第56話 始まる決勝ブロック
「以上が彼の情報になります」
部屋の中には、青い髪の眼鏡をかけた男、ザッドマンと、スカーレットの髪をした筋肉質の男、レオナルドの姿があった。
ザッドマンは、レオナルドに頼まれていたセイヤの情報を調べ、レオナルドに報告しているところだ。
報告を聞いたレオナルドが、座っていた椅子から立ち上がり、難しい顔になる。
「ご苦労。それにしても彼がセナビアでそんなに地位が低かったとは」
レオナルドは目を細めながら、窓の外を見る。レオナルドの視線の先には、決勝ブロック一回戦のために準備をするセイヤの姿があった。
現在、レオナルドとザッドマンがいるのは決勝ブロックが行われる、学園の敷地内にある大きなスタジアムのVIP席だ。
VIP席はスタジアムを一望できるようにと、上のほうに設置されていたので、レオナルドたちはセイヤたちを見下すような形になっていた。
「信じられませんが、ろくに魔法も使えなかったそうです」
「そんな男がうちに来たときは、教師陣を気絶させるほどの力をつけていると」
わけのわからないことに困った顔をするレオナルド。
それはレオナルドの後方で控えているザッドマンも同じだった。ザッドマンはセイヤについての資料を見ながら、レオナルドに問いかける。
「ところで、なぜ彼が転校という扱いではなく、新規の生徒という扱いになっているのでしょうか?」
ザッドマンの質問に困ったという顔をするレオナルド。ザッドマンの言う通り、レイリア王国の魔法学園に入学した場合、その時点で教会から学籍が発行される。
その学籍は、レイリア王国内共通の学籍のため、転校の際は教会を通してその学籍を新しい学園に移動させなくてはならない。しかし、セイヤは学籍の移動はせずに、新規の学籍を作っていた。
「それに関しては、ライガーが申請したことだからわからない。だが、新しい学籍取得の際、昔のあいつの学籍が無くなっていたそうだ」
「それはつまり、教会内に彼の協力者が?」
ザッドマンの顔が驚愕に変わる。
教会の人間は、皆が王国のために働くのが当たり前といった考えを持つ人たちが採用される。そのため、採用試験はかなり過酷なものになるが、その分、職員の信頼が大きい。
そんな職員が、一個人の事情に対して不正を行うとは考えられなかった。その考えはレオナルドも同じだ。
「わからん。あいつの協力者なのか、またはライガーの協力者なのかは。ただ、いえることは警戒が必要ということだ」
レオナルドは再びセイヤのことを見据える。
「この大会で、本性を現すのか、ですね……」
ザッドマンもレオナルドと同じく、セイヤのことを見据える。
そんな二人の視線に気づきながらも、セイヤは無視して目の前の相手を見ていた。
セイヤの目の前には、セイヤがよく知る三人がいる。
オレンジの髪をしたアルナ、黒い短髪のグレン、黄色い髪に眼鏡をしたコニー。セイヤたちの決勝ブロック一回戦の相手は、教室でセイヤのご近所さんだった三人だ。
「いや~、まさかいきなりセイヤ君のチームと当たるとは」
アルナが砕けた口調で話す。その姿には試合前だというのに緊張感がまったくなく、とてもリラックスしている感じだ。そんなアルナに、警戒をするセイヤ。
「俺も驚きだよ。まさか、お前らと当たるとは」
「意外とすごいだろ?」
セイヤの発言に、笑いながら答えるグレン。
グレンもアルナ同様、緊張した様子もなく、とてもリラックスしている。しかしその手には大きな斧が握られており、戦闘準備は万端と物語っていた。
コニーはというと、二人の後ろで立っているが、二人とは違い、緊張している様子だ。
コニーはローブを着ており、その中には何を隠し持っているが、なにかはわからない。コニーを警戒のまなざしで見据えるセイヤ。
「試合を始めます。選手は所定の位置についてください」
アナウンスが流れ、セイヤたちはスタジアム後方へと下がる。それはアルナたちも同じであった。
「二人ともいいな? 作戦は昨日言ったとおりだ」
「うん……」
「わかっている!」
セイヤの問いかけにうなずくユアとリリィ。そして、決勝ブロックの始まりを告げるアナウンスが流れる。
「それでは試合開始」
試合開始のアナウンスと同時に、セイヤとユアがスタジアム後方から駆け出す。目指すはアルナとグレンへの先制攻撃。
「ホリンズ」
「ユリエル」
セイヤはホリンズを召喚し、ユアはユリエルを生成して、そのままアルナたちに駆け寄って攻撃をする。二人は駆け出すと同時に、足に光属性の魔力を流し込み、一気に加速した。
それは常人なら反応できない速さだ。仮に反応できたとしても、詠唱をする時間がないため、魔法は使えず、生身で防御に徹するしかない。
これがセイヤたちの考えた作戦である。
決勝ブロックは予選ブロックとは違い、広大な森ではなく、大きなスタジアムだ。そのため、見つけるや見つかるといった概念は存在せず、力と力のぶつかり合いになることが多い。
そうなってくると、セイヤたちは集団戦よりも個人戦のほうが戦いやすい。といっても、二人の先手に反応できるものがいない場合は開始直後に三対一となってしまうのだが。
「もらった」
セイヤはホリンズでアルナを、ユアはユリエルでグレンを狙う。
アルナとグレンは反応こそできても、その攻撃を防ぐことはできない。よってセイヤとユアの先制攻撃が決まる、はずだった。
「『音の盾』」
セイヤとユアの手に衝撃が走る。何かによってホリンズとユリエルはアルナとグレンには届かず、空中ではじかれてしまった。
セイヤとユアはすぐさま追加攻撃をしようとするが、攻撃しようとした瞬間、まるで頭の中をかき混ぜられるような感覚を受けて、バランスを崩す。
それと同時に、アルナは刀で、グレンは斧で、二人に攻撃を加えてきた。だから二人はすぐに後方へと回避する。
「今のは音か。だが二人は反応できても詠唱はできなかったはずだ」
「セイヤ、あれ……」
ユアが指をさした方向にはコニーがいた。しかし先ほどのローブは消えており、手には辞書のような本が開かれている。
コニーの持っている本を見たセイヤの顔に汗がにじみ出た。
「あの本、補助具か」
補助具、本当の名前は魔法発動補助用具。名前の通り、魔法発動の際の補助具である。この補助具を使えば、詠唱無しに魔法を発動できるという代物だ。
魔晶石という詠唱を保存できる石を原料に作られる道具で、詠唱を保存できる数はその補助具を使う際に使われた魔晶石の量によって決まる。
単純な初級魔法なら魔晶石も少量で済むが、上級魔法になってくるとかなりの量が必要になり、保存が難しい。
しかも扱いがとても難しく、詠唱を保存するまでは簡単なのだが、その魔法を無詠唱で発動するのはかなりの難易度になるため、使うものはあまりいない。
「そうみたい……でもあの本だと……」
「ああ、軽く中級魔法が三個は保存できるな」
「うん……」
「仕方ない。リリィ、コニーはお前に任せた」
「わかった!」
セイヤは後方で待機していたリリィにコニーを任せる。リリィは初めて参戦を許されて、やる気満々だ。
「水トラ!」
リリィが水を生み出して、水のトラを三体作り出す。そしてその三体の虎で、コニーに襲い掛かった。
コニーを守ろうと、アルナが水トラのことを迎え撃つが、セイヤがアルナに攻撃をして、邪魔を許さない。グレンはユリエルで襲い掛かるユアの対応で動けない。
そんな状況の中、コニーは魔導書のほかのページを開き、魔法を行使する。
「『音の弾』」
コニーの展開した魔法陣から、大量の空気砲が打ち出されて、水トラに襲い掛かる。リリィはその空気砲に対して水のレーザーを使い、弾きながら水トラを守った。
水のレーザーによって弾かれた空気砲は、観客席に飛び込みそうになるが、スタジアムに貼ってある結界がそれを許さない。
だから観客席に座る生徒たちは安心して試合を見られる。
「あの子、すごくね」
「無詠唱であんな強力な魔法が……」
「訓練生よね!?」
「でもかなり強いぞ」
観客席から、魔導書を使っているコニーに対抗するリリィに注目が集まる。常識的に考えれば、訓練生が決勝ブロックに出ているのも異常だが、相手と拮抗しているのはさらに異常だ。
「ウォーターキャノン!」
リリィが水トラの後方から、大きな水の大砲を二発撃つ。コニーは魔導書をめくり、防御用の魔法を展開した。
「『音の盾』」
コニーはサウンドバリアでウォーターキャノンを防ごうとするが、バリアはリリィの攻撃受け止めきれずにひびが入る。
それに気づいたコニーは驚きつつも次の手を打つ。
「くっ、『音の盾』、『音の盾』、『音の盾』、『音の盾』」
コニーは続けざまに四回の『音の盾』を行使した。
これにより、五重の『音の盾』が完成する。リリィのウォーターキャノンは『音の盾』を四枚は破ったが、五枚目は破れず、そのまま消えた。
ウォーターキャノンが消えると同時に、五枚目の『音の盾』が砕ける。
しかし、リリィの攻撃はこれで終わりではない。
最初に放った水トラが、無防備なコニーに襲い掛かる。コニーは慌ててサウンドバリアを行使しようとするが、間に合わないと察する。そこでとっさにほかの魔法を行使する。
「『共鳴震』」
次の瞬間、リリィの放った三体の水トラが弾けて、水になり地面へと散らばった。
観客は何が起きたのかわからなかった様子で固まる。
リリィも何が起きたのか、理解できなかったが、新たな攻撃を繰り出す。両手を地面につき、リリィは魔法を行使した。
「荒波!」
地面から水が噴射して、大きな波が生み、コニーに襲い掛かった。




