第77話 セイヤたちの経験
「目的地はわかりました。でもその前に教えてください。あなたは、いえ、あなたたちは何者なのですか?」
モーナの目はしっかりとセイヤのことを見据えていた。いつかは聞かれると思っていた質問。ここで適当に答えたところでモーナは納得しないであろう。
「何者とはどういうことだ?」
とりあえず、セイヤはモーナの疑問が具体的に何を指しているのかを聞いてみたが、意味のないことだと、セイヤ自身が自覚している。モーナが聞きたいことをセイヤは理解していた。しかしそれは簡単に言えることではない。
セイヤたちが自分たちのことを話がっていないのは、モーナはわかっていたが、これからのためには聞かずにいられなかった。
セイヤの話を信じるなら、今回の作戦での相手は未知の人間になる。作戦成功率を上げるために、お互いの信頼が不可欠だ。しかし今の状態では、モーナはセイヤたちのことを信用はできても、信頼するのは難しい。
「聞きたいことはたくさんあります。まずは、あなたがどこから来たのかという事です。あなたは突然、転校してきて、学園最強だった私たちに勝ちました。
それほどの魔法師だというのに、今までキリスナと言う名は聞いたことがありません。しかも、それでだけではなく、あなたは特級魔法師一族であるユアさんの婚約者にもなっています。
いったいどうやったらそんなことが可能なのですか」
実はこの疑問はモーナだけではなくアルセニア魔法学園の生徒のほとんどが思っていた疑問だ。
彗星のごとく現れた謎の魔法師、特級の婚約者という名で入学当初学園を騒がせた。そしてその魔法師が今度は学園最強の生徒会を打ち破り、学園最強の座に就いた。
モーナの疑問はそれだけでは終わらない。
「それに、あなたが教会で使った魔法は何ですか? あのような魔法は見たことも聞いたこともありません。まるで魔法を消しているようでしたが、そんな魔法があれば、すぐに聖教会に引き抜かれるはずです。
なのにあなたは聖教会に引き抜かれずにいる。さらには聖教会十三使徒のひとりであるバジル=エイト様とも関係を持っている様子で、その関係は十三使徒と対等のように見受けられました。
それだけではなく、あなたは聖教会の一部しか知らない情報までも知っている。あなたは十三使徒だとでもいうのですか? その年で十三使徒なら一人いますが、名前が違いますよね?」
モーナの疑問は、セイヤと行動を共にすればするほど増えていった。それは同じく一緒に行動をしているセレナとアイシィも同じだ。
「それなら私も聞きたいことがあるわ。ロリコンは私との戦闘で私が『アトゥートス』を撃った時も冷静に処理していた。あんなのいったいどんだけの修羅場を潜り抜けたらできるの? 普通の魔法師なら出来っこない」
セレナはかねてよりの疑問をぶつけた。
セイヤとの戦闘の際、自身の最強の攻撃魔法『アトゥートス』を防がれたときはショックを受けたが、後から考えるとあの時のセイヤの行動は、冷静すぎて不気味だった。
あの状況下であのような行動をできる学生を、セレナは今までの人生の中で一人しか知らなかった。その男はセイヤとは違う男である。
「それにあなただけではありません。ユアさんもです。ユアさんは先ほどテントの部品や大量のモリを出していましたが、あれは召喚魔法ですか?
もし召喚魔法だというならなぜテントの部品まで待機させているのですか? 召喚魔法は基本的に一つのものしか呼び出せません。
あなたは私たちとの戦闘でレイピア、弓、ハンマーなどを召喚していましたが、いったいどうやったらそんな芸当が可能なんですか?」
モーナたちの疑問はセイヤだけではなく、ユアにまで及ぶ。という事は次はリリィの番である。リリィに質問したのはアイシィだった。
「リリィも。リリィは本当に魔法師? あれは魔法と言うよりも水をそのまま操っている感じに見える。それに大人になったよね? その年であの胆力には違和感がある」
「えっ?」
リリィはアイシィに問い詰められて困惑する。このままではリリィが真実を話してしまいそうなので、すぐにセイヤが間に入り込む。
「まあ、待てって。そう一気に聞かれたって困る」
「そうですね。ごめんなさい、つい熱くなってしまいました。しかし、答えてもらわないと、私たちはあなたちに安心して背中を任せることができません」
自分が熱くなっていたことに謝るモーナだが、質問を取り下げる気はないようだ。それはセレナとアイシィも同じようで、セイヤのことをしっかりとみている。
「まず今からいうことはすべて真実だ。最初にそれだけ言っておく」
「わかりました」
「わかったわ」
「はい」
モーナたち三人はしっかりと返事をする。しかし、その返事にはまだ少しためらいを感じた。それはセイヤの本性を知ることに対するためらいだ。
本能的に聞いてはいけないことだとは理解していたのだが、一緒に戦うとなると、聞かないわけにはいかない。緊張しながらも、セイヤの言葉に耳を傾ける。
「まず俺だが、俺はアクエリスタン出身ではなくウィンディスタン出身で、学園も本当はセナビア魔法学園だ。といっても、セナビアの名簿ではすでに俺は死んでいることになっているがな」
「死んでいる、ですか?」
モーナは疑問に思う。仮にセイヤが転校措置をとった場合は転校扱いに、退学したのなら退学扱いに、授業中に不慮の事故等でなくなった場合は殉職扱いとなり、死亡扱いになることはまずありえない。
授業外での事故や事件で死亡した場合にはその生徒は退学扱いになってしまう。
「そうだ」
セイヤはモーナの疑問を肯定する。死んでいるという表現は、普通では使うことのできない表現であり、死亡扱になる生徒など全くといっていいほどいないため、モーナが疑問に思うのも仕方のないことだ。
セイヤは唯一、例外として死亡扱いになる例から説明を始めた。
「魔法学園の学籍上、死亡扱いは存在しないと思われているが、厳密にはある例を除いては存在しないだけであって、一つだけ例外が存在するんだ」
「まさか……しかしそんなこと……」
どうやらアルセニア魔法学園生徒会長であるモーナは気づいたらしいが、残る生徒会の二人はまだわかっていないようだ。セイヤの言おうとしていることを理解したモーナは、驚きの表情を浮かべながらセイヤのことを見つめる。
「そのまさかだ。俺は暗黒領で殺されたことになっている」
セイヤの発言に、セレナとアイシィの顔がハッとし、やっと死亡扱いになっている理由に気づく。
魔法学園において、唯一の例外で死亡扱いになる事例は、「暗黒領で魔法師がらみの事件により死亡し、遺体が確認できなかった場合には、その生徒のことを特例として死亡扱いとし、退学処分をとらないことにする」というものである。
通常、魔法師は自分の身は自分で守るという理念のもと生活しているため、事件や事故など巻き込まれた場合、どのような結果になろうとも、自己責任として処理される。
しかし暗黒領で、しかも魔法師が絡んでいる場合は違ってくる。それは暗黒領という異常な状況下において、暗黒領に対応してきている魔法師に殺されたりしても、魔法師の自己責任とは一概に言えないから。
さらに遺体が見つからないとなると、生存している可能性も残っているため、退学扱いにはしないのだ。
死亡扱いになった場合、学籍は事実上、魔法学園に存在する。退学や殉職扱いでは復学する場合にいろいろと手続きが必要になるが、死亡扱いの場合は学籍が存在しているため、比較的スムーズに復学することができるのだ。
そのため、この例だけは例外として認められている。といっても、この例外を利用した魔法師はレイリア王国の魔法学園史上において、一人も存在しなかった。
「ある日、フレスタンの上級魔法師一族の計画に巻き込まれて俺は複数のクラスメイトと暗黒領にあるそいつらの施設へと拉致された。そして、そこから抜け出した時に出会ったのがユアとリリィだ。
施設を抜け出した俺らは、近場にあるフレスタンに戻るのではなく、アクエリスタンに戻ることにしたため、暗黒領を移動してきたのさ」
この時点で、セイヤは嘘を付いていた。
リリィの正体は妖精ウンディーネであり、出会ったのはダリス大峡谷なのだが、その辺を話すとややこしくなるのでいっそのこと施設で出会ったという事にした。
セイヤの話を聴いたモーナたちは、言葉を失っている。無理もない。なぜならいきなり拉致されたと言われ、そのあとに抜け出し、暗黒領を通って戻って来たと言われたのだから。どう反応していいか彼女たちはわからなかった。
同時に彼女たちは、セイヤたちを根底で支える何かを理解することができた。それは自分たちとは比べ物にならないほどの生への執着だ。
セイヤたちが経験してきたことは並大抵のことではないとモーナたちは考える。その経験には当然、命の危機なども多々含まれていたであろう。
その危機を乗り越えてきたセイヤたちは自分よりも強い何かをもっていても不思議ではない。そう考えると彼女たちは自分たちがどれほど甘い人間だったのかを理解する。
「アクエリスタンに行くとしても、途中に最難関があってだな、それがダリス大峡谷だ」
ダリス大峡谷と聞いた瞬間、モーナたちが一瞬身震いする。座学の教科書や書物で読んだことはあるが、実際はどんなところかわからない。しかし、彼女たちは並大抵の実力ではどうすることもできないという事をわかっていた。
「ダリス大峡谷を攻略する際、いろいろと死にそうになって、気づいたら限界を超えていた。そしたら今力を手に入れたというわけだ。そしてその力は危険という事で、バジルとライガーに協力してもらって隠している。俺らの話はこんなもんだ」
セイヤはここで話をやめた。
何者かについては答えたが、力については何一つとして説明もしていなければ、触れてもいない。しかし、モーナたちはそれ以上のことを聞くことはできなかった。
それはセイヤたちの壮絶な過去を前に、これ以上踏み込んでもいいのかという迷いが生じたからである。
「明日も早いから、今日はこの辺でお開きだ。俺らはこっちのテントを使うから、お前らはそっちのテントを使え」
セイヤはそういいながら、先ほど建てたテントへと向かっていく。セイヤの後ろにはユアとリリィがついていき、三人はそのままテントへと入っていった。
しかし、直後セイヤがテントから顔を出してモーナたちに言う。
「見張りだが、各テントから一人ずつの二人体制でいいか? 時間は三時間おきの予定だが」
セイヤの提案に生徒会は目を合わせ、お互いの意思確認をするとセイヤに向かって頷いた。生徒会メンバーもその後テントに入っていき、見張りの順番を決め、夜を明かすのだった。




