第43話 ミスコン
セイヤが客席に着くと、周りにはたくさんの観客がいた。
その人数はざっと五百は超えており、すでに席は埋まっていた。セイヤは立ち見になるかと思ったが、そのとき一か所を中心に空いているエリアを見つける。
そのエリアは、席が空いているにもかかわらず、誰も近づかない。なぜか皆、あえて立ち見を選択する。
空席の中心を見たセイヤは、中心にいる人物に見覚えがあった。
「あいさつって、ミスコンの事か、ライガー?」
「セイヤか。ユアとリリィはどうしたんだ?」
空席の中心にいたのは、特級魔法師で、ユアの父親でもあるライガー=アルーニャ。
観客たちは、ライガーが特級魔法師と言うことで、距離を取っていたのだが、セイヤは気にせずライガーの隣に座る。
ライガーの隣に座り、タメ口で話すセイヤの姿を見た観客たちは、一斉に背筋を凍らせた。
一部の客は「なにをやっているんだ、あの餓鬼!?」、「死にたいのか!?」、「馬鹿か!?」などと言っているが、セイヤには聞こえてない。
「二人ならこのミスコンに出ているよ」
セイヤは周りを気にせず、ライガーの質問に答える。
「そうか。目当てはメロンパンか?」
「まあな。ところでメリナはどうしたんだ?」
「あいつなら金を渡したから、祭りを見物しているよ」
「なるほど」
どうやらメリナは祭りを満喫しているらしい。
ところで、なぜライガーがここにいるのか、セイヤは気になっていた。いくら挨拶だからと言って、ミスコンを見るであろうか? それに、ライガー程の人間が見るのであれば、客席じゃなく、来賓用の席があるはずだ。
「ここにいるのは仕事か?」
「まあな。優勝者が攫われる可能性があるから、その警戒だ」
「なるほど、特級の抑止力か」
「そんなところだ」
どうやらライガーは人攫いに対して、特級魔法師がいるという抑止力らしい。実際、ライガーはアクエリスタンだけでなく、王国全土でも知られる魔法師だ。抑止力にはもってこいである。
二人がそんなこと話していると、ついにミスコンが始まった。
参加人数は全部で九人。その中にはもちろんユアとリリィもいたが、二人のレベルは格が違っていた。正直ほかの参加者たちがかわいそうになるレベルだ。
そしてセイヤはあることに気付く。それはリリィの体が、いつもよりいろいろと大きいことだ。
なんと、リリィはいつもの美幼女ではなく、妖艶な雰囲気を纏う大人バージョンになっていた。
セイヤの視線に気づいたリリィは、セイヤの方を見ると、妖艶な笑みを浮かべる。そんなリリィに対してセイヤが苦笑いをしていると、司会の女性が大声で叫び始めた。
「さーて、今年もアクアマリンミスコン、通称「アマコン」をはじめまーーーーす」
「「「「「「「「「ウォァァァァァァァ」」」」」」」」」
司会の女性が開幕を宣言すると、観客たちの歓声がまるで地鳴りのように鳴り響く。
最初はインタビューのようで、左から順にインタビューされていく。
ユアは三番目、リリィが五番目だ。インタビューは参加の動機やら、メロンパンを狙っているのか、などが聞かれていた。
最初の二人のインタビューが終わり、ついにユアの番が来る。司会の女性がユアに質問を始めた。
「エントリーナンバー三番は、可愛い御嬢さん。名前はなんですか?」
「ユア……」
「ユアさんですね。なぜこのアマコンに参加したのですか?」
「婚約者のため……」
「えっ、婚約者がいるんですか?」
「いる……」
ユアの回答に会場がどよめく。司会のお姉さんも反応に困っているが、それ以上に、なぜか会場の雰囲気がおかしくなり始めていた。
「婚約者のためとは素敵ですね。ところで、そんな幸せな婚約者さんは会場にいますか?」
「いる……」
会場中の客が、誰だ? 誰だ? と周りを見るが、その目にはなぜか殺気がこもっている。
司会の女性は、そんな観客の様子などを気にせず、「どこですか?」とユアに質問する。すると、ユアは迷いなく、セイヤの方を指さした。
「セイヤ……」
「えっ!? あそこって、ライガー様の隣ですか!?」
「そう……」
司会の女性もだが、観客たちもセイヤの方を見る。そこにいたのはライガーの隣で、困った顔をしているセイヤの姿。
周りの観客たちのセイヤを見る目には、殺意やら殺気がこもっているが、幸いライガーが抑止力になっているため、襲ってくる観客はいない。
セイヤはこの時、心の中でライガーは便利だな、と思っていたが、それは決して口には出さない。
司会の女性は勇気があるのか、セイヤの方に向かってくる。
セイヤの隣のライガーを見ながらだが、確実に一歩ずつ、セイヤに向かってくる女性。そして、セイヤの前に来ると、お決まりの質問をした。
「こっ、婚約者さん! ユアさんに一言お願いします」
セイヤはそんなことを聞かれたセイヤは素直に答える。
「がんばれ、ユア」
「うん……」
セイヤがユアに応援メッセージを送ると、ユアはステージの上から満面の笑みで頷く。
その顔はとても可愛く、ユアの笑顔を見た周りの観客たちはセイヤに向かって怨念を送り始めるが、セイヤは気にしない。
ユアの番が終わると、次は四番の女性になる。四番の女性はユアの後で、とてもやりにくそうだったが、何とか頑張っていた。
そして四番目の女性のインタビューが終わると、次は大人バージョンのリリィの番だ。司会の女性はリリィにマイクを渡して、質問を始める。
「次は五番の方です。お名前はなんですか?」
「リリィよ」
「リリィさんは、なぜアマコンに参加したのですか?」
「愛する人のためかしら」
妖艶な雰囲気を纏いながら質問に答えるリリィの姿に、会場にいる男性陣たちは、心なしか全員が前かがみになっていた。
そしてほとんどの歓喜客たちがリリィの答えに、前かがみになりながらも、ユアの時と同様に、殺気のこもった目で周りを見る。
もちろん、リリィの愛する人を探しているのだ。
観客たちはセイヤに八つ当たりできなかった分、リリィの愛する人に八つ当たりしようと考えていた。
「愛する人とは、彼氏さんですか?」
司会の女性が質問を進める。
「違うわよ。もっと進んでいるわ」
リリィはステージ上で、妖艶な雰囲気を纏いながら回答している。立って見ていた観客たちの全員が、前かがみになっていた。しかし司会の女性は構わず質問を進める。
「もしかして、婚約者ですか?」
「それも違うわね」
リリィの答えに、首をかしげる司会の女性。
彼氏より進んでいて、婚約者ではないと言われ、答えは何か考えている。しかし、司会の女性は結局、答えがわからなかったようで、リリィに答えを聞いた。
「じゃ、じゃあ、ズバリどんな関係ですか?」
司会の女性の質問に、観客たちは静かに息をのみ、リリィの答えを待つ。そんな中、リリィは今まで以上に妖艶な雰囲気を纏って答えた。
「愛人よ」
リリィの答えに、司会の女性がフリーズした。それは会場にいる観客たちも同じだ。
唯一、セイヤがリリィに向かって困ったような顔をするが、リリィはまるで楽しそうに笑う。
「えっ?」
「だから愛人よ」
「愛人ですか? 婚約者じゃなくて?」
「仕方ないじゃない。愛人には婚約者がいるんだもの」
リリィの発言に、会場の観客たちは先ほど以上に殺気立つ。
その目には「こんな美女を愛人だと!? そんなふざけた男はどこだ?」という思いが込められており、おそらく見つかったら集団で襲われるだろう。
ということで、その愛人を探すことはやめるべきだとセイヤは思った。だが、司会の女性は馬鹿なのか、質問を続ける。
「その幸せな愛人さんはどこですか?」
なぜ聞いた!? セイヤは心の中で叫んだ。なぜなら、この後の展開がすでに予想できていたから。
リリィはニヤリと悪女のような笑みを浮かべると、静かにセイヤのことを指さした。
「あそこにいるユアちゃんの婚約者よ。ねっ、セイヤ君♡」
次の瞬間、会場の観客たち全員が狂戦士となって、セイヤに襲い掛かる。
「「「殺せ……殺せ……あいつを殺せえええ。このハーレム野郎ぉぉぉぉぉ」」」
そう叫びながら狂戦士となった観客たちが、セイヤに向かって突撃を始める。
セイヤは立ち上がると、全力で殴り掛かってくる狂戦士たちを見据えた。
そんな様子を見たライガーが、セイヤに言う。
「怪我させるなよ」
「ああ」
ライガーはセイヤの心配ではなく、会場の観客の心配をしていた。
セイヤは自分に向かって突っ込んでくる狂戦士たちを一瞥すると、魔力を錬成を始める。
「魔力解放」
セイヤがそうつぶやいた瞬間、狂戦士とかした観客たちが、その場で倒れ始める。そして、会場の観客たちが、セイヤとライガーを残し、全員気絶した。
セイヤが行ったのは、セイヤが転校初日に職員室で行った魔力解放だ。
といっても、解放した魔力量はセイヤの一割にも過ぎないため、怪我をすることはない。
一斉に気を失った観客たちを見て、司会の女性が困ったように言う。
「えっと、アマコンはどうしましょう?」
優勝者は会場の観客たちの投票によって決まるのだが、セイヤとライガー以外気絶してしまったため、総投票数は二票になってしまう。
そんな中ライガーが大声で言う。
「俺はユアに投票だ」
「じゃあ、俺はリリィに投票だ」
ライガーはユアに、セイヤはリリィに投票することを宣言した。
司会の女性は困ったように周りを見るが、二人以外は全員倒れているため、どうしようもない。
「えっと、優勝は三番ユアさんと、五番リリィさんです。優勝賞品のメロンパンは各自一つずつでどうぞ……これにて今年のアマコンは終了です。わーーーい……」
司会の女性は、どこかうつろな瞳で閉会を宣言する。
ユアとリリィは優勝賞品のメロンパンが貰い、うれしそうな表情を浮かべるが、他のエントリーした女性、特にインタビューもされなかった六番以降の女性たちは不満な顔をしている。
こうして、レイリア史上最少投票数のアマコンは幕を閉じるのであった。
「俺は後始末がありそうだな。セイヤは二人を連れて先に帰っていろ」
ライガーがそんなこと言う。
「悪いな、面倒事を押し付けて」
「気にするな」
「ありがとう」
ライガーに感謝しながら、ユアとリリィに合流するセイヤ。この時すでに、リリィは大人バージョンから子供バージョンに変わっていた。
その後、三人はライガーにいわれた通り、家に戻るのであった。
そして帰り道の途中、ユアとリリィが優勝賞品のクリーム入りのメロンパンを、セイヤに渡してくる。
「いいよ。二人で食べろよ」
「でもセイヤが欲しがっていた……」
「大丈夫だ。せっかくだし、ユアが食っとけ」
ユアは若干不満そうな顔をしてメロンパンを見る。そして、何かひらめいたような顔をして、メロンパンを半分に割る。そして片方をセイヤに渡した。
「これなら二人で食べられる……」
「ありがとな、ユア」
「うん……」
そう言い、セイヤはユアから半分メロンパンを貰う。
「リリィも半分あげる!」
「いいのか?」
「うん! だってセイヤのために獲ったんだもん!」
笑顔でメロンパンの半分をセイヤに渡すリリィ。
「ありがとな」
「うん!」
三人はクリーム入りメロンパンをおいしく食べながら、家に帰るのであった。
そんな三人の様子を遠くから見る男の姿があった。その男は、白い鎧をまとった長い銀髪の男性。
銀髪の男性の視線の先には、美少女のユアでも美幼女のリリィでもなく、二人の真ん中にいる金髪碧眼の少年が映っている。
「やはりまだ事件は終わっていなかったか。あの少年に、あの施設のことを聞かなければ」
そう言いながら銀髪の男、バジル=エイトは覚悟を決めるのであった。




