第66話 リリィの力(大人版)
モーナは壁に衝突しながらあることを感じていた。
それは、セイヤたちが強すぎると。単純に力の差があるとか、連携の上手さとかではなく、もっと根底にある戦いへの意識が、自分たちとは違うと感じていた。
確かにユアの無詠唱や、技術も上手いのだが、それよりも前に、この戦いに負けたら自分が死ぬという覚悟が感じられた。
それはリリィも同じだ。先ほどまでは、ただ自身の持つ強大な力を単純に使っていた感じだったが、姿が変わった今は、力の使い方にうまさが出てきている。それはまるで、何かを守らなくてはという覚悟だ。
モーナの感じていることは正しい。
ユアは、セイヤと出会う前、正確にはフレスタンの上級魔法師一族の計画に巻き込まれる以前までは、戦いにそのような覚悟はなかった。しかしセイヤと一緒にダリス大峡谷を進むうちに、戦いに対する考え方が変わった。
ユアはダリス大峡谷で命を懸けの死闘を繰り広げ、挙句の果てには一度死ぬという体験をしている。そのため、無意識にどのような戦闘においても勝たなくては死ぬ、という意識があった。
それは大人版のリリィも同じである。かつてダリス大峡谷の最深部で過ごしていた頃は、自分がこの場所を守るという覚悟をもって戦っていた。
だがセイヤに負けて以降、私がもう一人のリリィを守らなくてはならないという思いが生まれた。
その覚悟は、戦いにも反映されている。以前のリリィであったなら、水の筒にモーナを追い込むと、弄ぶように攻撃をしていた。しかし、今のリリィは勝利への執着心が強かったため、すぐに攻撃へと転じることができた。
このように、二人の戦いには確かな覚悟があった。実はセレナとアイシィも、モーナと同じように感じている。
相手の三人は、自分たちとは根本的に違う戦いをしていると。
そして、今まで自分たちの戦いが、まるで遊びだったかのような気持ちになった。その気持ちが、今まで「三人で最強」と言われていた三人を、さらに進化させる。
「セレナ、アイシィ」
「わかってる」
「わかってます」
「では、行きましょうか」
「ええ」
「はい」
「「「私たちの戦いを!」」」
それは、三人が初めて本気の三人で戦おうとした瞬間であった。
「じゃあ私からいくわ。二人とも援護よろしく」
セレナが両手の魔装銃に手に走り出す。そして魔装銃の先端にある赤い魔晶石が光り出し、火属性の魔力弾を撃ち出した。
狙うはセイヤとユアの二人だ。二人は魔力弾を防ぐ際、必ず武器で防ぐ。それはつまり、一瞬だけ胴体に隙ができることだ。セレナはその隙を狙っていた。
魔力弾がセイヤとユアに向かって直進する。
「お前の魔力弾はすでに見切っている」
「単純……」
セイヤとユアはセレナの撃った魔力弾を、各々の武器で弾こうとした。この時すでに、ユアの武器はユリエルに戻っている。
しかし直進してくる魔力弾を防ごうとした刹那、魔力弾がまるで野球選手の変化球のように曲がった。
そして曲がった魔力弾が、まるでスライダーし、セイヤとユアの側面を襲う。
「ちっ」
「これは……」
二人はすぐに確信する。魔力弾を変化させた犯人がモーナであると。
モーナはセレナの魔力弾に対して『風道』を行使し、魔力弾の軌道を変化させたのだ。だがこれは、モーナにとっての博打だった。
なぜなら、『風道』は発動対象の重さや大きさを事前に設定しておく必要がある。それはつまり、今のモーナはセレナの魔力弾と同じ重さで、同じ大きさのものしか操れないということだ。
「リリィ」
「はーい。任せてね」
セイヤは己に迫る魔力弾に対し、足だけに光属性を流し込む『単光』を行使して、回避する。ユアも同様に、『単光』を行使し、回避した。
セイヤに指示を受けたリリィは、すでに攻撃態勢に入っていた。
「ウォータースネイク」
行使された魔法は、リリィの右腕を複数の水の蛇に変え、複数の水の蛇がくねくねと蛇行しながらモーナに迫る。
蛇行しながらモーナに迫る水の蛇は、まるでリリィの意思で進んでいるようだ。それもそのはず。なぜなら水の蛇は、リリィの指をベースに変形させて作られたのだから。それは単純に腕が伸びたという感じだ。
モーナは迫ってくる水の蛇を見ながら、にやりと笑みを浮かべる。
「あまいですよ。『テンペスト』」
直後、リリィの行使した水の蛇は、何かによって撃ち消された。リリィは自分の指を吹き飛ばした何かを探す。そして、地面に転がるあるものを見つけた。
そこにあったのは、太陽の光を反射させている複数の弾だ。
弾の大きさはセレナの魔力弾と同じぐらいに見える。おそらく重さもセレナの魔力弾と同じであろう。
「これは氷ね?」
リリィは即座に理解した。目の前に転がっている氷の弾は、アイシィが作り出したものだと。
アイシィはセレナの魔力弾を氷でコピーすることにより、モーナの風道の設定を変える手間話省かせたのだ。
通常、魔力でできたものを氷で完全にコピーして作り出すことは不可能だ。
なぜなら魔力で作るものの質量や大きさは、魔法師のその時のモチベーションや体調によって変化するから。
完全に意識していないと、毎回同じ質量や大きさのものを作ることはできない。だがそんなことを毎回意識する魔法師などいない。
意識して魔法発動を遅らせるくらいなら、大雑把でもいいから魔法発動速度が速い方がいいに決まっている。
しかし今回の場合は違う。セレナの作り出す魔力弾の一つ一つが、寸分の狂いもなく同じだったのだ。
なぜなら、そうしなければ、モーナの『風道』を通すことはできないから。セレナの魔力弾はモーナの『風道』を通る前提で作られている。それは同時に、魔力弾の質量と大きさがわかっているということだ。
質量と大きさがわかっていれば、アイシィにも氷での再現が可能だった。
「氷で再現したのね」
「正解です」
その声はリリィの背後からした。リリィがとっさに後ろへ振り向くと、そこには氷でできた片手剣を手にするアイシィの姿が。
自分に迫ってくるアイシィに対し、リリィは元に戻っている右腕だけを向けて魔法を行使する。
「ウォーターキャノン」
「テンペスト」
そこでモーナが『テンペスト』を発動する。しかし、リリィはモーナのことを気にかけない。この時すでに、モーナが『風道』で操るものがないとリリィは確信していたから。
リリィの確信は正しかった。だが、モーナの狙いは『風道』による攻撃ではない。直後、モーナのことを無視してアイシィに攻撃をしようとしたリリィに異変が生じる。リリィが急に顔をしかめながら、バランスを崩したのだ。
これこそがモーナの狙いだった。頭と右腕だけが後ろを向いている今のリリィは、重心が安定していない。それに気づいたモーナは、ただの突風で、リリィのバランスを崩したのだ。
バランスを崩したリリィの撃ち出したウォーターキャノンは、当然ながらアイシィには当たらない。アイシィはそのままバランスを崩して尻もちをついているリリィに二本の氷の剣で斬りかかる。
「勝った」
アイシィは尻もちをついているリリィを見て、勝負が決まったと確信した。それはリリィも同じであった。
上から迫ってくるアイシィの剣を見ながら、自分の負けを確信する。この状況では、魔法を発動しようにも遅い。避けようにも、これもまた遅い。
(私の負けね……)
自分の負けを覚悟する。
(まだ終わりじゃねーよ)
(えっ?)
そんな時、リリィの頭の中で声がした。直後、リリィの頭上に黄色い壁が出現し、アイシィの剣を防ぐ。
リリィの頭上に出現した黄色い壁は、もちろんセイヤの行使した『光壁』だ。
(決めろ、リリィ!)
(ありがとうセイヤ君)
セイヤに助けられたリリィが、すぐに立ち上がる。そして同時にセイヤの行使した『光壁』が解かれ、アイシィが勢いを失って落ちていく。
アイシィは体制を立て直そうとしたが、『光壁』によって。完全に勢いを殺されており、自由落下に身を任せるしかない。
自由落下に身を任せながら、落下してくるアイシィ。そんなアイシィに対し、リリィが勝負を決めに行く。
「水妖精の剣『ニンフ』」
体を半回転させながら、リリィは落下してくるアイシィに掌底を打ち出す。しかし、リリィの手からは、何も撃ち出されなかった。そしてアイシィにも異変は見られない。
だれもが失敗かと思った。しかしその矢先、アイシィに異変が訪れる。
アイシィが地面に着地して、リリィに剣を向けようとしたとき、突然アイシィが倒れたのだ。
「アイシィ?」
モーナがアイシィのことを呼ぶが、返事はない。返事どころか、動く様子さえ見せないアイシィ。
「アイシィに何をしたの?」
モーナがリリィに質問する。
アイシィに外傷はないし、攻撃を受けた様子もなかった。先ほどのリリィの攻撃は不発のはずだ。だというのに、アイシィは急に倒れ、意識を失っている。
いったい何が起きたのかモーナにはわからなかった。
「さあね」
だがリリィは答えない。答える義務がないから。
実は先ほどのリリィの掌底は、ちゃんとした攻撃で、成功していた。不発などではなく、リリィの攻撃はしっかりとアイシィに届いていたのだ。
たしかにアイシィに外傷はないが、体の内部までは無傷とはいかない。リリィの行使した魔法は、対象の内部に存在する水分を揺らすという魔法だ。
人間の体の半分以上が水分である。つまり体内の水分を揺らせられるということは、体の半分以上を揺らされるということになる。
これにより、アイシィは体内の機能が異常を起こし、動けなくなっていたのだ。
「人の心配より自分の心配をしたらどうかしら? もうあなたに氷の弾を作ってくれる子はいないわよ」
「きっ……」
リリィは新たな魔法を行使すると、リリィの後方に水が集まりだし、水の球体を作り出していく。そして水の球体が開き始め、大きなドラゴンが姿を現す。
「ゲドちゃん。終わりよ」
リリィがゲドちゃんこと水のドラゴンで、モーナへと襲い掛かった。




