第72話 セレナたちの覚悟
セレナの突然の発言に驚く一同。
普通に考えれば、暗黒領と聞いた時点で教会側に任せるのが当然だ。それに聖教会も動くとなれば、自分で探すより、待っている方が絶対にいい。
しかしバジルの前にいる少女は、自分で探しに行くと言い出した。
当然ながらバジルはセレナのことを止める。暗黒領に人を出して、無駄な犠牲者を増やすわけにはいかないから。
「それは許すことができません。確かにあなたの力は決勝戦で見せてもらいましたが、それども暗黒領には通用しません。考え直してください」
バジルの言葉は正論だ。暗黒領の魔獣と戦ったことのあるバジルには、セレナの強さでは生きて帰ってくることは不可能だと考えた。
レイリア王国近くの暗黒領ならまだ大丈夫だが、暗黒領の奥の方に行けば、さらに強い魔獣たちが生息している。
今のセレナの実力では暗黒領の奥の方に生息する魔獣には到底敵わない。そして残念なことに、モカが連れ去られたのは暗黒領のかなり奥地であった。
セレナも自分が無理を言っていることは分かっている。しかしそれでも母親のことを自分で助けたいと思うのが娘だ。
セレナはどうにかして理由を探す。
「でも、人手なら少しでも多い方が……」
「確かにそうです。けれども、連携が取れない魔法師が加わっても犠牲者が増えるだけです」
残酷だが、バジルの言っていることは正しい。
高度な連携の中に素人が一人加わると、その一人だけが危険になるのではなく、チーム全員が危険に及ぶ。それは下手をしたら全滅する可能性が高くなるということだ。
「でも……」
「残念ですけど、私たちに任せて諦めてください」
バジルの説得に諦めかけるセレナ。確かにセレナ一人が加わるのは邪魔になるかもしれない。だが、セレナには信頼できる仲間がいた。
「それなら私も行きます」
「私も」
セレナに同行すると言い出したのは、モーナとアイシィだ。二人の目からは、確かな決意の色を感じる。
しかし、たとえ二人が同行するといったところで、バジルの答えは変わらない。いくら三人の実力が高くとも、所詮はまだ学生魔法師。暗黒領に出すには早すぎる。
「はあ、たとえ三人になっても同行は許しませんよ。第一あなたたちは暗黒領のことを知らない。そんな人間を暗黒領に送り出すなど、私には到底できません」
無知の者が暗黒領に出る。それは自殺志願者か、ただの馬鹿だ。
教会の軍隊は初めて暗黒領に出る者がいるとき、決まって事前に多くの訓練を課し、そのうえで初めて暗黒領の地を踏ませる。
しかも暗黒領に出る際、暗黒領経験者を多数動員して部隊を作る。そうして、暗黒領に慣れてきて、初めて少数部隊に組み込まれていくのだ。
しかしセレナたちは訓練などもしていなければ、全くの無知だ。そんな三人を部隊に同行させるのは、いくらセレナ達三人が強くとも、足手まとい以外の何でもない。
バジルは気が進まないが、殺気を出してセレナたちを見る。それは改めて実力の差を感じてもらい、モカを助けに行くのを諦めてもらうため。
セレナたちはバジルの殺気を感じて、動くどころか言葉を発することもできなくなってしまった。バジルから発せられる殺気に三人は実力の差を思い知らされる。
そして三人が諦めかけたその時。バジルの殺気に割って入る者がいた。
「俺が同行すると言ったらどうする?」
声の主はもちろんセイヤだ。その表情からは余裕さが感じられ、バジルの殺気にも全く負けていない。
「何を考えているキリスナ=セイヤ?」
「何って、俺が手伝うって言っているんだ」
「それがどういうことか、わかっているのか?」
バジルがセイヤのことを責めるように聞く。
バジルの言っていることは、セイヤが加わることで、部隊が弱体化することではない。
すでにセイヤの力を知っているバジルは、セイヤが部隊に加われば戦力が上がると考えている。だが、同時にセイヤの隠された力が教会関係者にばれてしまう可能性もある。
もしセイヤの力が知られてしまえば、聖教会がセイヤの敵になってしまうという。そしてそうなれば、特級魔法師ライガー=アルーニャまでもが聖教会の敵になってしまう。
誰もそのようなことを望んではいない。
バジルもそんな事態を起こしたいとは思わない。だからこそ、セイヤを全力で止める。
「お前が部隊に加わるということで、確かに戦力は上がるかもしれないが、それ以上に問題が多すぎる。わかっているのか?」
「ああ、わかっている。それより部隊の構成人数を教えてくれ」
「構成人数? 六人を一小隊と考え、六小隊の大隊を複数編成するつもりだが……」
セイヤはバジルの言葉を聞き、ニヤリと笑みを浮かべる。
「わかった。俺とここにいる生徒会メンバーで四人」
「私もセイヤと一緒に行く……」
「これで五人」
ユアが加わると言うと、セイヤの脳内に幼女の声が響いた。
(リリィも!)
「どうやらリリィも行くそうだ。これで六人」
ユアはモカのことを助けたいと思っている。それはかつて、自分が攫われた経験があるがゆえに、気持ちをわかっているからだ。
もしセイヤに会っていなければ、今頃、自分がどうなっていたかわからない。自分はセイヤに助けられた。だからこそ、今度は自分が誰かを助ける番だ。
それにユアがセイヤを一人で行かせるわけがない。
それはリリィも同じである。セイヤは小会議室に入った瞬間から、リリィと念話を開始して、話の内容をリリィに流していた。
リリィもまた、モカのことを助けたいと思っている。それは友達の母親だからでもあるし、泊まりに行ったとき、とても優しくしてくれて、好きだったから。
ナーリは自分が転校初日に困っているところを助けてくれた。だからこそ、今度は自分がナーリを助ける番だ。
不安そうな顔をするナーリを笑顔にしたい。それにリリィがセイヤと離れすぎると、どうなるかわからない。
二人の決意は決まっている。セイヤの決意も同じだ。セイヤは別にセレナのために、モカを助けに行くのではない。ナーリのためだ。
ナーリは転校したてのセイヤたちに良くしてくれた。
一人で不安になっているのであろうリリィのことも、しっかりと面倒も見てくれた。その上に、家にまで呼んで相手の資料なども見せてくれた。
だからこそ、今度は自分が助ける番だ。それにユアとリリィが助けに行きたいと思っていることを知っている。
「まさかお前ら六人で行くと?」
「そうだ。俺ら六人のうち、半数は暗黒領経験者。これなら問題はないはずだ」
セイヤの暗黒領経験者が半分という発言に、生徒会メンバーは耳を疑う。
この年で暗黒領を経験しているなんて異常である。しかもそれが三人なら異常どころではない。
セレナたちは畏怖の目でセイヤを見ており、その瞳は本当にセイヤが何者なのかと問いかけていた。
一方、バジルは考える。確かにセイヤたちが捜索に加わってくれば心強い。おそらくこの六人なら、そこらの教会の小隊よりも強いかもしれない。
だが、それ以上に問題が残っている。
それはモカが攫われた先だ。実はすでにモカの居場所は大体わかっていた。しかし場所が場所なだけに、すぐに部隊を派遣できなかった。だからこそ対応が遅れていたのだ。
バジルは考えた結果、腹を決める。
「わかった。六人の出動を許可しよう。すぐに依頼書を非公式で出すから、外で待っていてくれ」
「ありがとな」
セイヤたちはバジルに言われて通り、外で待つために部屋から退出しようとする。しかしそこで、バジルがセイヤだけを呼び止めた。
「キリスナ=セイヤだけは待て。二人で話がある」
バジルの目を見てセイヤは大体の内容を察する。バジルがまだ何かを隠しているということを。
セイヤが再び座り直し、残りの四人が部屋から出る。そしてセイヤは聞いた。
「で、なんだ?」
「今回の事件の詳細を教える」
「なるほど」
バジルの言葉にセイヤがにやりと笑みを浮かべる。どうやらこの事件は一筋縄とはいかないようだ。




