第63話 『アトゥートス』
何千回も口にした詠唱は、スムーズに出た。
セレナが魔法を行使する。
両手の魔装銃に魔力を流し込み、魔装銃をセイヤに向け、引き金を引く。今回の弾は単発の弾ではなかった。撃ち出されたのは赤いレーザー。
赤いレーザーが撃ち出された直後、一気に枝分かれして、ジグザグに広がり始める。
そして枝分れしながら広がっていくレーザーが、急に屈折して、そのすべてがセイヤに向かって直進し始める。その数はざっと二万。
二万ものレーザーが、一気にセイヤに向かい、さらに枝分かれしながら降り注ぐ。そしてレーザー一つ一つが、高熱を帯びていた。
「まじかよ……」
セイヤはその魔法を見て、絶句するしかなかった。この時、セイヤの頭の中にはこの魔法を回避するためのいくつかの選択肢が浮かんだが、そのほとんどが闇属性関係のため、すぐに排除する。
そして残った選択肢のうち、最善の選択肢を選択する。
「あまり使いたくなかったが、仕方ない。『纏光』」
セイヤの身に、光属性の魔力が纏われる。しかし、それで終わりではなかった。
「限界突破」
次の瞬間、セイヤの視界から色が消える。モノクロになった世界で、セイヤは二万ものレーザーを見据えた。
光速で迫ってくるレーザーに対し、セイヤは神速の速さで立ち向かう。ホリンズに水属性の魔力を纏わせ、レーザーに触れさせていく。
セイヤは自分に被弾するのであろうレーザーをすべて沈静化させると、息を吐いた。これにより、セイヤは『アトゥートス』を回避した、はずだった。
しかし次の瞬間、レーザーが地面にぶつかる直前で、急に直角に曲がると、そのままセイヤの方に向かってきたのだ。
「おいおい、追尾型かよ……」
セイヤの言う通り赤いレーザーは追尾型だった。
一瞬、『闇波』を行使したいという誘惑に襲われたセイヤだったが、もちろんそんなことはしない。セイヤはレーザー一つ一つにホリンズを当て、そのすべてを沈静化させた。
時間にしたら三秒も経ってはいないだろう。しかしセイヤには十分ほどに感じられた。
二万を超えるレーザーを沈静化させたセイヤは、『纏光』を解き、神速世界から普通の世界に戻ってくる。そして今起きたことを、認識できたものは、この会場には一人もいなかった。
「なっ……何が起きたのか……」
ニルスは固まっている。それは観客たちもである。
しかしそれも無理はない。セレナが光速のレーザーで攻撃をしたかと思えば、次の瞬間になる前には、セイヤが消え、レーザーも消えていたのだから。
そして、セイヤは立っていた場所から数十メートル離れた位置に移動しており、セイヤの足元からは大きな焦げた線が引いてあったのだから。
「いったい、何をしたの?」
セレナが茫然としながらセイヤに問いかける。自分の行使した魔法は、光速で活性化しながら増えていく奥義であり、この技を止められるはずはなかった。
しかしその技を無傷で防いだセイヤ、セレナが言葉を失うには十分だった。
「さすがに二万は多すぎだろ」
一方のセイヤは、自分のやったことよりも、二万に対しての愚痴を言う。
「ははっ、あははははははははははははははは」
セイヤの言葉を聞き、セレナは壊れたように大声で笑い始める。
セイヤは自分の最強の技を破っただけでなく、その数に対して愚痴を言ったのだ。セレナ自身も何本のレーザーがあったのかは大体の感覚でしか知らなかったのに。
セイヤの異常さに、セレナは笑うことしかできなかった。
「どうやら俺の勝ちみたいだな」
セイヤがホリンズでセレナにとどめを刺そうとする。だがその時、
「まだ終わらない」
突如、セイヤの前に水色の短髪の少女が現れる。アイシィだ。アイシィは氷でできた双剣を構えていた。
「いいのか? ユアを放っておいても」
「問題ない。そっちはモーナ先輩が引き受けてくれる」
セイヤがモーナのほうを見ると、そこにはユアとリリィが一緒になって、モーナと戦っていた。
「なるほどな。そう来たか」
「そう。だからあなたの相手は私」
「そうか」
セイヤはセレナのことを一端忘れ、目の前のアイシィと戦闘を始める。アイシィは右手の双剣をセイヤの顔に向けて突いてくるが、セイヤはそれをホリンズで内側から強くはじく。
これにより、アイシィは大きく右にバランスを崩してしまう。しかしその顔に焦りはない。
アイシィは右に倒れこみながらも、左手に握る氷の双剣を鎌に作り替え、そのまま倒れていく勢いでセイヤの首を刈ろうとした。
「そんなことはわかっている」
セイヤは氷の鎌がくることを予想したかのように、後ろに倒れこみながら、氷の鎌を避ける。と同時に、右手のホリンズをアイシィの顔めがけて投擲した。
だが、投擲されたホリンズは氷の壁によって防がれてしまう。
ホリンズが防がれると、セイヤは新に右手に新たなホリンズを生成した。今更ホリンズを生成したところで、観客は召喚魔法としか思わない。バジルは知らないが。
アイシィは投擲されたホリンズを防ぐと、そのまま回転し、氷の双剣に作り直す。そして倒れこむセイヤの腹部を目指して、双剣を突き出した。
「『光壁』」
だがセイヤは、アイシィの攻撃を『光壁』を行使して防ぐ。そして氷の双剣が『光壁』にぶつかった衝撃、砕けた。
「隙があるぞ」
「くっ……」
倒れこみそうになるセイヤは、左手を地面に突き、その左手を軸にしながら右足でアイシィの左わき腹を蹴る。
左わき腹を蹴られてアイシィはそのまま飛ばされて、地面に倒れこんだ。
「いい連続技だが、まだ甘い」
「それは違う」
「何?」
アイシィは何かを確信したかのように笑った。
「動かないで」
セイヤの後方から、凛とした声が響く。セイヤの後ろには、先ほどまで茫然自失としていたセレナが、セイヤの頭に魔装銃を突き付けていた。
「先ほどまでは、演技だったのか?」
セイヤは先ほどまでの茫然自失が演技ではないと知っていたが、一応聞いてみる。
「違うわ」
「ほう、ではどうやって立ち直った?」
「思い出したのよ」
「思い出した?」
それが何かセイヤにはわからない。
「ええ、私たちは三人で最強。たとえ一人で勝てなくても三人でならってね。そして、それを思い出させてくれたのはアイシィよ」
「なるほど」
セレナは確かに先ほどまで茫然自失としていたが、自分がやられる直前、後輩のアイシィが駆けつけてくれた姿を見て、思い出したのだ。
自分たちはチームであり、三人で一つの最強だと。
そしてセレナのことを忘れているセイヤに、隙ができるのを伺っていた。
「それで、なぜ撃たないんだ?」
セイヤの疑問はもっともだ。もしこの試合が本当に命をかけた戦いならわかるが、撃たれても命に関係のない試合で、不意打ちをしないのは、ある意味勝つ気のない侮辱行為である。
「聞きたいことがあるからよ」
「聞きたい事?」
セレナにはセイヤの力の強さの謎が知りたかった。
「あなたは何者? あの力は何?」
「あの力?」
「ええ、あの瞬間移動みたいな技よ。あんな魔法、見たことも聞いたこともないわ」
「別にお前の知識がすべてではないぞ?」
「そういう問題ではないわ。あの技は魔法というよりも技に近い。しかもほとんど体術に近い。
あんなことができるならとっくに十三使徒になっていてもおかしくない。でもあなたは学生をしている。
なんであなたみたいなのが学生をしているの? あなたはいったい何者なの?」
セレナは自分の恥を承知でセイヤに聞いた。もしセイヤの力の秘密を知ることができれば、自分はもっと強くなれるかもしれないから。
「私も気になります」
いつの間にかセイヤの胸付近に氷の剣を突き立てるアイシィ。アイシィもセイヤの力の秘密について気になっていた。
はたから見れば、セイヤのことを仕留められそうなセレナとアイシィが、仕留めることを躊躇っているように見える。
もし観客が正常なら、罵声などが飛んでいてもおかしくない。
しかし現在の観客たちは目の前で行われている異次元な戦いに、言葉を失っており、発することはできなかった。だから観客は固唾を呑んで試合を見ている。
数名は言葉を発することはできたが、その中には罵声を飛ばすほど品の低い者たちはいない。そのうちの一人であるバジルが、静かにセイヤたちを見守っていた。
「さあ、何のことかわからないな」
「とぼけないで! 応えないなら撃つわよ!」
セイヤの答えに声を荒げて魔装銃をセイヤの頭に突きつけるセレナ。それに伴い、アイシィも剣を強く握りなおし、いつでも刺せるというオーラを出す。
「最終勧告よ。答えなさい」
「それで殺れると思ってのか?」
「えっ……」
セイヤがセレナのことを睨む。その眼には明確な殺気が含まれており、セレナは一瞬怯む。セレナが怯んだのは、セイヤから放たれた殺気だけではなく、威圧感もだ。
セイヤの纏う雰囲気が、先ほどとは打って変わり、とても冷酷になっている。セイヤの変化に怯む二人。
そして、その一瞬の怯みを逃すセイヤではない。
セイヤは右ひじを後ろに思いっきり上げ、セレナの魔装銃を吹き飛ばすと、同時に左手にホリンズを生成してアイシィの氷の剣を砕く。
武器を失った二人はセイヤのことを睨む。しかし、二人の意識はすぐにほかの場所へと向けられた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
二人の視界に入るのは、吹き飛ばされるモーナの姿。セレナとアイシィはすぐに駆け出し、モーナのことを受け止めようとしたが、モーナはスタジアムの壁に激突してしまう。
「モーナ?」
「モーナ先輩」
二人が駆け寄る
「大丈夫。ちょっと油断してだけ」
モーナの視線の先には、白を基調とした大きなハンマーを持つユアと、大人バージョンになって妖艶な笑みを浮かべているリリィの姿があった。
 




