第60話 謎の炎
めらめらと燃えている炎だが、アルナを傷つけている様子はなかった。
豹変したアルナが、右手に持つ刀に火を纏わせるが、その火は先ほどとは違っていた。禍々しいほど赤く光る火は、炎といったほうが似合っている。
アルナはセイヤのことを視界にとらえるとにやりと笑った。
(来る……)
セイヤがそう思った次の瞬間には、アルナの姿はセイヤの目の前にあった。
そして、右手に握る刀でセイヤに襲い掛かる。セイヤはホリンズでその刀を受け止めようとするが、刀とぶつかり合った瞬間、ホリンズが砕けた。
アルナの刀そのままセイヤの首を斬る勢いで振り下ろされる。その時、セイヤはアルナの左目に宿る炎を見た。
(ゲドちゃん!)
セイヤの首を今にも斬りそうなアルナを、リリィが作ったゲドちゃん(本名限界まで強化した水のドラゴン)が体当たりで吹き飛ばす。
しかし、同時にゲドちゃんは蒸発して消えてしまった。
(助かったリリィ。ありがとな)
(うん! でもあれって……)
(ああ、あれはアルナじゃないな)
(じゃあ?)
(乗っ取られているな)
セイヤはアルナの左目を見た際に確信した。アルナの左目には炎が宿っていたが、その炎が、炎だけでなく、中にほかの存在があったことを。
飛ばされたアルナが立ち上がり、セイヤのほうを睨む。その時、大きな爆発音がスタジアムに響く。
二人が爆発音のほうを見ると、そこにはユリアルで何かを放った後のユアが立っていた。そしてコニーが光の塵となってリタイヤする。
どうやらユアは透明なバリアに守られていたコニーのことを、ユリアルでユリエルを射る『ホーリー・ロー』を使い、貫いたらしい。
たしかにあの技なら、硬化した雷獣も貫けたため、コニーを倒せても不思議ではなかった。
「さすがだな、ユア……」
セイヤはユアのおもいっきりの良さにあっけをとられていた。
まさか学園であの大技を使うとは思っていなかったから。ちなみに、コニーがリタイヤしたことにより、『無音世界』は強制解除され、世界に音が戻っている。
「終わった……残るのはあと一人……」
ユアがセイヤの隣に来て言う。しかし、アルナの姿を見たユアは、すぐに表情を変えた。
「セイヤ……あれは?」
「わからない。ただ強敵だな」
「たしかに……」
ユアは手元にユリエルを生成しながら、うなずく。セイヤもホリンズを生成して光属性の魔力を纏わせる。
こうなってしまえば、魔法を隠している余裕などない。
まるで二人が武器を生成するのを待っていたかのように、アルナが再び襲い掛かってくる。
セイヤは光属性の魔力を纏ったホリンズで、アルナの攻撃を受け止める。
「お前は何者だ?」
セイヤは攻撃を受け止めながらもアルナに宿る何かに聞く。答えを期待していなかったセイヤだが、アルナに宿る何かはセイヤの問いに答えた。
「さあ、何者だろうな。ところで、貴様は闇の力は使わないのか?」
「お前、なぜそれを……」
なぜ闇属性を知っているのか、セイヤは疑問に思った。現時点でセイヤが闇属性を使えることを知っているのは、ユアたちアルーニャ家の人間と、十三使徒のバジルだけ。
それ以外の者は、知らないはずだ。だが、アルナに宿る何かが言う。
「ふん、闇を使わないと、俺には勝てないぜ?」
「なるほど。闇属性を使えば、お前を倒せるのか」
「だが、使ったら一瞬で終わりだぜ?」
「知るかよ」
セイヤはアルナから離れると、『閃光』を行使した。しかし、対象はアルナではなく、観客に。
観客は急に結果外に『閃光』が行使されたため、反応できずに視界を失う。セイヤはその隙に、ホリンズに纏わせる魔力を光から闇に変えた。
観客が視界を失っているのは長くとも三十秒。セイヤは『纏光』を使い、一瞬で勝負を決めに行く。
「どうやら闇属性が苦手なのは、本当らしいな」
「貴様……」
「ユア、リリィ、あいつを拘束してくれ。そしたら俺がとどめを刺す」
「わかった……」
「うん!」
ユアはユリエルに光属性の魔力を流し込み、アルナに接近する。しかしアルナは、炎を纏った刀でユアに斬りかかる。
「『炎神破』」
次の瞬間、ユアに向かって炎の塊が落ちてくる。ユアはその炎の塊を避け、『聖槌』を行使しようとした。しかし直後、ユアの立っていた地面が急に崩れる。
バランスを失ったユアが、その場で膝をつく。その隙を逃さんとばかりに、アルナが再び『炎神破』を行使した。
しかし、アルナの行使した『炎神破』はユアに当たる直前で、跡形もなくに消滅する。もちろんセイヤの『闇波』によるものだ。
「ついに使ったか」
「当たり前だ。お前の弱点だからな」
観客の目が見えない今なら、セイヤは心置きなく闇属性を使える。
と言っても、あまりにも強力な魔法を使えば、教師陣たちが感知してしまうリスクがあるため、初歩的な闇属性魔法しか使えない。それでも、闇属性の有無はかなり大きい。
セイヤはそのままアルナに向かって『闇風』を行使する。セイヤから放たれたかまいたちが、アルナに襲い掛かるが、アルナは防御を選択する。
「『炎神の舞』」
直後、アルナを中心に眩い炎が渦を巻く。『闇風』が炎の渦に防がれる。
「足りないか」
「大丈夫……」
そのとき、セイヤの後ろから声がした。そこにはユリエルを矢に、ユリアルの弓弦をひくユアの姿があった。ユリエルの先端には、白い光が渦を巻いている。
「ホーリー・ロー」
ユアがユリアルの弓弦を離すと、聖なる光を纏ったユリエルが、アルナに向かって螺旋回転をしながら飛んでいく。
アルナは飛んでくるユリエルを一瞥すると、静かにつぶやいた。
「無駄なことを。『炎龍の息吹』」
突如、突風がユアに向かって吹く。その風は、かなりの熱を帯びており、飛んでくるユリエルを溶かしてしまう。
そしてその風が、今度はユアの柔肌を焼こうと吹き荒れる。
しかし、そんなことは当然、婚約者が許さない。
「『闇波』」
セイヤはユアに襲い掛かる熱風を物質ごと消滅させる。
それにより、風の吹いた場所から物質が消え、気圧差によって再び突風が吹く。だが先ほどと違い、ただの風だ。といっても、勢いは相当強かった。
ここまでで費やした時間は約十八秒。もうそろそろ、観客の中で視界を取り戻す者が出てくるかもしれない。
アルナは不意の突風に、反応できず、目を瞑ってしまう。そんなアルナを見たセイヤが笑みを浮かべる。
「リリィ、いまだ!」
「わかった! 『水牢結界』!」
リリィの叫び声とともに、水がアルナのもとに集まり、アルナのことを拘束していく。
「無駄だ。さっきから貴様の水はすべて蒸発させている。こんなものもすべて蒸発させて……」
たしかに先ほどから、リリィの攻撃はすべて炎により蒸発させられていた。だが、そんなことはリリィにもわかっている。
「知っているよ! でも、この場所にある水すべてを蒸発させるのと、セイヤに斬られるのなら、どっちが先かな!」
「なに!?」
そこでアルナは気づいた。周りの地面が、湿ったり、ところどころに水たまりがあることに。
その水たちは、この試合でリリィが使った魔法が弾かれた残り水だ。
弾かれた水は、そのまま地面に広がり浸透していた。また、空中にはアルナが蒸発させた水蒸気がある。そして現在、このスタジアムの湿度はかなり高い。
そして水であれば、リリィには簡単に操れる。
アルナが水を蒸発させても、拘束は決して解けない。
「セイヤ!」
「ああ、終わりだ」
『纏光』を最大にしたセイヤが、ホリンズにまとわせる闇属性の魔力も最大にして、アルナに斬りかかる。
そしてそのまま、ホリンズをアルナの胸に突き刺し、アルナに宿る謎の炎だけを消滅させる。
謎の炎は最後に、「また会うことになる」と言い残して消えた。謎の炎から解放されたアルナは、そのまま光の塵になってリタイヤする。
アルナのリタイヤにより、決勝ブロック一回戦の勝者はセイヤたちになったのだが、アナウンスが流れない。それもそのはずである。
なぜなら、ちょうどその頃、『閃光』によって視界を失っていた観客たちがやっと視界を取り戻したのだから。
観客たちは急に閃光したと思ったら、視界を取り戻した時には試合が終わっており、どうなったのか理解していない。
「えっと……決勝ブロック一回戦終了。勝者登録番号86」
「「「「「「「おっ、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」」」」」
遅れて流れたアナウンスに、観客たちが歓声を上げる。
最後は何が起きたかわからなかったが、近年まれに見る好ゲームで、全員が興奮していたのだ。
一方、スタジアム上部にあるVIP席では。
「失礼します」
銀髪長髪の男が部屋の中に入ると、中には青い髪の眼鏡の男とスカーレット色の髪をした筋肉質な男がいた。
「これは、これはバジル殿。よくぞいらっしゃいました」
ザッドマンが低姿勢でバジルに挨拶をする。しかしバジルはザッドマンを無視し、レオナルドのもとへ行く。
「レオナルド殿、あれは一体どういうことですか?」
「あれとは?」
「とぼけるのですか。あの少女に取り付いたもののことです」
「はて、何のことやら」
「レオナルド殿!」
バジルは知っている。アルナに宿った炎が、レオナルドと契約する精霊だということを。しかし、レオナルドは知らないふりを通す。
VIPルームでは、険悪なムードが漂うのであった。




