第64話 モーナの頑張り
時は少し遡り、セレナがセイヤに対して『アトゥートス』を行使しようかと考えていた頃。
ユアたちもまた、激しい戦闘を繰り広げていた。モーナが風を操りナイフを飛ばし、攻撃をするが、ユアはそのナイフを叩き落す。
ユアがユリエルでナイフを叩き落しているところを狙い、アイシィが氷の弓でユアを攻撃しようとするが、リリィの水がそれを阻止する。
「お姉ちゃん!」
「まかせて」
ユアが持っていたユリエルを手放すと、同時にユリアルを生成し、光属性の魔力でできた矢をアイシィに向けて放つ。
アイシィはユアに向かって矢を放ったばかりのため、まだ新たな矢を作ることができていない。
ユアはアイシィに向かって、一本の矢を放った。光属性の魔力でできた矢が、一直線でアイシィに向かって直進する。
しかし一本だけなら避けられると確信したアイシィは、横に跳んで回避しようとした。しかし次の瞬間、アイシィは言葉を失う。
なぜなら、放たれた矢は一本のはずだというのに、アイシィの視界には無数の光属性の矢が存在していたから。
そしてそのすべての矢が、アイシィに向かっていた。
「どうして」
飛んでくる矢を見ながら考えるアイシィ。ユアが放った矢は確かに一本のはずだった。そしてその矢は分裂や増殖をしている様子もなく、本当に、ただの一本の矢だった。
それこそがアイシィの誤算だ。
ユアの放った矢は確かに一本で、分裂や増殖はしていなかった。しかし、魔力でできた矢は、空気抵抗を受け、魔力の粒子を落としていたのだ。
ユアはその落ちていく魔力の粒子を媒体に、新たな矢を作った。だが、魔力の粒子を落としていくだけなら、いろいろな方向から矢が飛んでくることはできない。
そこでユアが利用したのが風だ。
モーナはナイフを空中で操るために常時無秩序な風を発生させている。
ユアはその風に魔力の分子を乗せ、スタジアムのいろいろなところに飛ばしていた。これにより、ユアはまるでスタジアム全体から矢を放ったかのようにしたのだ。
しかしそんなことを知らないアイシィは、焦って冷静さを失う。いくら学園最強の生徒会と言っても、自分たちと対等な相手を相手に戦った場数が少ない。
そして、今まさに、無数の光の矢がアイシィを今にも襲おうとする。
「これで終わり……」
ユアが勝利を確信した時だった。今まで無秩序に発生していた風が急に止み、直後、まるで重力が増すかのような感覚がユアとリリィを襲う。そしてユアの放った無数の光の矢も、アイシィに当たる直前で地面に落下していた。
犯人はもちろんモーナだ。
「『重陣風』。そんな簡単にアイシィはやらせませんよ」
「ありがとうございます。モーナ先輩」
「いいのよ。気にしないで」
重力と言っても、純粋な重力をモーナが扱えるわけがない。モーナが行ったのは、自分が現時点で操れるすべての風を、上空から地面に垂直に吹かせることにより、疑似的な重力を発生させたのだ。
「それよりアイシィ、セレナの援護に行ってあげてください。ちょっと厳しそうですから」
「わかりました」
モーナはセレナの最強の攻撃魔法が破られるところを見ていた。そのため、セレナの精神状態を考えて、アイシィに援護に行かせる。
だが、理由はもう一つあった。それはモーナの個人的な不安である。
モーナはセイヤたちと初めて会った時から、セイヤに根拠なき警戒感を覚えていた。別に何か危害を加えられてわけでもないのに、直感的に危機感を感じていたのだ。
それはセイヤの中に、何か得体のしれないものがあるような感覚。
そのため、この決勝戦においてもセイヤは最優先で倒すべきと考えていた。少しの間なら、自分がユアとリリィを止めることができる。だから、その間にセイヤを倒してほしいと、モーナは願った。
「いいの……? 行かせて……」
「大丈夫ですよ。少しの間なら、私が一人で何とかできますから。それに私はお姉さんですし」
「なめられてる……」
「ひどい!」
「うふふ」
モーナはこの時、すでに二つのミスを犯していた。
一つはセイヤばかりに警戒をしていて、ユアとリリィたちのことを舐めていたこと。そしてもう一つは、そのことを二人に言ってしまったことだ。
モーナの発言は三人をやる気にさせるには十分だった。
「リリィ……いくよ……」
「うん!」
ユアは再びユリエルを生成して、光属性の魔力を纏わせる。リリィはさらに水を生成して、自分の後方に先ほどと比べて二倍の水の塊を作る。
モーナもそんな二人を見て表情を変えた。その表情には先ほどと比べて、余裕がない。
「『ハリケーン』」
先に動き出したにはモーナだった。モーナは杖に魔力を流し込み、魔法を行使する。しかし、先ほどと変わった様子はなく、風を無秩序に発生させているだけだった。
ナイフは依然としてモーナの後方で回転している。
「私が突っ込むから、リリィは援護をお願い……」
「わかった!」
ユアは警戒はしながらも、足に光属性の魔力を流し込み、一気に加速した。そしてそのまま、ユリエルでモーナのことを貫こうとする。
「させません」
しかし、モーナも黙っているわけがない。自分の後方で回転しているナイフを、ユアに向かって飛ばす。
だがユアはすでにモーナのナイフ攻撃は見切っていた。ユアは飛んでくるナイフをユリエルで弾きながら、モーナへと迫る。しかしモーナへあと一メートルというところで、突如痛みがユアのことを襲った。
「??」
ユアの加速が止まり、その場に倒れこむ。モーナはその隙を逃さないとばかりに全ナイフをユアに向かって放った。
だがナイフは水の壁によって防がれ、ユアに届くことはない。
水の壁は、ナイフを防ぐとそのまま、倒れこんでいるユアのことを包み込み、後方にいるリリィのもとへ運ぶ。
「お姉ちゃん?」
「大丈夫……ありがとうリリィ……」
リリィは慌てて水からユアを引き出して呼びかけた。幸いユアの傷はすべて急所を外れていたので、リタイヤすることはない。
しかしリタイヤしなかったからと言って、問題の解決にはなっていない。
モーナのナイフが今までは前からしか飛んでこなかったというのに、さっきは後ろから飛んできた。後方から飛んできた理由がわからないのでは、加速による接近戦が行えない。
「いったいどうやって……」
ユアのつぶやきに、なんとモーナが答えた。
「教えてあげましょうか、『ハリケーン』の力を。先ほどまで私が使っていた『テンペスト』、つまり嵐です。嵐は普通の風より威力が高いですが、まっすぐにしか吹きません。
今まではそれで勝てましたが、あなたたちは違います。なので『ハリケーン』、つまり竜巻を使わせていただきました。
嵐と竜巻の違いを知っていますか?」
その問いを聞き、ユアはすぐに理解した。
「風の方向……」
「正解です。嵐の風は大規模な範囲を一方向にしか吹けません。しかし、竜巻は小規模ですが、その分回転ができる。つまり風が全方角から同時に吹くことができるということです。
これにより、今まで弾かれたナイフは一度回収してからではないと使えなかったのですが、同時方向から操れるようになったことで、その必要はなくなった」
自分に隙はないと言いたげなモーナ。それはあながち間違ってはいなかった。
モーナに近づこうとすれば、ナイフが飛んでくる。そのナイフを弾いたとしても、今度は後ろから襲ってくる。
つまり、モーナに近づけば近づくほど、弾くナイフが増える。つまり後方から襲ってくる方向が増えるということだ。
(これで少しは持つはずです。二人とも早くあの男を倒してください)
余裕な表情を見せるモーナだが、内心ではかなり焦っていた。
『ハリケーン』は『テンペスト』よりも高度な魔法のため、消費魔力が多い。なので、戦闘が長期化すればするほど、モーナがきつくなる。
モーナは少しでも膠着状態を保とうとした。それにモーナにはまだ保険がある。
「リリィ」
ユアが何やら、リリィに耳打ちをした。
「わかった!」
「何でしょうか? 作戦でもあるのですか?」
「作戦ならある……今からあなたを倒す……」
「そうですか」
ユアの表情からはある種の確信が見て取れるのだった。




