第67話 オペレーションデルタ
リリィがアイシィたちの相手をしていた頃、セイヤとユアはセレナの相手をしていた。
ユアはセレナに集中しているが、セイヤの方は周りを警戒していた。セイヤはモーナたちからの援護が来ないようにして、セレナを孤立させていた。
「やばいわね」
そんな状況の中、セレナが脂汗を浮かべながら言う。その言葉はアイシィがやられたことにより、モーナがかなり不利になったことに対してだ。
モーナは基本的にサポート要員であり、個人での戦闘は向かない。なので、モーナ一人の現状はあまりよろしくなかった。
セレナは先ほどから均衡した戦闘を崩すため、魔法を行使しようするが、ユアがそんな時間をくれない。普通の戦闘だったなら、セレナも戦いながらでも詠唱をできただろう。しかしユアとの戦闘では、詠唱に割くほどの余裕がなかった。
それほどまでに、ユアの剣術は速かった。
「モーナ!」
「ええ、そうね」
二人はアイコンタクトで確認しあう。それは追い込まれたときに用意しておいた最後の秘策。しかし、この秘策にはアイシィの協力も必要だった。幸いアイシィはまだリタイヤはしていない。
それはつまり、まだアイシィが復活する可能性があるということだ。二人はアイシィが意識を取り戻すことに賭ける。
「オペレーションデルタ」
「オペレーションデルタ」
「…………」
セレナとモーナの言葉に、警戒の色を示すセイヤたち。セイヤは念のため『纏光』を行使する。ユアはユリエルを構え、リリィはセイヤたちに合流した。
「何が起きる」
「わからない……」
「でも、危ないわね」
三人は、魔力の錬成を始めたセレナを見て、警戒の色をさらに強める。
セレナ体の中心に魔力を集めるようにコントロールし、そのまま思いっきり跳躍した。と言っても、跳べるのはせいぜい三メートルくらいだ。
しかし、それで十分だった。
跳躍したセレナは、空を飛んでいるモーナに抱きかかえられる。モーナは己の操れるすべての風を足元に集め、空を飛んでいた。といっても、飛行できる時間など、高が知れている。
だが、それでもオペレーションデルタを行うには十分すぎる時間だ。モーナに抱き抱えられたセレナは、体をモーナに任せ、詠唱を始める。
「ユリアル」
「ウォーターレーザー」
空を飛んでいるモーナとセレナに対し、ユアはユリアルで、リリィはウォーターレーザーで、遠距離攻撃を仕掛けた。だが二人の攻撃は、モーナによって回避されてしまう。
「意思の火、心の灯、巫女の志、龍火の証、炎龍の巫女。『炎龍カグツチの巫女の守護龍』」
セレナは自分の持つ全魔力を、二丁の魔装銃に流し込み、引き金を引く。魔装銃の先端についている赤い魔晶石が眩い光を発して、赤い魔力を撃ち出した。
そして撃ちだされた魔力が、その真の姿を現す。
魔装銃から撃ち出されたのは、二頭の炎の竜。上空で放たれた二頭の炎の竜が、セイヤたちを目がけて降下してくる。
「リリィと俺で一体ずつ、ユアは援護に回ってくれ」
「わかった……」
「了解」
三人は即座に行動に移った。
セイヤは『纏光』限界突破で身体能力を上昇させ、炎の竜、一体をホリンズで迎え撃つ。しかし、炎の竜をいくら斬っても、ダメージが加わっているようには見えない。
「くそ、攻撃力が足りないか」
セイヤの言う通り、炎の龍に対し、ホリンズでは小さすぎた。それゆえに、炎の龍に傷こそつけられるが、決定打を与えることはできない。
闇属性魔法が使えれば、おそらく簡単に倒すことはできるだろうが、何回も言う通り、闇属性魔法は使えない。
「ならあの方法で行くか。ユア!」
セイヤは何かを思いつき、ユアのことを呼ぶ。
「何……?」
「ユア、今から俺の使う魔法に、最大限の上昇を行使してくれ」
「上昇……? わかった……」
ユアはセイヤが何をするのか、わからなかったが、頼れる婚約者のことを信じる。
「これで決める」
その言葉と共に、セイヤはホリンズに纏わせる魔力を変えた。ホリンズに纏われる青い魔力、水属性だ。
セイヤは水属性の魔力を纏わせたホリンズを振り下ろし、炎の竜に向かって水属性の魔力撃ち出す。そしてユアに向かって叫んだ。
「いまだ、ユア」
「わかった……」
ユアはセイヤに言われた通り、セイヤの行使した魔法に向かって光属性の魔力を発射する。
変化は唐突に訪れた。セイヤの撃ち出した水属性の魔力に、ユアの放った光属性の魔力が纏われる。そして上昇された沈静化が、炎の竜へと襲い掛かった。
そしてほぼ同じタイミングで、リリィの行使したゲドちゃんも、炎の竜に襲い掛かる。
そしてほぼ同時に倒された炎の龍たち。しかし炎の竜たちは、その場で炎の塊になり始めた。
「これは……ユア、リリィこっちへ来い」
セイヤは炎の龍の動きを見て、すぐにユアとリリィを呼ぶ。いつもにないセイヤの焦りを感じ取り、ユアとリリィがすぐにセイヤのもとへと駆け寄る。
セイヤは二人を着たのを確認すると、自分を中心に『光壁』をドーム状に三重に行使した。
「セイヤ……?」
「セイヤ君!?」
いきなり防御魔法を使ったセイヤに驚く二人。
「ユアは『光壁』を二枚、リリィはユアの展開した『光壁』の周りに水でコーティングしてくれ。あの竜は自爆するつもりだ」
セイヤが手短く指示を出すと、二人はすぐに行動に移った。
「わかった……『光壁』」
「了解したわ。水よ」
五重に展開された『光壁』が互いの防御力を上昇させ合い、その上から水でコーティングされているため、火属性耐性が上がっている。
これなら爆発の衝撃をも殺せると確信する三人。
しかし、その様子を上空で見ていたセレナとモーナは笑みを浮かべる。ここまでは二人の予想通りだ。残るはオペレーションデルタの最後のピース、アイシィだけ。
後はアイシィに託すしかない。もう魔力の残っていないセレナとモーナにできることは、アイシィを信じて待つだけだ。
リリィによって体の中を乱され、気を失っていたアイシィは、炎の塊が生じ始めたところで、意識を取り戻した。だが、体を動かすには、まだかかりそうだ。
アイシィは火の塊と、空を飛んでいるセレナたちを見て、すぐに確信する。今が、自分たちの本当に最後の秘策、オペレーションデルタの最終段階にかかり始めていることを。
「なんという人たちだろう」
普通、気を失っている人間を信じて、そんな秘策をするものか、とアイシィは思う。だが、それ以上に自分のことを信じてくれている二人の気持ちがうれしかったのも事実。
だからアイシィは、動けない体に鞭を打って詠唱を始める。この時、アイシィは人生で初めて心の底から勝ちたいと思った。
アイシィ=アブソーナは生まれながらにして天才だった。彼女の生まれた家は上級魔法師だったため、生まれてからずっと、魔法の英才教育が行われた。
もともと才能のあったアイシィは瞬く間に同世代など、相手にならないくらいの強さを手に入れた。しかし、それゆえに勝利への欲求というものが薄いまま育ってしまう。
彼女が初めて同世代に負けたのは、魔法学園に入ってすぐのことだ。相手は一つ年上のセレナ=フェニックスという少女だった。
ほんの少しの差で負けたというのに、彼女の心には悔しいという感情が湧かなかった。それは成長してレイリア魔法大会に出るようになっても変わることはない。
昨年行われたレイリア魔法大会に、アイシィはセレナやモーナたちとともに出場していた。
優勝できると踏んで出場した大会は、優勝はおろそかすぐに敗退することになってしまう。その時の相手は、優勝したセナビア魔法学園の代表だった。
セレナたちは負けたことに悔し涙を浮かべていたのだが、アイシィは悔しいという感情よりも、セナビアの代表が強かったから、仕方がないという気持ちのほうが強く、泣くことができなかった。
しかし今は違う。今は自分のことを信じて賭けてくれたセレナとモーナのためにも勝ちたい。その気持ちは、今までアイシィになかった気持ちだ。
だからこそ、絶対にこの魔法を行使して見せる。アイシィは心にそう誓った。
「………魅……雪…………雪羅……」
アイシィが詠唱を始めだしてすぐ、炎の塊が大爆発を起こした。
ズド―――――ン。
セレナの全魔力による爆発は壮絶なもので、あたり一帯はまるで灼熱地獄のようになっていた。
リリィの攻撃によって湿っていた地面は、すでに乾燥していて、湿り気など感じられない。空気は高熱によってゆらゆらと揺れている。
セイヤたちの行使した防御魔法は、『光壁』二枚を残して消し飛んでいた。
しかも二枚目の『光壁』はボロボロのため、実質残っているのは『光壁』一枚だけ。
もし『光壁』による防御力の相互上昇がなければ、今頃セイヤたちは消し炭になっていたであろう。
そして、アルセニア魔法学園史上でも類を見ない戦いは、いよいよ佳境に入るのだった。




