第83話 デートは服装から
セイヤたちの姿は、現在、ダクリア二区で最も高級なホテルの、最上階であるスイートルームにあった。スイートルームは八階にあり、眺めも素晴らしい。
ホテルの八階には、スイートルームが全部で四つあったが、セイヤたちはそのうちに二つをとっている。部屋割りは当然、セイヤたち三人と、生徒会三人だ。
「よし、全員揃ったな」
セイヤは部屋に全員が揃ったことを確認すると、制服の内ポケットに手を入れて、あるものを取り出し、全員に渡した。
「これは?」
セレナが不思議そうに渡されたものを見る。それはこの場にいるセイヤ以外の全員が同じだった。そんな五人に対してセイヤは説明する。
「それはICゲータミニだ。俺の持っているICゲータと違い、制限はあるが、仮想グレラを使える。一人3万グレラ入れといたから、何かあった際には使ってくれ。と言っても、できれば宿からは出ないように頼む」
セイヤの説明に、一同がICゲータミニを見る。セイヤの持っているICゲータは言ってしまえば、チャージ型のお財布である。
ものを売ったり、ものを買ったりする際にICゲータにチャージされている仮想グレラが変動し、物の取引が可能になる。青年によるとダクリア二区内と、一部の他区がこのICゲータに対応しているらしい。
一方、ユアたちが渡されたICゲータミニは、機能的にはICゲータと変わらないが、チャージできる仮想グレラに違いがあった。普通のICゲータはチャージできる限度額が存在しないのだが、ICゲータミニには種類によってに限度額が設定されている。
例えば、今回ユアたちに渡されたICゲータミニの限度額は5万グレラ。そしてチャージされている額が3万グレラ。つまりユアたちが頑張れば、5万グレラまで増やすこともできる。他にも、限度額が1万グレラの子供用から、100万グレラまでのものまで存在する。
通常はセイヤの持っているICゲータは全財産を入れているため、貸金庫などに入れて置き、必要な時にICゲータミニをチャージする、いわば銀行のようなものなのだ。
そのため、街中で普通のICゲータを持っている人は、他所から来たものか、よほど自分の力に自信のある物ぐらいしかいなかった。
「あと、それはさっきみたいに物を売れば仮想グレラを増やすことができる。と言っても限度額が5万グレラまでしかないから、超えるときは新しいICゲータミニを発行してもらえ。一つ2000グレラだそうだ」
セイヤの説明に沈黙する一同。どうやら仮想グレラの仕組みなどを理解できていないため、セイヤの言っていることを理解するのは難しいようだ。
なので、一同は絶対に外へ出るときはセイヤと一緒に出て、それ以外は何があっても部屋に籠っておこうと決心するのであった。
「ところでセイヤ……これからどうするの……?」
「そうよ、ここまで来たけど、お母さんがどこにいるのかわからないじゃん?」
ユアとセレナの質問はもっともだ。
セイヤたちの目的はモカ=フェニックスの救出であって、観光ではない。しかし救出しようにも、モカがどこにいるのかわからないのでは意味がない。けれども、モカの居場所を知るような手段など、セイヤたちにはなかった。
「それに関しては街での聞き込みしかないだろうな」
「聞き込み!?」
「そんなことをして大丈夫なのでしょうか?」
「早くしないと危険かも」
セイヤの何とも呑気な答えに驚く生徒会メンバー。
確かにセイヤたちには聞き込みぐらいしか手段がないが、そうすると、場合によっては長時間かかり、最悪の場合、救出しに来たことが犯人側に知られてしまうかもしれない。
それに、早くモカを救出しないと、何をされてしまうかわかったものではない。そんな焦りが生徒会メンバーに広がっていた。
「おそらくだが、すぐに殺されることはないだろう。もし仮に犯人側の目的がモカ暗殺なら、わざわざこんなところまで連れてこないでレイリア内で殺しているはずだ。
となると、犯人の目的は鳥女の言ったように『フェニックスの焔』になる。けれども犯人はおそらく『フェニックスの焔』のことを詳しく知らないはずだ。もし詳しく知っていたらこのタイミングで攫うこともないだろう。
よって、犯人は『フェニックスの焔』のことを大雑把に知っていて、手に入れようとしたってことだ」
「でもおそらくでしょ?」
少し不安そうな声できくセレナ。無理もない。なにせ自分の母親が攫われて、そのうえ殺される、殺されないという話になっているのだ。
「安心しろ。あと最低でも一週間は無事だ」
「なぜそんなころが言えるの?」
「それは今回の犯人が大きな組織だからさ。犯人はこんな大掛かりな犯行を起こしている。そんなのたくさんの準備とたくさんのリスクが伴う。その辺の盗賊なんかにできるわけもない。
レイリアでいうなら特級魔法師一族か教会レベル以上は必要だ。そんな組織がやっとの思いで確保した対象を、やすやす殺すようなことをするわけはない。最初の一週間は体調面に細心の注意を施すだろうな」
「なら、お母さんは一週間は無事と?」
「ああ。だが逆に言えば一週間を過ぎたら危ないという事だ」
「そんな……」
絶望の表情を浮かべるセレナ。自分たちがレイリア王国を出発してから二日が終わろうとしている。魔装馬を使っても追いつけなかったという事から、犯人はすでにこの地にたどり着いているのか、はたまた他の場所にいるのかもしれない。
もしこの地にいたとしても、モカの生存を安心できるのは、あと六日だ。不安を通り越して絶望に飲まれるセレナ。そんな彼女を見てモーナとアイシィは手を握った。
「まあ、そのために今から情報収集に行ってくるから安心しろ」
「今から……?」
ユアが言いたいのは、こんな時間に出ても大丈夫なのかという事だ。時刻は午後八時に近い。部屋から見える街には、すでに太陽の姿はなく、建物の光が照らしていた。
そんな街にセイヤが一人で行くと言い出したのだ。不安になるのも無理はない。
「ああ、この時間なら酒を飲み始める奴らもいる。その中に酔った勢いで教えてくれる奴がいたらいいと思ってな」
「なら私も行く……」
セイヤを一人で危険な街に出すわけにはいかないと、ユアが名乗りを上げる。そうするとリリィも! と絶対リリィが言い出すので、セイヤはすぐに反対した。
「だめだ」
「どうして?」
「ここはダクリアだ。光属性を使うユアが何かの拍子に光属性を使ってしまったら騒ぎになることは必須だ」
「なら火属性と風属性だけで戦う……」
ユアの言葉に、セイヤは首を横に振る。
「それこそだめだ。いつも光属性を使っているのに慣れない属性を使って危ない目に合わせるわけにはいかない。今回は俺一人で行く。リリィもダメだぞ。見た目が子供だから、もしかしたら店に入れてもらえないかもしれない」
「む~」
セイヤに先を越されて、むくれるリリィ。一方、ユアは理解していたが、納得はできていない様子だった。
そんな三人を見てセレナは思う。この方法は時間がかかるかもしれない。一刻も早くモカを救出したいのだが、情報がないのでは何もできないのは確か。
しかしだからと言って、セレナは何もせず素直に待っていられるかと言われたら、答えはノーだ。
「なら私がついていくわ。私なら光属性じゃないから大丈夫だし、リリィちゃんよりも見た目は大人。それに私のために動いてくれるのに私が何もしないのは認められない」
「あのな、別に俺はお前のためじゃなくてナーリのために」
「わかってる。でも妹のために動いているのに、姉が何もしないのも認められない。だからお願い、ロリコン。私も情報収集に連れていって」
真剣なまなざしでセイヤのことを見るセレナ。そんなセレナの視線を見たセイヤはため息をつきながら言った。
「勝手にしろ」
「ありがと」
同行を許されたセレナは少し嬉しそうだ。しかしセイヤの隣で不満そうな目をしているユアがいたが、セイヤは気づくことはなかった。
「それじゃ、行ってくる。戻るのは遅くても四時間後には帰ってくる。今日中に帰ってこなかったら、一応は警戒しておいてくれ。もしもの時はリリィ、頼んだぞ」
セイヤはそう言い残し、部屋を出る。その後ろにはセレナが着いて行った。
「ねえ、まずはどこに向かうの?」
「まずはこの宿の三階にある服屋だ」
セレナに目的地を聞かれたセイヤはそう答えた。
この宿には宿泊用の部屋以外にもさまざまな施設が入っており、服屋などもあった。しかしセレナにはなぜ服屋に行くのか理解できず戸惑っている模様だ。
そんなセレナのことを見ながら、セイヤは三階へと向かう。移動にはセイヤたちが初めて見たエレベーターを使う。
「それにしてもこのエレベーターって凄いわね」
「これが作れるほど、この国の技術力は高いという事だ」
「そうね」
二人はエレベーターでそのような会話をしながら服屋へと入った。服屋の中はとても広く、子供用から大人用まで数々の種類の服があり、セレナは目を輝かしている。
「いらっしゃいませー」
店員であろう少女が、セイヤたちの方へとくる。年はセイヤたちよりも少し上であろうが、それでも若いと感じる。
セイヤはその店員に、この後行くところを伝えて、そこの場所にあった服を頼む。
店員の少女は、一瞬だけセイヤとセレナのことを見て、ニヤニヤしながら服を探しに行った。
数分後、服の準備ができたので試着室で試してみるようにと言われ、セイヤたちはそれぞれ試着室の中へと入った。
セイヤが試着室の中に入ると、壁にはタキシードのようなものが立て掛けてあり、セイヤは来ていた十三使徒の部下用の制服を脱ぎ、そのタキシードを着る。
「お似合いですね」
タキシードに着替えたセイヤが試着室から出ると、先ほどの店員が、褒めて来た。セイヤはあまり似合っていないと思っていたのだが、店員に褒められ、少しうれしがる。
「これから彼女さんと夜のバーに、ですか?」
店員の少女はセイヤにそう聞いた。セイヤとしては、違うと答えないと、後々セレナに怒られそうな気もしたのが、この時間帯に恋人ではない人とバーに行くと言うのもあれなので、肯定する。
「まあ、そんなところだ」
「そうですか。今晩はお楽しみなのですね?」
店員の少女はニヤニヤしながら、そんなことを聞いてくる。セイヤとしてはこの店員は客にそんなことを言って大丈夫なのか、と疑問に思ったが、言葉にする前にセレナの試着室が開いた。
シャァーーーー
そんな音とともに中から出てきたセレナ。
いつものツインテール姿ではなく髪を下ろし、赤いロングスカートのドレスを着て、黒いドレス用のロンググローブを肘の上までつけている。
カツカツとヒールの音を立て、セイヤの方へと寄ってくる。
「まあ、綺麗ですよ。これで今日の夜も彼氏さんはメロメロですね」
「えっ、かっかっ、彼氏?」
店員の少女の言葉に動揺するセレナ。いきなりセイヤを彼氏扱いされたことに驚いているようだ。セイヤはセレナが変なことを言わないうちに行動に出る。
「きれいだよ、セレナ」
「んっ、んっっっっ???????????????」
いきなりセイヤに名前を言われたことだけで驚きなのに、きれいと言われ言葉が出なくなってしまうセレナ。その顔はただ、ただ、真っ赤だった。
店員の少女が、あらあらと言ったまなざしでセイヤたちを見ている。セイヤは一刻も早くこの場から立ち去りたいと思い、会計を済まそうとする。
「それで、いくらだ?」
「これでいいのですか? ほかにもいろいろありますよ?」
「構わない」
「わかりました。合計で12000グレラですが、いいものを見せてもらったので、1万グレラでいいですよ」
「そうか、悪いな」
セイヤはそういいながらICゲータで代金を払い、セレナを連れて、店から出る。
その際、店員の少女がニコニコしながら「今夜はごゆっくり~」などと言っていたが、セイヤはそれを無視した。セレナはというと、その言葉でさらに赤面している。
ちなみにセイヤたちの来ていた制服は、店員に頼んで、最上階のスイートルームに運んでおいて貰うことにして、セイヤはそのことをリリィに念話で伝えた。
こうして、セイヤたち二人は夜の街に繰り出すのであった。




