第68話 生徒会との決着
「危なかったな」
「うん……」
「本当、すごい威力ね」
三人は『光壁』のドームから出ると、今なお空を飛んでいるセレナとモーナのことを見上げる。見たところ二人にはすでに魔力はない。
それを確認したセイヤたちは、すぐに武器を手に持つ。長かった決勝戦にけりをつけるつもりだ。
「残念だが、お前の最後の攻撃は俺らを倒しきることはできなかった。これで終わりだ」
セイヤの言葉を聞いたセレナが、少しだけ笑みを浮かべる。
「まだ最後の攻撃じゃないわ。アイシィ!」
セレナは倒れているアイシィの名前を叫んだ。意識があるのかないのか、魔法が行使できるのかできないのか、そんなことは何一つわかっていない。けれども、そんなことは関係ない。
仲間ならば信じることが当然。それはモーナも同じである。モーナもまた、アイシィのことを信じていた。
「はい」
アイシィが立ち上がり、静かに魔法を行使する。その返事には、しっかりとした意思が籠っていた。
「轟け。『雪原の停刻』」
アイシィが魔法を行使した直後、セイヤたちに異変が起こり始める。
「これは……」
なんとセイヤたちの腕が、指先から氷出し始めたのだ。それは足も同じで、どんどんと凍っていく。
セイヤはとっさに『纏光』を行使しようとしたが、体内でうまく魔力を練ることができない。
セイヤはどんどんと凍っていき、ついには全身が凍ってしまう。全身が凍ってしまったのはセイヤだけではなく、ユアとリリィも同じだった。
三人はまるでマネキンのように微動だしない。
「やっと終わった」
目の前で凍って固まっているセイヤたちの姿を見て、アイシィが息を吐く。そこに空中にいたセレナとモーナも合流する。
「お疲れ、アイシィ」
「お疲れ様です」
「はい」
二人ねぎらわれるアイシィは、かつての無表情のアイシィとは違い、少しだけ表情が変化していた。
それはこの戦いで感じた気持ちの変化によるものだろう。三人は残りの魔力がないため、セイヤたちの心臓停まってリタイヤするのを待つ。
オペレーションデルタは完璧に計画通り進み、成功を収めた。
アイシィの発動した『雪原の停刻』は、空気中に見えないほど小さな雪を大量に降らせて、対象を凍結させる魔法だ。
魔法を行使される対象は、気づかぬうちに見えないほど小さな雪を吸い込んでしまい、吸い込まれた雪は体内に入り、至るところを沈静化させ、機能を停止させる。
体内の機能が停止してくると、流れる血液などは次第に止まっていき、体温が低下してくる。
低下した体温に伴い、対象の周りの雪が対象に触れ、今度は外部から対象の機能を沈静化させていく。
体の内と外から同時に沈静化させられた対象の身体機能はいずれ活動をやめ、停止されてしまう。だからセイヤが魔法を発動しようとしたが、できなかったのだ。
オペレーションデルタは生徒会が対セイヤたちのために立てた最後の作戦である。
まずはセレナの全魔力で『炎龍カグツチの巫女の守護龍』を撃つ。これで倒すことができればいいが、セレナたちはそんなに楽観的ではなかった。
おそらく防がれるであろうと予想して、この魔法はお膳立てに使うことにしたのだ。
『雪原の停刻』は、上級魔法のトップクラスに分類され、発動にはかなりの魔力を使う。アイシィが行使しようとしても、対象はせいぜい一人で、その一人も完全に停止させるには至らない。
しかし、今回のアイシィは三人同時に、しかも完全停止に至らせることができた。
もちろんこれにはタネがある。アイシィの魔力では三人を完全停止させるには足りない。なら、サポートをすればいい。
『雪原の停刻』の発動プロセスは、まず水の生成から始まる。これは氷属性魔法では共通のプロセスだ。水がなければ、氷を作り出すことはできない。
次に生成した水を細かく分けて、雪の結晶化を作る。作った雪の結晶を範囲指定した領域に撒き、あとは対象が沈静化するのを待つ。
この魔法において、魔力を一番多く使う過程は、水の生成と範囲指定した領域に撒くという過程だ。
もしこの過程をスキップすることができれば、アイシィは五人ぐらい簡単に完全停止できる。
だから生徒会は、この二つの過程をスキップすることにした。利用したのはリリィの水。リリィは水をそのまま利用するため、通常の水属性魔法とは違い、水に魔力が含まれていない。
そんな水が戦闘がするにつれ、スタジアム全体に撒かれる。地面は湿り、ところどころには水溜りができていた。
つまり、スタジアムには大量の水があるため、わざわざ水を生成する過程が必要なくなったのだ。
では、範囲指定はどうしたのか。アイシィはそもそも今回の魔法には範囲指定という過程を入れていない。なぜなら、水が空中に散りばめられていたため、範囲指定をする必要がなかったから。
なぜ水が空中に散りばめられていたのか、というと『炎龍カグツチの巫女の守護龍』によるものだ。
セレナはこの魔法の最終段階に爆発させるという工程を織り込んでおり、爆発をいち早く察知したセイヤは防御魔法を張り、その周りを水でコーティングしていた。
爆発が起きると、コーティングしていた水や、地面を湿らせていた水は無くなる。ではその水たちはどこにいったのか。答えは空中である。スタジアムにあったすべての水は爆発の高熱により蒸発し、水蒸気になって上空へと向かっていた。
その水蒸気を、アイシィは魔法に使ったのだ。高熱によって水は水蒸気になると、その場から上昇していく。それはつまり、ある瞬間には、水が無秩序に空中に存在していることになる。
もしその水蒸気を雪の結晶に変えたらなら、それはもう『雪原の停刻』と変わりない。これこそがタネだった。
「長い……」
モーナがそうつぶやく。
スタジアムに張られている例の結界は、致命傷及び死亡を確認した場合、結界内にいる選手をリタイヤさせるというシステムだ。
今、この時点でセイヤたちが凍結してから一分間は立っている。この時間なら、すでに心臓が止まって、死亡判定を受けてもいいころだ。しかしセイヤたちは一向にリタイヤする様子がない。
異変にセレナとアイシィも気づく。三人の顔に焦りの色がうかがえる。
「まさか、まだあるっていうの!?」
「そんな」
そしてセレナとアイシィの懸念は当たってしまった。直後、セイヤたちの表面にひびが入り始める。ひびは瞬く間に全身へと広がっていき、次の瞬間、砕けた。
中から姿を現したのは、セイヤたちだ。
「いったいどうやって……」
アイシィがあまりの出来事に言葉を失う。それもそのはず。なにせセイヤたちは、細胞の一つまで沈静化させて、停止させたというのに、再び動き出したのだから。
「魔力全解放だ」
「えっ?」
「そう……」
「そうよ。魔力全解放をすれば、ほんの一瞬だけ、体の全細胞が活性化するわ。だからその一瞬の合間に体を支配すれば、破れるのよ。といっても、体が完全停止する直前まで待たなくちゃいけなかったんだけど」
リリィの言う通り、セイヤたちは体の機能が完全停止する直前、魔力全解放をしたのだ。
体の機能が完全停止する直前とはつまり、脳が死を認識し始める直前ということだ。そのタイミングで魔力全解放をすれば、体内に残る魔力がなくなり、脳は一瞬だけその状態に対して対策をしようとする。
その一瞬で、脳に「体は大丈夫だ」と錯覚させることができれば、完全停止はしなくて済む。魔力をコントロールできない分、全解放というリスクを伴うが、この際仕方がなかった。
「まさか……」
「そんなことできるなんて……」
「いったいどれほどの魔力保持量なの……」
セイヤたちの馬鹿げた技に絶句する三人。
一方、セイヤたちは武器を構える。リリィはセイヤからホリンズを一本渡され、ユアはユリエルを持ち、セイヤは残ったホリンズを握りしめた。
そして次の瞬間、勝敗が決する。生徒会の三人が光の塵となって、リタイヤしたのだ。
しかしスタジアム全体はいまだ静寂に包まれていた。
「審判、終わったぞ」
「えっ、あっ。勝者登録番号86」
セイヤの指摘に、慌てて勝利宣告をする審判。審判の声を聞き、静寂を保っていた観客たちが、次第に歓声を上げていく。
ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!
「なんと、なんと、あの生徒会が負けたぁぁぁぁぁぁ。レイリア魔法大会アルセニア魔法学園選抜大会、優勝はキリスナ=セイヤ、ユア=アルーニャ、リリィ=アルーニャの三人だぁぁぁぁぁぁ。
そして、この三人がアルセニア魔法学園代表に決定したぁぁぁぁぁ」
ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!
観客の歓声の中、こうしてアルセニア魔法学園での大会は幕を閉じた。
歓声が沸き起こる中、スタジアム上部にあるVIP席には二人の男がいた。一人は椅子に座ってスタジアムを見下ろすスカーレット色の髪をした筋肉質な男、レオナルド。もう一人は眼鏡をした青い髪の男、ザッドマン。
「残念でしたね。『憑化』が使えなくて」
ザッドマンがレオナルドに言った。
しかし、レオナルドはそれに対して全く気にした様子を見せない。レオナルドは今回の決勝戦に対し、セイヤの本性を知るため、横やりを入れようとした。
レオナルドが狙った相手はセレナだ。セレナの最強の攻撃魔法である『アトゥートス』が破られたとき、彼女はセイヤの強さに絶望した。そしてその心に弱みが生じた。
そんなセレナに魔法を行使しようとしたレオナルド。しかしそれは失敗に終わる。なぜなら、セレナが立ち直ってしまったから。
絶望したセレナを守るように戦ったアイシィ。彼女の行動が、セレナを絶望から救ったのだ。そして、結局レオナルドは横槍を入れることができなかった。
だが、レオナルドは気にしない。彼にはほかの目的があったから。
「ザッドマン、あっちはどうなっている」
「ええ、計画通りですよ」
「そうか」
ザッドマンの報告を受け、ニヤリと笑みを浮かべるレオナルド。しかし次の瞬間、彼の胸に衝撃が走る。
「うっ……」
急に血を吐いたレオナルド。見下ろせば、胸には腕が生えていた。いな、背後から腕で胸を貫かれていた。
「ぐっ、貴様……」
「ここまでご苦労様でした。もう用済みです」
レオナルドのことを背後から刺した犯人、それはアルセニア魔法学園教頭、ザッドマンだった。
「どういう……ことだ……」
「言葉の通りですよ。あなたは少々やりすぎた。いくら闇属性が欲しいからと言って、十三使徒に警戒されると、こっちが困るのですよ」
「話が……違う……」
何とか気力で話を続けるレオナルド。しかし、彼の肉体はもう限界だった。
「そうですね。まあ、生半可な強欲では、強い強欲に飲み込まれる」
「なんだと……」
「短い間でしたが、お世話になりました。ゆっくりお休みください」
「ぐはっ……」
ザッドマンがレオナルドの心臓をつぶすと、レオナルドは絶命した。
こうして、本当の意味での戦いが終わった。そして、新しい戦いが始まるのであった。




