
当たり前だ。僕がそんな事するわけないだろう!
耳を今さっき閉められたドアに付けていたのを離しながら、そう心に吹き込んでいた。
・・・
しばらくして、あんまり暇だったので指先で何か変な遊びをしていると、
「……入っていいですよ、冬海さん。」
と、大家さんの声がした。玄関の方を見ると、大家さんが神妙な面持ちでこっちの方に手を招いていた。
「は、はい。分かりました。」
無論、これを待っていた僕は、大家さんの部屋へと入っていくことになった。
「ええっと、それでですね……」
「は、はい。なんでしょうか。」
本音を言うと、僕はこのアパートに住むのは無理だろうと思っている。
ましてや、警察に突き出されなければいいや、それくらいに思っている。
なぜって?当たり前だろう。
突然、自分の知っている少女が30歳そこらの青年連れてきて、泥棒まがいの事をして大家さんの部屋に侵入、そしてそのままマスターキーを奪って、誰とも賃貸契約を結んでいない部屋に堂々と入っていたのだから。
ここは現実世界であって、アニメの世界ではないのだ。
普通にそんな状況考えたら、由希が脅迫されてやむを得ず部屋を解放しただとか、まあそんな感じの事が想像できるものだ。
当然そんな危ない奴、住まわせるわけない。
僕なら即刻、警察に送り届けるね。
でも、どうやらここでは事情があったのか、さっきの会話で何かあったのか。
「その……条件付きなら……いいですよ。」
「え、それってどういう。」
「由希から聞きました。貴方、この町に来たばっかりで、ビジネスホテルに住んでるって。」
「まあ、はい。そうです。」
「ええ、勿論私も知ってます。あの道を聞いてきた人が、まさかここにいるなんてね。」
「二人、知り合いだったの?」
「まあね、由希も知り合いだったなんてね。」
コホンと、大家さんが仕切りなおす。
「もし貴方が、何かしらの犯罪者……まあ、いまも、もうやっているんですが。
そうだとしたら、多分本当の事なんてここで言わないでしょう。」
「そう言っていただけると、嬉しい限りです……」
「それでも、由希が黙っているとき、謝りに来なかったら、流石に警察に突き出そうと思ってましたが。」
「気づいていたんですか?!」
「ええ、勿論。見えなくても、聞こえますよ。足音が。」
聞いたところによると、あの階段の音で、上に誰かいることに気づいたらしい。
部屋も、上には空いている部屋と、由希の部屋しかないので、当然不審者、つまり僕がいることになる。
「そこで貴方が行動したのは、間違いなく由希のためだったと思います。
やったことが悪いと認めた上で、何をしたのか説明して謝ったこと。
勿論、貴方が年齢的には大人だってことも分かっていますし、本来ならそれでも警察に突き出すべきなんでしょうが……」
大家さんは息をのみ、こちらをしっかりと見つめなおす。
「私の判断のもとで、あの部屋、貸してあげましょう。」
キッパリと言い放った。
僕が、その言葉に、「え、本当ですか」なんてことを聞くことが出来ないくらいに。
「ありがとう……ございます。」
犯罪まがいなことをして、でも許してくれるなんて……本当に寛大な人だ。そう思った。




