第54話 ナーリの家
ナーリの家は、喫茶店から歩いて二十分ほどのところにあった。灰色の塀に囲まれた三階建ての屋敷が、ナーリの家のようだ。
ユアの家よりは狭いが、レイリア王国では普通に広い部類に入る家であり、屋敷は白を基調としてシンプルであったが、どこか住みやすそうな雰囲気を醸し出している。
ナーリは玄関から家の中に入っていき、セイヤたちもナーリの後に続く。セイヤたちはナーリについて行き階段を上ると、そのままリビングのようなところへと出た。
「あら、ナーリ。おかえりなさい」
「ただいま、ママ」
リビングに入ると、そこにはソファーに座る赤い髪の女性がいた。
年はユアの母親であるカナと同じくらいの感じがする、どこか優しそうな女性。どうやら女性はナーリのお母さんのようだ。
確かに髪の色や、瞳の色はナーリと同じで、目元や纏う雰囲気もどこかナーリに似ていた。
「そちらの子たちは、お友達?」
「うん。学園の先輩と友達だよ」
ナーリの母がセイヤたちの方を見る。その目には、ただ見るだけでなく、自分の根幹を見られているような感じがしたが、嫌な感じはしない。
「初めまして。ナーリの先輩のキリスナ=セイヤと申します。此度は急な訪問申し訳ありません」
「いいのよ、そんなにかしこまらなくても。ナーリのお友達ならいつでも来て、構わないから」
セイヤの固い態度を笑いながら見ているナーリの母。セイヤに続いてユアが挨拶した。
「セイヤの妻のユア=アルーニャです」
「ユ、ユア!?」
「何?」
セイヤがあわててユアのことを止めるが、ユアはどこか変な点でもあった? と言わんばかりの顔でセイヤのことを見る。
「妻じゃなくて婚約者だろ」
「変わらない……」
「あらあら、若いのね。アルーニャって言うと特級魔法師一族ね。それに婚約者。あなたが最近噂になっている特級の婚約者だったのね、キリスナ=セイヤ君」
「ええ、まあ」
セイヤは特級の言葉が出て、先ほどとは違う雰囲気を纏う。先ほどまでは学園の生徒と言った感じの雰囲気だったが、今は特級の一族といった感じの雰囲気だ。
「なるほどね」
ナーリの母は、そんなセイヤの変わりようを見て、何かに納得したようにうなずく。
「ナーリの友達のリリィです!」
そして固くなった空気が、リリィの挨拶によって一瞬で吹き飛ぶ。リリィは元気に自分の名前を言った。
「あなたがリリィちゃんね。話はナーリからいつも聞いているわ。この子ったら、いつもリリィちゃんの話ばっかりで」
「ちょっと、ママ」
ナーリが家でのこと言われ、焦って母親のことを止める。こういうところは年相応の感じであったナーリに、セイヤは笑みを浮かべた。
「ふふっ、これからもナーリのことをよろしくね」
「うん!」
ナーリの母からナーリのことを頼むと言われ、うれしそうに返事をするリリィ。そんなリリィを、セイヤとユアは笑いながら見ていた。
「自己紹介がまだだったわね。私はナーリの母のモカよ。よろしくね」
「ママ、今日は先輩たちに去年の学園選抜決勝ブロックの資料を見せるから」
「わかったわ。三人ともゆっくりしていってね」
セイヤたちがモカにあいさつを済ませると、ナーリによって自分の部屋に連れて行かれる。
どうやら自分の母親とセイヤたちをあまり一緒にしたくないらしい。
ナーリの部屋は、リビング出て階段を上った三階にあった。三階にはドアが五つあり、ナーリの部屋は階段を上って、すぐのところの部屋だ。
「どうぞ」
セイヤたちがナーリの部屋に入ると、ナーリの部屋には可愛らしいものがたくさんあり、セイヤは普通に女の子の部屋といった感想を覚えた。
ナーリは部屋に入るとベッドに座り、セイヤとユアはテーブルの近くに座る。そしてリリィはベッドの上、つまりナーリの隣に座った。
「さっきは母がすいませんでした」
ナーリが申し訳なさそうに謝ってくる。
「気にするな」
「いいお母さん……」
「そうだよ!」
三人は気にした様子もなく、ナーリに言葉をかける。
「失礼します」
そんな時、部屋にメイド姿の女性が入ってきた。
メイド姿の女性は、オレンジジュースを四人分と、お菓子をテーブルに置き、ごゆっくりと言い残して、部屋から出ていく。
どうやら彼女はこの家の使用人らしい。セイヤがそんなこと考えていると、リリィが早速ジュースを飲んでいた。
「それでは、ここで待っていてもらえますか。今、資料を取ってきますから」
ナーリは資料を取りに行くため、部屋から出ていこうとする。しかし部屋から出ていこうとするナーリのことを、セイヤが呼び止めた。
「あっ、ナーリ。トイレを貸してもらえるか?」
「はい、部屋を出てつきあたりです」
「わかった」
セイヤとナーリは部屋を出て、ナーリは二階へ、セイヤはトイレへと向かう。
トイレは階段とは反対方向にあるため、セイヤは三階の一番奥へと進む。つきあたりと言われた通り、トイレはつきあたりにあった。
セイヤはそこで、用を足すときにあるものを発見する。それはトイレの中に飾ってある一枚の絵画だ。
「すごいな」
セイヤが感嘆した絵画には、火の鳥が描かれていた。
火の鳥が台地から飛び立とうとしているシーンなのだが、絵画だと言うのに、今にも動き出しそうである。絵だと言うのに、まるでそこで生きているかのような火の鳥に、セイヤは見とれていた。
セイヤは少しの間、絵画を見ていたが、トイレから出てナーリの部屋へと戻る。しかしセイヤは簡単にはナーリの部屋に帰ることができなかった。
「あっ! あなたは……」
急にそんな声がして、セイヤは声の主を見る。
するとそこには、きれいな赤髪をツインテールにして、トパーズのような瞳をした少女がいた。
「ああ、生徒会の……」
セイヤは少女のことを見て、必死に名前を思い出そうとするが、なかなか名前が出てこない。名前を思い出そうにも、生徒会やロリコンなどの単語しか出ず、なかなか思い出せなかった。
しかし幸い少女が再び名前を名乗ってくれた。
「生徒会副会長セレナ=フェニックスよ。キリスナ=セイヤ」
「ああ、そうだった」
セイヤの前にいた少女は、アルセニア魔法学園の生徒会副会長である、セレナだった。




