第11話 自己嫌悪 ~worker and laborer~
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2017/04/06 改行修正しました。
「・・・」
「・・・」
あれから、口数も減り、酔いも回らず、空虚な時間だけが過ぎ去っていく。
気まずい雰囲気になったのだが・・・
僕は佐藤さんにこれ以上の無理をさせたくないという思いから。
佐藤さんはおそらく僕への気遣いから。
それがお互いの心中ではないかと、僕は思っている。
お互いに意見を通さない訳にはいかなかったのである。
こういう時に僕が折れることが出来ないことは結果として現在の状態に表れているわけだが。
しばらくすると、佐藤さんはその気まずい雰囲気からか、
「すぅ・・・すぅ・・・」
首をこっくりこっくりさせてしまっていた。
待てよ・・・首をこっくりこっくり?
「もしかして、寝ている?」
自分の座っていた座席を立ち、佐藤さんに近づいてみる。
と、その時だった。
「おーい、春乃ー?ここでしょー?」
「おうわぁっ?!」
不覚にも驚いてしまった。
「ええっ?まだいたんですか?!」
と驚いていたのは、仕事が終わった後、着替えてきたのだろう。
上下ジャージ姿の銀橋さんの姿だった。
「って、春乃に何してるんですか!!」
そう、銀橋さんがお座敷に入ったとき、その光景は恐ろしいものだった。
即ち、入局して2日の新入社員が、自分がおそらく寝ているんじゃないかと予想して迎えに行った親友かつ同僚を今にも襲いそうな、そんな光景。
「え、あ、いや。そんなつもりじゃなくて。」
「そんなところにいて、何が違うんですかぁ?!」
僕の必死の弁解も功を奏するはずもなく、誤解が解けるまでそれなりに時間がかかってしまった・・・
・・・
「へえ、それで、誘ったのは春乃の方からなんですね。」
「ええ、まぁ・・・」
帰り、僕は銀橋さんの乗る軽自動車に一緒に乗せてもらい、佐藤さんは助手席に寝かしつけたまま座らせている。僕は後部座席の運転手側に座っている。どうやら交通事故にあったときに生き残りやすいからなどの文句で乗せられた。物騒な言い分である。
ちなみに佐藤さんの乗っている車は居酒屋にそのまま止めてあるし、僕の車はそもそも郵便局に止めてある・・・
「あ、僕、酒飲んでしまった・・・」
「大丈夫ですよ。一応送ってあげますから。」
バックミラー越しに銀橋さんの目線が見える。ちょっと怖い。
「あ、はいぃ、ありがとうございます。」
「それで話を戻しますが、今日の春乃、どこかおかしいとは思ってたんですけどね。」
「やっぱりそうなんですか。」
「やっぱりって・・・貴方知り合って一日しか経っていないのに、随分な言いぐさなんですね。」
目線が強く、声音がきつくなった気がする・・・危ない。
「あ、いや。すいません・・・」
「いや、こっちも強く出すぎましたね・・・」
僕が出しゃばりすぎた。
こういったことはあんまり口出ししないほうがいいって母親によく言われたものだった。
「で、です。確かに私も様子が可笑しいとは思ったんです。昨日、局長から君の教育係の指令が飛んだ辺りから。」
と、僕を非難するのか?なんて馬鹿な考えはすぐに消えた。
なぜなら、バックミラーに映るその目は、誰の事も非難していない。むしろ姉が妹の成長を見るときのような、温かいものだったからだ。
「その日、私に連絡が来て、春乃ったら、
「冬海さんがぁ、明日仕事に来た時ぃ、多分戸惑うと思うんですよぉ。でもぉ、私ぃ、こんな性格だしぃ、あんまり教えられないと思うんですよぉ。だからぁ、何か教えてあげてほしいんですよぉ。」
なんて私に言ってくるんです。まあ、私はそれなりにはやってあげましたが。」
「そうだったんですか・・・」
そんな、そこまで考えてくれるなんて、本当に感謝だ。
「もう貴方も気付いていると思いますが、この子、相当な引っ込み思案の持ち主なんです。
それはもう凄まじいほどの、なんで郵便業やってんだってくらいの。
人に挨拶も出来ないくらいの引っ込み思案で、最初はこの職場にも馴染めなくって。
研修は、それでもジョージさんが上手くやってくれて、業務がこなせるようになったのも最近。
あの居酒屋だって、何年も行ってようやくあそこまで店員さんと話せるようになったんです。」
佐藤さんが人見知りだとか、そのあたりの事はわかっていたつもりだった。あの独特な語尾が弱くなるような喋り方もその性格から来ているものだと。
でも、そこまでの引っ込み思案だったなんて知らなかった。知る由もない。だって、僕には1日目から話しかけてくれたから。
「でも、僕には最初から、話して下さいました。」
実際、それが僕にとってどれだけ救いになったか分からない。結構平気な振りをしていたが、正直最初から、つまり社員研修からひどい扱いを受けることだってままあったのだ。
やれ、フリーターだの、無職豚だの。
社会はそういった人を受けれてくれようとしているというが、現実はそう上手くいかない。
でも、佐藤さんは違った。この局の人は違った。
少なくとも、2日目でここまで好意的に接してくれた人なんて初めてだった。
嬉しかった。それはもうとてつもなく。
でも、同時に、申し訳なくもなってしまった。
「こんな自分に、ここまでさせてしまって。」
いや、違う。
「僕は、また、辞めてしまうかもしれないのに。」
そう、今までの職場だって、辞めずに済んだことだってあったんだ。
田辺さんが持ってくる職場が悪いって母親は言うけど、本当にすべてが悪かったわけじゃない。
ある時は、車がなく、もう通えないからと、1か月でバックレてしまったこともある。
やろうと思えば、出来たのに。
きっと僕はまた、ここを何か軽い理由で辞めてしまうんだ。
それこそ、佐藤さんを理由にして、辞めるかもしれない。
そう思って僕は、あの時に、
「無理をしないで」
なんてことを言ったのだ。
佐藤さんのためなんかじゃなく、自分自身の保身のために。
いや、もっと酷いものだ。
いつか使うかもしれない、言い訳のために。
「でも、僕は、佐藤さんに・・・無理をするな、なんて言ってしまって・・・」
僕は自己嫌悪に陥ってしまった。
「・・・」
銀橋さんはまるで僕の事を見定めるように黙っている。
バックミラーの視線は僕の方を向いているように感じた。
「おい、冬海くん、ちょっと、コーヒーでもおごってあげますよ。」
軽自動車を丘の上で止め、銀橋さんは車から降り、おおよそ暗闇の中を歩いて行った。
「え、ここでですか。」
「ええ、ここで、です。」
指を指す方には、誰もいない自動販売機がぽつんと立っている、小さな見晴らし台があった。
嘘だ・・・今日で佐藤さん編(自称)が終わる筈だったんだ。
明日には何とか佐藤さん編(自称)終わるように頑張らないと・・・