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プロローグ 出会い~the first read~

プロローグです。

2017/04/05 一部修正しました。

2017/04/06 改行修正しました。

「我々は、我々が知らぬということも知らぬ」 アルキメデス


 ここは、目まぐるしく変わっていくとある都会のある職業案内所、ハローワークの窓口。


「はぁ・・・」


 一人、ため息をつく青年がいた。


「どうしたんです?冬海さん。今日はやけに落ち込んでいますね。」


 一つの机を挟んだ向かいに、もはや顔なじみとなった求職案内人の田辺彰浩たなべあきひろがいつものように話を進める。

 今日もこうして求職しているというわけだ。


「ええ、まあ、今日も憂鬱な一日が始まるのかと思うとですね・・・」


 大げさに肩を竦めて言う。


「なに言ってるんですか?早く長く就ける就職先見つけて、親御さんにも孝行しないと、また辞めたのかい、と上司から怒られてばっかりの私の立場もあるんですから。」


 無能なんて言われるのも精神的に来るんですよ?と前はよく続けて言われたものだった。


「田辺さんは別に無能なんかじゃないですよ、ただ、僕が一つの仕事に長く就けないというだけで・・・」

「そういうんだったら、一回くらい長く続けてもらいたいものですがね・・・お、これなんてどうです?」


 白い紙を受け取る。どうやら求人があったみたいだ。どれどれと調べてみると、配達業、それも元官営のものであった。


「それにしても、これ好条件ですね。いいんですか僕なんかがもらってしまって。」


 元官営の会社であるだけに、給料は大卒初任給の二倍である30万円、更には完全週休2日制、果ては夢の有給まである始末だった。


「いいですよ、このハローワークに来る人だって少ないですし、それに・・・ここ。」


 指さされた所には、郵便局の住所が記されていた。

 しかし、その場所が・・・


「ここって・・・」

「ええ、その通り、ここは」


 そういって地図アプリを起動させ、立体図を起こす。

 そこは、おそらくほとんどの人が近寄らないであろう・・・

 海が近くにあった。


「歌原町・・・ですか。それにしても、結構な田舎ですね、ここ。」

「ええ、そうでしょう。実はここ、私の故郷なんですよ。」

「へえ・・・」

「それでですね、ここ、とりあえず入れておきますか?」


 あんなにいい条件をこんな半端者が貰えるなんて、嬉しい限りだ。


「ええ!もちろん!お願いします!」


 間髪入れずにその応募に申し込んだ。



・・・



 その後、田辺さんは所長室に呼び出された、無論、さっきの件である。


「どうして冬海さんをここに紹介したのかね、彼は何処に行っても続かないじゃないか。」


 困ったような口調で、所長は田辺さんを問い詰める。

 所長が田辺さんを呼び出して説教するのは、いつもの事だ。

 ここの職員の全員がそれを知っている。


「彼には、ゆっくりした世界のほうが合っていると思ったんですよ。」

「ほう?」

「ほら、彼、いつもこっちの都合で仕事押し付けてきましたけど、思ってみると碌に社員教育もしないようなところばかりだったじゃないですか。」

「む・・・」


 所長は黙り込んでしまう。こうなればこっちの勝ちである。

 いつもは所長の言いなりだったから、少し嬉しい。


「この世界のようなせっかちな感じが彼に合わないから、それならと思いましてね。」


 歌原町でなら冬海さんならうまくやっていけるだろう。

 そんな確信を抱きながら、田辺さんは所長室を後にした。



・・・



「と、言うわけで、郵便局に就職することになったから。」


 食卓を囲む向こう側の母親、亜希子は呆れ気味だった。


「信、今回も田辺さんの勧められたところじゃないのかい?」

「あ、まあ、そうだけど?」

「信、今まであの人が勧めた仕事で続いたことなかったでしょ。」

「確かにそうだけど」


 そうは言っても、続かないのは僕のせいなのだが。


「まあ、いいわ、今回の就職先、言ってみなさい。」


 呆れながらにちゃんと聞いてくれる当たり、有り難いのだ。


「ええっと、その件で一つ相談があるんだ。」

「相談ですって?」

「ああ、僕の今度の就職先がさ」


 そう切り出して、例の地図アプリを起こす。

 映し出されたのは、海辺の町である。


「海の近くの郵便局になって、ここからじゃ通えないからさ、ちょっとしばらく向こうで暮らすことになっちゃうんだけど。」


 母の顔が妖しくなるも、


「お金は・・・渡さないからね!あとは好きにしたらいいじゃない。」

「ありがとう、母さん。早速準備するよ。」

「こらこら、ちゃんと食事のあいさつは済ませなさいよ!」

「あ、ご、ごめん。ごちそうさまでした。それじゃ」


 許可を得た僕は急いで準備をするために自室に戻った。



・・・



 「さて、と。」


 僕が次の日に向かっていたのは例の郵便局のある街である、歌原町であった。

 理由は、郵便局へあいさつに向かうのと、田辺さんが勧めてくれた新居を確認するためであった。


「にしても、全然人がいねぇな、ここは。」


 辺りを見渡すと、人っ子一人見当たらないと言われれば嘘になるが、なるほど、ここが田舎か、そう思わしめるには十分なくらいの静けさがそこにはあった。

 ふと、後ろを振り返ると森があり、その森から吹くざわめきは、おおよそ自分の真ん前にある海の方向へ流れていきそして聞こえなくなっていく。

 そんな営みが目に見えるくらいには、静かな町であった。


 「しかし、ほんっとに何もない街だな。」

 

 15分ほど歩いたら、今度は海が目の前に広がり、澄んだ群青が視界を覆った。

 勿論それだけであった。

 何せ人がいないのだから。

 

 「綺麗だ。」


 目の前に広がったその海を見て、僕は素直にそう思ってしまった。

 人という人が居らず、海の蒼色と空の淡い青色が見事だと言わんばかりの水平線を作り上げている。

 海を見ると波の一つ一つがあたかも飛行機雲のように細く長く響きわたっている。

 そして、空を見上げれば雲の形をはっきり示し、空気がとても澄んでいることを教えてくれる。

 砂浜と海の境界線は常に移動し、その曖昧さが、水平線と対比され、いま見ているものが静画でないことをかろうじてわからせてくれる、それほどの静けさであった。


 「待ち合わせまで・・・あと30分くらいあるな。」


 郵便局へあいさつに向かうのは午後4時の予定だ。

 その時には歌原湾の停留所で迎えがあると、田辺さんから聞いている。


「ちょうどいいや、海、見ていくか。」


 集合場所の近くでもあり、見つけてもらいやすいだろう、というより、自分以外にいないだろうと算段づけて、僕は海を散策することにした。


 しばらく散策していると、一人の少女を見つけた。

 なぜ、"見つけた"なのか、それは彼女がその海に溶け込むように儚いように見えたからである。

 その少女は長い黒髪を風にたなびかせて、暖かそうな白いコートを羽織って、鳩達と遊んでいた。

 そう、鳩達と。


「ぷるっぽー、ぷるーっぽー」

「そこで何をしている?」


 特に理由はない、もしかするとこの孤独な海にさらされ少しセンシティブだったのかもしれない。

 そう声をかけた途端、


 バサバサッ・・・


 その少女の周りに群がっていた鳩たちは一目散に散り散りになった。


 それでも、鳩たちが散り散りになった後も


「ぷるっぽー」


 下手な鳩の鳴き真似をする彼女の背中からは心なしかその少女から残念だという表情が感じ取れた。

 しばらくして、ワンテンポ置いた間隔で、ごほんと仕切りなおすように咳払いをした後に、


「なんで話しかけたんですか、はた迷惑ですよ。」


 少女は非難の目線をこちらに向け、まるでとある事件の犯人を見つめる一般人のような声音でそう言った。

 やはり、彼女は鳩と戯れており、つまりは僕はいらぬ世話をかけてしまったこと。

 しかもその理由がこの海が僕を孤独な気分にさせてつい人恋しくなったからなどという中途半端に詩人っぽいことに何とも言えない恥ずかしさを覚えた。


「すいませんでした。では、僕はこれで。」

「ねえ、ちょっと、待ってよ。」



・・・



 なんともはた迷惑な話である。

 鳩に逃げられたから、僕が鳩の代わりに遊び相手になれと、そう要求されてしまった。

 自分が蒔いた種とはいえ、本音を言えば面倒くさい、やめたい、そう思ってしまうのは、自分が社会不適合者だからだろうか。


 しかしそうはいっても、面倒くさいものは面倒くさいのだ。僕は彼女から早くおさらばしようと、あれこれと思案していると、


「あなた、名前はなんていうの?」


 黙っている空気に耐えられなかったんだろうか、向こうから声を掛けられてしまった。

 名前を教えるというのは、確かに人と人との交流においてかなり大事なポジションを占めていると言える。

 だからこそ、ここで不機嫌な態度をとれば彼女のほうも察してくれるのではないだろうか、そんな期待を込めて、


「そういうものは、まず自分からではないか。」


 いかにも不機嫌そうに言ってはみた。しかし、流石は出会って間もない僕に遊び相手になってくれというだけはある、彼女には通じないようである。


「私?私は狐島由希こじまゆきよ。さあ、あなたは?このままだと鳩になるよ。」


 正に「ぷるっぽー」と鳴いているかのように答えてきた。


「僕は、冬海信ふゆうみあきだ。さあ、僕が悪かった、失礼します。」


 何とか立ち去ろうとする、が。


「ふっふーん、これでもいいの?」


 彼女の右手には、いつの間にか掏られた僕の茶色の財布が掴まれていた。


「いつの間に・・・」

「これが大事なんじゃろ~、私と遊んだら返してあげるけど?」


 彼女は挑戦的な笑みで挑発してくる。

 ここで、うまい切り返しの一つでもしてやれたら早い話なのだろうが、生憎そのようなコミュニケーション能力は持ち合わせていなかった。


「こらっ、返してくださいっ」


 とても凡庸な台詞を吐いてはみるが、彼女は、もちろんと言うべきなのだろうか、やはり


「ふふふ、取り返せるかしら。」


 と、不敵に笑い、財布をまるで野球のボールを扱うがごとく投げたり、縦や横に動かしたりして操っていた。

 僕も負けじと財布を取り返そうとするが、彼女の運動神経は思っていたよりも良かったようで、誰もいないこの砂浜を縦横無尽に駆け回り、時に取り返せそうになった時でも上手く躱され、何年も不完全社会人をやっていた僕は到底かなうはずもなく、スタミナだけが激しく消化されていった。


 そうして5分ほどたったころ、僕は息が上がってしまい、


「降参だ・・・はぁはぁ・・・」

「解かればよろしい。」


 彼女は一人の大人を説得した達成感からだろうか、満足げな表情を浮かべ、そのまま未だに息が上がったまま動けない僕の隣にちょこんと腰掛け、


「それでは、よろしくね。」


 しばらくの間、遊び相手になる事になった。



・・・



「へえ、それであなたは今日からここに住むんだ。」

「まあ、そうなるね。これから挨拶に回って、それで新居をみて・・・。しばらくは駅の近くのホテル暮らしだけどね。」

「いいなあ、ホテル暮らし。私もしたいよ。」

「そんないいもんじゃないよ。ホテル暮らしは不幸が付きものさ。」

「どういうこと?」

「例えばだな、大学受験の前の日にホテルに泊まったりするんだが、そういう日に自己管理を怠って、当日のコンディションが最悪になって・・・うぅ。」

「ど、どうしたの?!大丈夫?!」


 ああ、年下の女性に心配されてしまうなんて、これは一生の不覚だ。

 心配を掛けないようにできるだけ表情を隠して、


「あ、ああ、大丈夫だ。」


 とは言ってはみたものの、黒歴史を吐くのはこんなにもキツイことだったんだな。というどうでもいいことが分かってしまった。


「わ、話題を変えようか。ね、信さん。」


 おお、有り難い。彼女を神だと思ってもおかしくはないだろう。決して女神ではないが。

 その流れに乗っかることにした。


「ところでさ、信さんはどんな仕事に就くの?」


 不思議そうな顔で尋ねてくる。それもそうだ、職業を言ってなかった。


「ああ、郵便局に勤めることになっている。」


 特に気負う必要もないだろうと思って、普通に答えたが、


「へえ、あのお手紙渡したりする、あの郵便屋さん?」

「そうだ。その郵便屋さんだ。ほかにどんな郵便屋さんがあるんだ?」

「いろんな荷物運んでくれたり、風景を運んだりしない?」

「ああ、それか。」


 実は、郵便というものは、ある時代を境に「郵便民営化法」という法律が改正されて、多くの民間企業が郵便システムに参入することが出来るようになってしまったのだ。

 その結果、企業間内で価格競争が起こり、「郵便」のシステムも大きく変わっていったのだ。

 

 例えば、ホウトウ運送(郵)((郵)は郵便会社を指す。株式会社とは区別され、納税の義務が撤去されていたりもするのだ。)は「風景運送」と言って、顧客が選択した「風景」をそのまま郵送するというシステムらしいが、詳細なところはわかっていない。


「俺の勤める郵便局は、昔官営でやっていたほうのものだ。」

「カンエイ?」

「そう、官営、国が直轄で運営していたんだ。」


 ここ数年で、「官営」と名の付くものは、多数の「民営化法」でほとんど消滅してしまったのだ。

 そのような「民営化の嵐」と呼ばれた政治の背景には深刻な経済停滞と、高齢化が原因している。

 そして、その「民営化の嵐」の結果、この国の資本主義は順調な回復を見せている。

 しかし一方として、この歌原町の様な過疎地域は、昔に比べて更に過疎化が進み、教育機関すらままならない状況だと、最近の2チャンネルで聞いた。


「へえ、国ってなんかすごいね」


 よくわかっていないんだろう、そんな顔をしているが、それならば、と


「どうだ!すごいだろう!」


 胸を張って答えた。そのすぐ直後に後悔をする事とも知らずに。


「でも、信さんみたいなニートを雇うようじゃだめだね、やっぱり」


 ほら来た。うわあああ。




 そうこうして話していると、4時になっていた。


「ああ、もう4時だ、行かないと。じゃあね。」

「うん、バイバイ信さん、またあとで。」


 彼女が笑顔で手を振ってくれた。手を振り返してもといた集合場所へ戻る。


「ふふふ、信さんやっぱり駄目だね。財布大事でしょ。」


 にやにや笑った彼女のポケットに財布が入っていたことに気づかないまま。



・・・



「はあはあ、すいません、待ちました?」


 少し遅刻したことになる僕、とりあえず謝るのは社会人として当たり前だ。

 すると、担当者であろう若い女性は少しあわあわした様子で、


「いえいえ、そんなことないですよぉ。私も今来たところですしぃ。」


 語尾が少し弱いようである。特に気にならないな。

 それより、これからの行動について確認を取らないといけないだろう。


「それで、僕たちはこれからどうしたらいいのでしょうか。」

「ええっと、そうですねぇ、」


 そういって彼女はノートをペラペラ、ペラペラぺラ、とめくっては返し、めくっては返し、果てには泣いてしまって、


「うわあああん、どうしたらいいんでしょうぅ。」


 ううん、この人はダメな人だ。僕でもわかってしまうくらいに。

 とりあえず、僕がカバーしなければ。


「ええっと、とりあえず自己紹介でもしましょうか。」

「そそ、そうですねぇ、わ、わ、私は、佐藤春乃さとうはるのと申しますぅ。歳は27歳でぇ、今は郵便局に勤めていますぅ。ええっと、ええと、スリーサイズは上から・・・」

「や、止めてください!そそそんなスリーサイズだなんて!」


 途端、佐藤さんの胸が跳ねる。むむむ、よく見ると良いプロポーション・・・馬鹿か俺は。


「あひゃ、す、すいませんですぅ。で、ではあなたからもお願いしますですぅ。」

「あ、は、はい。ええっと、僕は冬海信と言います。歳は28歳です。今日から郵便局に勤めます。ええっと、僕は今までニートで・・・」

「や、止めてくださいぃ!そそそんな黒歴史なんてぇ!」


 途端、僕の記憶がフラッシュバックする、そうだ、これは何年も働けず家族に向けられた目・・・今思い出しても恐ろしいものである。うわあああああ!!!!


「うわあああああああ!!!」

「ひっ!!!」


 どうやらその悲鳴が漏れていたようだ、本当に恥ずかしい限りだ。


「す、すいません。ちょっとばかし昔を思い出していたんです。」

「あ、は、はいぃ。別にいいですよぉ、言わなくてもぉ」


 そんな、別に言うつもりなんて鼻からないのだが。


「今、冬海さん、死にそうな顔になっていますよぉ、怖いですぅ。」


 鏡をスッと渡されて見た自分の顔は、それこそ、その顔で驚いてしまったほど、死人の顔になっていた。

 ・・・ゾンビじゃん、これ。



「ゴホン。では気を取り直してぇ、どうするんでしょうぅ?」


 佐藤さんは気合を入れなおしたが、ん。何を目的に来たのか忘れてしまったのだろうか。


「新居を案内してくれるんですよね。さ、早くいきましょう。」


 そうそう、新居の案内に来たというのに忘れてしまうとは、この人はドジなのかもしれない。


「え、えぇ、メ、メモにはそんな新居なんてぇ書いてないですよぉ。」


 慌てた様子で、例のメモ帳をペラペラ、ペラペラぺラ、とする。


「あ、信さん、嘘つきましたねぇ、私はこれから郵便局に連れて行って挨拶に向かうんですよぉ。」


 てへぺろ★、ドジなのは僕でした★。と、顔面を使って表現してみる。

 

「てへぺろ☆そうでしたね☆やだなあもう。」


 佐藤さんがまじまじとこちらの様子をうかがってくる。さっきの事があったからなあ。おそらく注意人物扱いになっているのかもしれない。

 それはいささか精神的に辛いものがある。だったら何でしたんだ、僕は。


「す、すいません。わざとしました。さ、早くいきましょう。」


 ここでは謝るのが吉、そして空かさず話題を転換することで、僕の悪いイメージをうやむやにする作戦、うむ、うまくいっているようだ。成功!


「ど、どうされたのですかぁ、何かあるならいってくださいねぇ。」


 うわああああ。失敗していたぁぁぁぁぁ。


「い、いえ、何でもないです。すいませんでした、心配かけて。」

「いいえ、いいんですよぉ。さあ、のりましょうぅ。」


 佐藤さんに案内されて、僕は軽自動車の助手席に座った。


「では、行きますねぇ。」



・・・



 エンジンが入る。ボォン、ボォン。

 エンジン音が少年だったころ、カーレースゲームをしていたころあった、車への情熱を再び燃やし、鼓動が早くなる。

 ああ、心臓に響くぅ!


「え?エンジン音・・・これ本当に軽自動車ですか?」


 と、よく見ると、この音はこの軽自動車からではなく、偶然隣にいたバイクから発せられたエンジン音だった。

 バイクに乗っていた人は、この軽自動車を見つけて、ここに一時停止しているらしい。


 バイクに乗っていた人がヘルメットを外す。

 中からはいかにも少年がそのまま大人になったような、屈託ない笑顔を浮かべる50代くらいのおじさんが出てきた。


「よぉ、春乃さん。今日も元気そうじゃねーか!」


 声は威勢の良い、八百屋の大将のようなものであった。ガキ大将とかしていそうだ。


「お、おはようございますですぅ。」

「おいおい、今はもう夕方の4時だぞ、おはようございますはねぇだろ。」

「そ、そ、そうですねぇ・・・」


 と、ふと、おじさんがこちらを向いてくる。少しばかり驚いた顔をして、


「なに、春乃さん、彼氏いるんならそう言えばいいのに、お邪魔だったかな。」


 僕の事を彼氏か何かだど勘違いしているらしい、ここは違うとはっきり言っておくべきであろうとするが、そうか、ここで僕が言ったところで、たいして意味は持たないし、むしろ逆効果だろうな。

 一方、佐藤さんは、


「ち、ち、違いますぅ・・・」


 と、小さな声で否定していたものの、その前におじさんが去ってしまったので、何も言えないままなのであった。


「うぅ、違うのにぃ。」


 そんなに否定されても、少し辛いものがあるが。まあ、仕方はない。

 出会って数分で奇行を2度もしている男なのだ。当たり前と言えば、当たり前だと言える。


「ところでなんですが、あの人は誰なんでしょうか。」

「ええっと、あの人はですねぇ。私たちの郵便局の局長ですぅ。」

「え?あの人が?」


 どう見ても八百屋の大将だが・・・いや、それは偏見か。


「はいぃ、またあとで挨拶すると思うのでぇ、その時に改めてあいさつしますねぇ。」


 いやいや、まじか。新入社員を見間違える局長がいたなんて、全く・・・。

 のんびりしているんだな、そう素直に思ってしまった。


 エンジンが掛かり、ゆっくりと車体が前に進む。

 ふと、窓を眺めると、そこには綺麗な水色の下地に、白い綿あめにも似た巻雲がゆっくりと高層風に吹かれて動いている。

 そこから視点を下せば、そこにはさっき居た海辺がある。その境界線はあいまいで、でもそれが気持ちいい。

 海の上には、ポツン、ポツンと島が浮くようにあって、その島一つ一つには豊かな森があり、その一つ一つにはおそらく小さな生命が生きるために必死になっているのだろう。

 そこから視線を遠くにやると、そこには水平線が延々と続いていて、その先はみることが出来ない「境界線」なのだろう。


「田舎ですねぇ。」


 つい声が漏れてしまう。そんなつもりはなかったのだが。


「ええ、ようこそ、歌原町へ。」


 佐藤さんは消え入りそうな、優しい声で、僕をひっそりと歓迎してくれた。


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