第80話 魔獣にもプライドがある
魔力を扱う魔獣に対して、生徒会は当たり前だが、リリィも驚いている。魔獣の中には魔法への耐性があるものがいるという事だけでも驚きなのに、まさか魔法を使うものまでいるとは、考えることさえできなかった。
セイヤが魔獣の使う魔法が火属性だと予想できたのは、セレナとアイシィの攻撃のおかげだ。アイシィが行使した『氷雪』は分子の動きを最大限沈静化させて、熱を奪い、凍らせる魔法だ。
魔獣はその魔法を、氷を踏みつけて割るのではなく、何事もなかったかのように消し去った。この時点でわかることは、魔獣が闇属性を使って消滅させたか、火属性によって分子の動きを活発にさせて溶かしたかである。
次にセレナの『火杭』だが、魔獣の足に確かに刺さっていた。
だが、その『火杭』までもが跡形もなく消えていた。『火杭』は氷のように解かすことはできないため、消し去るには闇属性が必要になる。
しかし、もし仮に魔獣が闇属性を使えるとしたら、なぜ魔法が発動される前に消滅させなかったのか疑問が残る。
セイヤはそこである仮説を立てた。それは目の前の魔獣は火属性の魔法を使うと同時に、自分と同じ属性である火属性の魔法を吸収できるのではないかと。
もしそうだとしたなら、セレナの『火杭』が跡形もなく消し去り、かつ『火杭』の傷が残っていないのも理解ができる。セイヤはそこで魔獣に傷をつけて観察したが、案の定、セイヤの予想通り、魔獣は火属性の活性化で傷口に再生を施した。
「消すのは簡単だが、そろそろ後のことも考えなきゃいけない」
ぶつぶつと何かを言っているセイヤ。後のことが何のことかユアにはわからなかったが、自分はセイヤを信じるだけだと後ろの方へ引いていく。
グルルルルルルゥゥゥゥゥ
低くうなりながらセイヤのことを睨む魔獣は、先ほどよりもより濃密な殺気をセイヤに向けて放つ。
その殺気を向けられてはいないにも関わらず、セレナたちは息苦しさを感じていた。いったいセイヤにはどれほどのプレッシャーがかかっているのか、と思うセレナたち。
しかしセイヤは全然プレシャーを感じている様子もなかった。
セイヤはニヤリと笑みを浮かべる。
その笑みを見た瞬間、魔獣はなぜか自分が手を出してはいけない者に手を出してしまったのではないか、と感じた。
グルルルと唸ってはいるが、先ほどまでの殺気はどこへ行ってしまったのかと思うくらい、殺気が消えていた。それはセレナたちも感じており、いつの間にか先ほどまでの息苦しさはなくなっていた。
「やっぱりな」
セイヤはこのときあることを確認していた。それは決して説明できるものではなく、直感的に感じていたのだが、間違いないと確信する。
ライオンに似た魔獣は、目の前のセイヤが発する殺気に飲み込まれたことを理解はしていなかったが、このままだと自分は確実に目の前の人間によって殺されると直感で感じていた。
だが、魔獣にもプライドというものがある。それは自分がここら一帯の魔獣の中で、王に君臨しているというプライドだ。そのプライドがある限り、魔獣がセイヤから逃げることはなかった。たとえそれで殺されようとも。
グルァァァァァァ
魔獣が大きな咆哮を上げると、変化が訪れた。魔獣の鬣がメラメラと燃え始め、尻尾の先には火が宿り、いかにも百獣の王といった感じだ。
それは見た目だけではなく、先ほどまでにはなかった、百獣の王としての威圧感というものまである。
そして魔獣は先手必勝と言わんばかりに、地面を蹴ってセイヤに襲い掛かる。セイヤは魔獣の攻撃を避けながら、ホリンズで攻撃をするが、魔獣の切り傷はすぐに再生してしまう。
魔獣は傷口が再生することをわかっているからこそ、セイヤに捨て身の攻撃を仕掛けていたのだ。
魔獣が爪でひっかこうとするが、セイヤはその攻撃を避け、魔獣の頬に切り傷を刻む。魔獣は一瞬だけ動きが鈍くなるが、すぐに頬の傷は再生して、再びセイヤに襲い掛かる。
セイヤは魔獣の攻撃を避けながら、隙を伺うが、なかなか見つからない。
そんなとき、魔獣の攻撃パターンが変わった。今までひっかきや噛みつきなどだったが、そこにブレスを混ぜてきたのだ。
セイヤがひっかきを避けたと思ったら、魔獣は口から炎のブレスをセイヤに撃ち出す。
セイヤは魔獣のブレスをホリンズで斬りながら回避し、魔獣に向かってホリンズを投擲する。しかし、投擲されたホリンズは魔獣の左前脚にかすり、傷を負わせる程度しかできなかった。
魔獣の足の傷は活性化によって再生されていき、あっという間に治る。この時、魔獣はまだ気づいてはいなかった。自分の傷の再生する速さが、先ほどよりも遅くなっていることに。
セイヤは投擲した分のホリンズをすぐに生成して、手に収める。
魔獣の方はセイヤに向かって新たな攻撃を繰り出す。それは先ほどのブレスとは違い、まるで火炎放射器で攻撃しているかのような威力のブレス。
その攻撃に対し、セイヤは『光壁』を二枚展開して防御する。互いに拮抗しあう攻撃と防御。しかし、次の瞬間、セイヤの展開していた二枚の『光壁』が砕け散り、炎のブレスがセイヤのことを襲った。
「セイヤ……」
心配になって婚約者の名前を呼ぶユア。しかし、ここで自分が助けに行ってどうにかなるのか、という心配がユアの心を抑えつけ、行動に移すのを躊躇わせる。
そんな状態のユアに対し、ユアの後方から一人の少女の声がした。
「しっかりしなさいロリコン。『アトゥートス』」
セイヤのことを叱咤しながら魔法を行使したのはセレナだ。セレナはセイヤの防御魔法が破られるという事をいちはやく察して、自分の中で最強の攻撃魔法を発動するために、詠唱を始めていた。
二丁の魔装銃から放たれた赤いレーザーが、撃ち出された直後、一気に枝分かれして、ジグザグに広がり始める。
そして枝分れしながら広がっていくレーザーは、急に屈折して、そのすべてが魔獣へと直進していく。その数はざっと二万。二万ものレーザーが魔獣に向かって一気に、しかも枝分かれしながら降り注ぐ。
魔獣は赤いレーザーに気づくと、すぐに回避するために後方に飛んだ。しかし赤いレーザーは地面に衝突する直前、再び屈折し、魔獣へと迫っていく。
魔獣はこの攻撃が追尾型だと瞬間的に悟り、新しい魔法を発動した。
グルルルル
魔獣が唸った直後、魔獣の周りにはたくさんの魔法陣が展開され、あるものたちが姿を現す。
それは大きさこそ小さいが、全身が火でできた魔獣の分身であった。魔獣の分身の数は三十しかないが、アトゥートスの標的を分散するには十分だった。
いまだに枝分かれしながら魔獣に迫っていた赤いレーザーが突如として現れた魔獣の分身たちへと着弾していき、次々と消えていってしまう。
そして魔獣本体へと迫るレーザーは百本ほどしか残っていなかった。魔獣の本体は自分に迫ってくるレーザーに対して大きなブレスを放って消し去る。
「そんな……」
魔獣にさえ、自分の最強の攻撃魔法が打ち破られたことにセレナはショックを受ける。セレナがアトゥートスを使ったのはこれで二度目だが、その二度とも破れている。
さらに言えば、セイヤに破られる前、一度だけ使おうとしたことがあったのだが、その際も使う前にセレナが倒されてしまって発動ができなかった。
そのことに自信を失い始めるが、今そんなことを考えている暇がないため、セレナは切り替える。
セイヤがやられ、『アトゥートス』が破られた以上、ここにいる全員で協力して倒す必要があると思ったセレナ。
しかしセレナの決意は無駄に終わってしまう。なぜなら、セレナの目の前で、急に意識を失ったかのように魔獣が倒れこんでしまったから。
「えっ?」
動揺するセレナ。それはユアたちも同じであった。
「助かったぞ、鳥女」
セレナは声のする方を見ると、そこには攻撃を受けたにもかかわらず無傷でいるセイヤの姿があった。
「どういうこと? 大丈夫なの?」
「傷なら大丈夫だ。あとあの魔獣ももう動けない」
「何をしたの?」
「なにって普通に戦っただけだぞ。ただあいつが魔力切れを起こしただけさ」
セイヤの言う通り、魔獣は魔力切れを起こしたのだ。しかし、いくら魔獣といえどもそう簡単に自分の魔力が動けないほどになるまで気づかないわけはない。
普通に戦っていても、自分の魔力量はどのようになるのか感覚で理解できる。しかし、魔獣はそれができなかった。それにはもちろんタネがある。
実はセイヤ、魔獣を斬る際、ホリンズに水属性の魔力を纏わせて、魔獣の体内に流し込んでいたのだ。
体内に流し込まれた水属性の魔力は、体内で沈静化の効果を発動し、魔力を沈静化させていた。そのため、魔獣がいつも通り活性化で傷を治そうとしても、沈静化された魔力では、活性化率が低く、普段よりも多くの魔力を使う羽目になたのだ。
それにより、魔力消費量が感覚よりも実際には多くなってしまい、魔力欠乏を起こしてしまった。
しかし、セイヤの作戦ではもう少し時間がかかるはずだった。セイヤはあえて攻撃を受けることで、相手が有利だと感じさせ、次々と魔法を行使して貰い、魔力を消費させようとした。
だがセレナが『アトゥートス』を使ってくれたおかげで、予想よりも早く魔獣が魔力を使い切ってくれたのだ。
セイヤは魔力欠乏を起こして倒れこんでいる魔獣にホリンズを突き刺し、水属性の魔力を流し込む。魔獣の体内はみるみる沈静化されていき、魔獣は次第に意識を失う。
意識を失った魔獣をセイヤはロープで縛り、アイシィに頼んで作ってもらった氷の折に閉じ込める。
「もしかして連れていく気ですか?」
モーナが驚きの声を上げるが、セイヤはモーナに対して、冷静に理由を答えた。
「当たり前だ。これから行くところは未知の場所だ。当然、通貨なんかも変わってくる。そこでこの魔獣を売って金を作るんだ」
「そういう事ですか」
「なるほど」
セイヤの答えに、モーナとアイシィが納得する。セイヤはこの魔獣と戦うことを決めたときから、この魔獣を資金源にすることを決めていた。
そのため、傷が残らないよう、かつ生け捕りにするため、魔力欠乏を起こすことを狙ったのだ。
セイヤたちはその後、問題なく進み、ついにダクリア大帝国ダクリア二区を視界にとらえる。
「まさか本当に暗黒領に街があるとはな」
セイヤは知識でこそ知ってはいたが、実際に見て改めて驚く。それはユアたち全員が同じだった。
「ここにお母さんが……」
セレナはそうつぶやきながら、こぶしを握り締める。その様子を見たセイヤは馬を進めながら言った。
「さて、行くか」
一同はそのままダクリア二区へと入るために進むのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。今回は戦闘回でした。といっても戦ってるのは実質セイヤだけですけど……。次のお話ではユアたちも戦いますと言いたいところですが、残念ながらなさそうです。
三章終盤に行けばいっぱい戦うと思うので、それまで待ってていただけたらと思います。それではよかったら次のお話も読んでみてください。
次の更新は水曜日の18時の予定です。




