第79話 未熟さからのミス
「セレナ」
「任せて」
モーナがセレナを呼ぶと、セレナは腰から一丁の魔装銃を抜いて標的へと狙いを定め引き金を引く。
引き金を引かれた魔装銃からは、火属性を示す赤色の魔力でできた弾が撃ち出され、猿のような魔獣に当たり、衝撃で魔獣の意識を吹き飛ばす。
「もう一体来た……」
「了解」
ユアが新たに猿のような魔獣を見つけると、セレナは魔装銃を猿のような魔獣へと向け、再び魔装銃の引き金を引き赤い魔力弾を撃ち出す。そして猿のような魔獣の意識を吹き飛ばした。
セイヤたちは現在、暗黒領のダクリア大帝国よりにいる。今朝、一泊した川原で朝食をとり、セイヤたちは移動を開始した。
途中、小さな山を二つほど越えたが、魔獣には遭遇はせず、順調に来ていたセイヤたち。しかし森に入った瞬間から、魔獣が姿を現し始め、セイヤたちに襲い掛かってきたのだ。
セイヤたちは基本的にセレナの魔装銃をメインとして、リリィとアイシィが援護に回り、できるだけノンストップで馬を飛ばしている。
魔獣たちは一度でも攻撃を受けて体勢を崩しまえば、魔装馬を飛ばすセイヤたちに追いつくことができない。だからセイヤたちは、戦うというより、避けるという手段をとり、できるだけ戦闘は避けている。
「もう一体来ました」
「わかったわ」
モーナが新たに魔獣を見つける。
しかしその魔獣は今まで戦ってきた魔獣とは纏っている雰囲気が違っていた。おそらく魔獣の階級の中でも上位に食い込んでくるのではないか、と感じさせる魔獣。その姿は百獣の王ライオンに似ている。
「待て、鳥女。あれには手を出すな」
「えっ? でも……」
確かに目の前から迫ってくる魔獣は纏っている雰囲気が他の魔獣とは違うが、苦戦するほどでもないだろうとセレナは感じていた。
そのため、すでに攻撃態勢に入っていたセレナはセイヤの指示に困惑する。
「いいか、あんなのと戦っている暇はない。全員魔装馬をぜんそくで飛ばせ! あいつを振り切るぞ」
セイヤの指示を聞き、全員がすぐに魔装馬の走行速度を全速にして走り出す。
しかし全力で逃げていくセイヤたちのことを、ライオンに似た魔獣が逃がすわけでもなく、セイヤたちのことを追いかけてくる。
そのスピードは上昇と活性化を全開にした魔装馬に匹敵する速さで、一向に差が開かない。
そこでセレナやアイシィが、魔法でライオンに似た魔獣の足元を狙って足止めをしようとする。だがその前に、セイヤによって止められてしまう。
セイヤは「なぜ?」という表情を浮かべる二人に、今は全力で逃げるのが先だと言い聞かせて馬を走らせる。
しかし、セレナたちは納得ができないといった表情を浮かべ、セイヤの警告を無視し、ライオンに似た魔獣の足元に魔法を発動する。
「氷の巫女。『氷雪』」
「火の加護。『火抗』」
二人が魔法を発動した直後、ライオンに似た魔獣の足元の地面が凍り始めて、一瞬にして地面を氷で覆い隠してしまった。
地面が氷に覆われたことにより、アイシィはライオンに似た魔獣が滑って速度が出せなくなると踏んでのことだ。
一方、セレナの方はライオンに似た魔獣の足に火でできた杭を打ち込み、魔獣の動きを止めようとする。火の杭は見事にライオンに似た魔獣の足に刺さり、ライオンに似た魔獣を地面に貼り付けることに成功した。
「どうよ?」
セレナがどや顔でセイヤのことを見てくる。それはアイシィも同じで、いつもの無表情は微妙に違って、少し誇らしい顔をしている。
最近になってセイヤはアイシィの微妙な表情の変化が少しずつだがわかってきた。
だが、アイシィの微妙な表情の変化がわかってきたことなど、今のセイヤは喜べることではない。そしてその表情には焦りの色が見て取れた。
セイヤの表情を見た二人は、いったい何を心配しているのかと不思議に思う。魔獣はこれで動きを制限されたため、逃げ切れると思っていた二人。
そんな二人に、セイヤは攻めるように言った。
「馬鹿か、お前ら。なんで手を出した?」
「馬鹿って何よ? 足止めには成功したじゃない」
「仕方ない。お前らはそのまま距離をとれ。ユア! 援護を頼む」
セイヤの言っていることが理解できないセレナとアイシィは、何がどうなっているのかわかっていない。
それはリリィとモーナも同じで、今この状況下でセイヤの懸念していることが分かったのはユア一人だった。
ユアはすぐに馬を止めて飛び降りる。その姿を見たセイヤは、婚約者が自分の考えを理解してくれたことに、笑みを浮かべる。しかしすぐに顔を険しくして馬から飛び降りた。
セイヤがライオンに似た魔獣を見ると、すでに魔獣の足元は氷では覆われてはない。それにセレナの放った火の杭も消えていた。そのことに気づいたセレナとアイシィは言葉を失う。
「なんで……」
「嘘……」
二人とも自分の行使した魔法が跡形もなく消えたことに驚いていた。
二人は魔獣がどのようにして魔法を消したのか、わかっていない。今までの魔獣には魔法が効かない種類もいたため、アイシィはセイヤのように、魔獣ではなく、ほかのところに魔法を行使して魔獣を足止めしようとした。
それなら魔獣は、行使された魔法に何もできないはずだから。
確かに魔獣の足元には魔法が行使された。しかし、今はその魔法が跡形もなく消えている。何がどうなっているのかわからないと思うアイシィ。
その疑問の答えを知るのは、馬から飛び降りたセイヤとユアだけであった。
セイヤはライオンに似た魔獣を見た瞬間、魔獣を思い出した。その魔獣とはかつてセイヤたちをダリス大峡谷で苦しめ、やっとの思いで倒せた魔獣だ。
雷属性を使う白い虎のような魔獣。目の前にいる魔獣は雷獣と纏っている雰囲気がかなり似ていた。だからこそ、セイヤは構わずに逃げることを選択したのだ。
いくら魔獣だからといっても、魔法が使える魔獣は並の魔法師よりも強い。そんなのと戦えるほどの余裕はなかった。
だが、セレナとアイシィが攻撃をしてしまった以上、戦うしかない。逃げるだけだったら、魔獣は魔法を使ってくることはなかったが、戦闘の意思を表してしまえば、魔獣も魔法を使ってくるだろう。
そうなったら逃げることは不可能に近い。
「ここは俺とユアでやるから、お前らは周囲の警戒をしていろ。ユア、まずは俺が様子を見る」
「わかった……気を付けて……」
「ああ」
セイヤは自分の愛剣である双剣ホリンズを両手に召喚しながら、ライオンに似た魔獣に向かって歩いていく。
その歩み方は隙が無いにもかかわらず、どこか自然で、普通に街中を歩いているようだった。ライオンに似た魔獣の方も、セイヤに向かってゆっくりと歩いているが、その歩き方からはセイヤに対する殺気がひしひしと伝わってくる。
セレナたちが緊張のまなざしでセイヤのことを見つめるが、ユアはそんなこと心配ないと言わんばかりに、セイヤのことを信じ切ったまなざしで見ていた。
両者の距離が残り十メートルを切ったあたりで、セイヤが動き出す。自分の足に光属性の魔力を流し込み、脚力を上昇させ加速する『単光』を行使し、一気にライオンに似た魔獣へと迫る。
ライオンに似た魔獣は、急に加速したセイヤに反応できず、セイヤのことを見失ってしまう。直後、ライオンに似た魔獣の右前脚に切り傷ができ、血が流れ出した。
グルゥァァァァ
魔獣が斬られた痛みに、咆哮を上げる。しかし、次の瞬間には斬られた傷口が再生を始めて、すぐに治ってしまった。
「やっぱりそうか」
傷口の再生を見たセイヤは自分の予想通りだったことを確認する。
「ユア、こいつは火属性だ」
「どうする?」
「まあ、斬っていってどうにかするさ」
「わかった……じゃあ見ている……」
「ああ、それで頼む」
ユアはセイヤが一人でやるというなら、止める気はなかった。それはセイヤへの信頼の証であると同時に、自分がセイヤの足手まといになるのが嫌だったからだ。
セイヤが魔王モードになり、本気を出せば、あの魔獣ごときすぐに倒せるだろう。しかしセレナたちがいる以上、魔王モードはおろそか闇属性も使うことができない。
それでもセイヤはユアより強い。だからこそ、自分が余計な手出しをしてセイヤに嫌われたくなかった。
「あれは……何……」
そしてセイヤとユアの後方からは、馬に乗りながら二人を見守っていたセレナたちが呆然としていた。その声は、そこにいる全員の心の声を代弁しているものだった。




