第58話 無音世界
「『無音世界』」
コニーの言葉を最後に、世界から音が消えた。
(これは……)
(セイヤ……)
セイヤは急に世界から音が消えたことに気づく。ユアも同様に気づき、セイヤのことを呼ぶが、言葉がでない。
否、言葉が出ないのではない。厳密にいえば、ユアは言葉を発することはできている。しかし、その発した言葉が空気中を伝わり、セイヤの耳に届くことができなかったのだ。
ほかの音も同じく、音を生み出せているのだが、伝わることができない。
これこそが、アルナたちの奥の手である『無音世界』だ。『無音世界』は、コニーの持っていた魔導書を犠牲にして初めて発動できる魔法だった。
そのため、今のコニーは丸腰だ。
それに気づいたリリィが、コニーに襲い掛かる。
(ウォーターキャノン!)
リリィから撃ち出されたウォーターキャノンが、コニーに襲い掛かる。しかしウォーターキャノンはコニーに当たる直前、空気中で弾けて、飛び散った。
それはまるで、空気中に見えないバリアが張ってあるかのようだ。
(ウォーターレーザー!)
リリィは攻撃方法をウォーターキャノンからウォーターレーザーに変え、再びコニーに攻撃をする。
ウォーターレーザーはウォーターキャノンよりも大きさを抑えることで、貫通力が高まる。そのバリアが『音の盾』であるならば、貫通できるはずだ。
しかしウォーターレーザーも見えないバリアに当たると、そのまま散ってしまう。
(嘘……)
リリィは自分の攻撃が貫通せず、弾かれたことに絶句する。しかし、固まっている時間を許してくれるほど、決勝ブロックは甘くはない。
固まっているリリィに向かって、アルナが走り出し、刀で斬りかかろうとする。リリィはとっさにウォーターシールドで防ごうとするが、間に合わない。
けれども、アルナの刀がリリィに斬りかかろうとする瞬間、アルナの刀を小さな剣が弾く。セイヤだ。
セイヤはアルナが走り出すと、すぐに光属性の魔力を足に流し込み、加速し、リリィを守ったのだ。
アルナはセイヤに刀を弾かれたが、そのままセイヤに斬りかかる。セイヤは再び左手のホリンズでそれを防ぐ。
しかし、そんなセイヤのことを右側から大きな斧が襲う。グレンの斧だ。
グレンの斧は風を纏っており、切れ味が上がっているように見える。その斧が、セイヤの右わき腹に狙いを定めて、振られた。
セイヤはとっさに右手のホリンズで防ごうとするが、自分の右手のホリンズがないことに気づく。
(しまった……さっき投げてから回収するのを忘れていた)
セイヤが先ほど投擲したホリンズは、アルナの後ろの地面に突き刺さっている。セイヤは迫りくるグレンの斧に対し、新たなホリンズを『聖成』で生成しようと考えたが、すぐにその考えを捨てる。
仕方がないので、セイヤは制服の右わき腹に光属性の魔力を纏わせ、防御力を上昇させた。
(耐えてくれ)
セイヤの制服の耐久性が上昇するが、その程度で切れ味の増したグレンの斧を防ぎきることはできない。ダメージを覚悟するセイヤ。グレンの斧がセイヤの制服に触れ、いとも簡単に切り裂く。
(ちっ)
制服を切り裂いた斧が、セイヤの胴体に斬りかかろうとした。しかしその瞬間、空から無数の光の矢が降ってくる。
グレンとアルナはその矢をよけるため、セイヤから離れる。
光の矢はセイヤの頭上に振ってきたが、セイヤには一本も当たらなかった。セイヤが自分の後方を見ると、そこには弓のユリアルを持ったユアの姿が。
ユアと目が合い、感謝の意を送るセイヤ。そしてセイヤはすぐにホリンズを拾って構える。
ユアはユリアルを消し、レイピアのユリエルを生成すると、そのままアルナに襲い掛かる。アルナはユアの攻撃を刀で受け流し、後ろに下がり始める。
その直後、ユアの背後から風を纏った斧が襲い掛かるが、セイヤのホリンズがそれを止める。
まるでセイヤが守ってくれると知っていたかのように、ユアは背後を気にせずアルナに攻撃を続けた。
アルナは刀でユリエルを弾くと、魔法を行使する。
(『火斬』)
アルナの刀が火を纏い、ユアに襲い掛かる。
(『光壁』)
しかしユアの前に光の壁が展開し、アルナの『火斬』を防ぐ。それでもアルナは続けざまに『火斬』を連続行使した。
一方、グレンは斧の纏った風を飛ばし、『風刃』でセイヤに襲い掛かった。セイヤはその『風刃』をホリンズで斬りながら防ぐ。
この攻防を見ていた観客たちは皆、この試合のレベルの高さに驚いていた。なぜなら、無音の中で魔法をどんどん行使しているから。
通常、魔法師が魔法を行使する際は、詠唱が必要になる。その詠唱は口に出して発する必要はないのだが、そうすると、詠唱を心の中で唱えつつ、魔法のイメージも頭の中でする必要が出てくる。
しかしそれは難しい。だから多くの魔法師は、詠唱を口に出しながら魔法をイメージしていた。
だが、無音の世界では詠唱を発しているつもりでも、実際は耳で聞くことができないため、本当に詠唱があっているのか、不安になる。
その不安が戦闘中にあっては、ワンテンポ遅れて致命的なスキを生むことになってしまう。
アルナたちは当初、このことを予想して、魔晶石を武器に合成していた。だからもしこの技を使えば、相手は魔法を発動できないと踏んでいた。
しかし、ユアはその影響など微塵も感じさせない様子で戦闘を続けている。想定外の事態に、アルナは手段を変えた。
アルナはグレンに視線を送ると、アルナの視線に気づいたグレンはうなずく。そして再びセイヤに『風刃』を行使する。
だが、今回の『風刃』はセイヤに当たらず、後ろへと飛んでいった。
セイヤはとっさに、自分の背後にいるユアが狙われたと思い、ユアの名前を呼ぶが、音のない世界では聞こえるはずもない。ユアはそんなセイヤに気づく様子もなく、アルナと戦闘を続けていた。
ユアの背中に『光壁』を行使しようとしたセイヤ。しかし、『風刃』はセイヤの予想とは違い、ユアにも当たらず通り抜けていく。
疑問に思うセイヤだったが、すぐにその狙いが分かった。『風刃』の向かう先には、『火斬』を行使しているアルナの姿があった。
それが成功したら、一大事だ。
(間に合え!)
セイヤは急いで魔法を行使した。
そしてアルナは、グレンから飛ばされてきた『風刃』に、『火斬』をぶつける。
次の瞬間、ユアとセイヤを中心に、大爆発が起きた。




