第42話 アクアマリン前夜祭
転校初日の夕食、セイヤたちはライガーに明日の予定を聞かれた。
「そう言えば、お前らは明日、何しているんだ?」
「なにもない……」
「だな」
「うん!」
明日は休日のため、特に予定のない三人。そんな三人に対し、ライガーがあることを提案する。
「それなら明日は街の中心部にでも行くか」
「中心部?」
セイヤが疑問を抱いていると、ライガーがすぐに答える。
「ああ、そろそろ水の巫女の祭り、アクアマリンだからな」
「聞いたことがある」
「まあ、有名だからな」
アクアマリンとは、毎年六月の終わりに行われる祭りのことであり、レイリア王国全土でも有名な祭りの一つだ。
セイヤはアクエリスタンで行われる祭りとは知っていたが、まさかこのモルの街で行われるとは思っていなかった。
祭りの内容は簡単に言うとパレードだ。
水の巫女への感謝の気持ちをパレードで示すという祭りで、たくさんの神輿がモルの街の大通りを進み、神輿の上では水属性魔法によるセレモニーなども行われる。
「でも、まだ先じゃないのか?」
セイヤの言う通り、アクアマリンにはまだ三週間近くあった。
「祭り自体はな。だがこの時期になると、屋台やショーなどが大通りで開かれるんだ。言ってみれば、長い、長い前夜祭という感じだ」
「ずいぶん、長い前夜祭だな」
ライガーの言う通り、この時期にはすでに屋台やらショーなどがあちこちに設置され、街の中心部が賑やかになるのだ。
「俺はいいが、二人は?」
「セイヤが行くなら行く……」
「リリィは行きたい! 楽しそう!」
「決まりだな」
そうして、三人は街の中心部に行くことが決まった。
翌日、セイヤたち三人は、ライガーに連れられてモルの街の中心部に来ていた。
ユアの母であるカナは家で用事があるということなので不参加。そのため、街の中心部に来たのはライガー、セイヤ、ユア、リリィ、そして使用人のメリナを合わせた五人だ。
街の中心部に着くと、早々にライガーが言う。
「俺はこれからお偉いさんへのあいさつがある。だからここでお別れだ。お前らは好きに遊んでいていいぞ」
「放置かよ」
セイヤが不満を漏らすが、ライガーは笑いながら言う。
「お前を信用しているからだぞ、セイヤ。ユアとリリィのこと、しっかり守れよ」
「そんなことは言われなくてもわかっているよ」
セイヤがそう言うと、ライガーは笑いながら「そうか」と言って、どこかへと行ってしまった。
残されたセイヤたちは、どうするかを話し合う。
しかし最初の目的地はすぐに決まった。
セイヤたちが最初に向かったのは、綿あめが売っている屋台だ。リリィが綿あめを見て興奮したためだ。
リリィは屋台の店主から綿あめを受け取ると、目をキラキラさせて、食べ始める。そしてユアもまた、美味しそうに綿あめを頬張っていた。
セイヤは嬉しそうに綿あめを頬張る二人を見て、笑みを浮かべる。
そんな時、セイヤの視線に気づいたユアが綿あめとセイヤを交互に見ると、綿あめを少しだけちぎり、セイヤの方へ差し出す。
「くれるのか? ありがとな」
セイヤはお礼を言って、ユアから綿あめを受け取ろうとしたが、ユアはなぜか手を引っ込める。
「違う、あーん……」
ユアはセイヤに綿あめを、あーん、をして、食べさせたかったのだ。
セイヤは大勢の人で賑わう中で、あーん、はさすがに恥ずかしいと思ったが、じーっと、こちらを見てくるユアの視線に負け、素直にユアの、あーん、に応じる。
「おいしい?」
「もちろん」
ユアがそんな質問をしてきたので、セイヤがもちろんと答えると、ユアは笑顔で再び綿あめを食べ始めた。
そんな二人の様子を見たリリィが、自分の綿あめをちぎり、セイヤの方へ差し出す。
「セイヤ、あーん!」
セイヤはリリィの、あーん、に対し、素直に応じて綿あめを食べる。
「セイヤおいしい?」
リリィの質問に、セイヤはもちろん肯定する。
「ああ、おいしかったぞ。ありがとな、リリィ」
「うん!」
リリィは満面の笑みで頷く。
そんな美少女と美幼女に囲まれてハーレムを作っているセイヤに対し、周りにいた男たちは嫉妬のまなざしを向けてくるが、セイヤは気にしない。
セイヤたちはその後、いろいろな屋台を周った。そしてその途中、セイヤがある看板に気付き、立ち止まる。
急に立ち止まったセイヤにユアが聞く。
「どうしたの……セイヤ……?」
「いや、懐かしいなと思って」
「なにが……?」
「あの看板だよ」
「メロンパン?」
セイヤの視線の先にあったのは、メロンパンが書かれている看板だった。しかし、それはただのメロンパンではなく、中にクリームが入っているメロンパンだ。
「セイヤ、メロンパンって何?」
メロンパンを知らないリリィが聞いてくる。セイヤは返答に困ったが、とりあえず答えた。
「おいしいパンだ」
「へぇ~」
どうやらリリィにはメロンパンが想像できないようだ。まあ、仕方のないことだ。
「懐かしいってどういうこと……セイヤ……?」
セイヤの懐かしいという発言に疑問を浮かべるユア。
「ああ、昔ウィンディスタンにいた頃、昼飯はいつもパン屋で食べていたんだ。そしてそこのパン屋が一か月に一回だけ、あんな感じのメロンパンを限定発売していて、俺はそれが毎月楽しみにしていたんだよ。
店主が俺の分はとっておいてくれたおかげで、毎月絶対食べることができたんだ」
それはセイヤの思い出。「ベイク・ジョン」では月に一回、クリーム入りメロンパンを限定三十個発売しており、その味は絶品だった。セイヤはそのメロンパンを毎月食べていた。
セイヤが限定発売の日に店に行くと、店主のジョンがメロンパンを二個特別に置いといてくれるのだ。そして、そのうち一つはセイヤが食べ、もう一つはエドワードの下にセイヤが届ける。
このメロンパンはセイヤもエドワードもお気に入りで、長年食べ続けてきた。しかしセイヤが拉致されて、アクエリスタンに来てから、当然ながら食べることはでない。
だからセイヤは看板を見て、懐かしいと感じていたのだ。
「セイヤはあれがほしいの?」
リリィがセイヤに訪ねる。
セイヤはつい本音を漏らしてしまう。
「まあな」
「じゃあ、リリィがとってきてあげるよ!」
セイヤが肯定すると、リリィは任せろと胸を張った。しかしセイヤはすぐにリリィのことを止める。
「リリィ、看板最後まで読んでみろ」
「えっと、ミスコン?」
「ああ、そうだ」
「なにそれ?」
看板には「ミスコン優勝者にクリーム入りメロンパンを二つプレゼント」と書かれているが、リリィは案の定ミスコンを知っているわけがなかった。
なので、素直に諦めるセイヤ。しかし、そんなセイヤに待ったをかける人物がいた。それはもちろん、セイヤの隣にいるユアだ。
「任せてセイヤ……」
「えっ、出る気か?」
「うん……セイヤのため……」
どうやらユアがやる気を出してしまったらしい。そしてユアがやると言ったら、もちろんリリィもやるというに違いない。
「リリィも!」
リリィもユアと一緒に出ると言い出すが、セイヤは何とか止めようとする。
なぜなら、こんな美少女二人が出ることになったら、当然、観客も増え、問題が発生するに決まっている。
セイヤは問題ごとを避けいため、何としても二人を止めようとする。しかし、セイヤの説得は無意味に終わるのだった。
「二人とも、当日エントリーはできないんじゃないか?」
「大丈夫……あそこに当日可能って書いてある……」
看板には「当日参加可能! 自分の美貌を見せびらかす時!」と看板に書いてあった。
「でも、時間かかりそうだし……」
「大丈夫! すぐに終わらせる!」
ミスコンが何かしらないリリィが、なぜか自信を持ってそう言った。
「セイヤ任せて……」
「任せて!」
ここまで言われてしまえば、セイヤも止めることはできない。
「わかったよ」
セイヤは止めることをあきらめ、二人に任せることにした。
その後、セイヤは二人の受付を済ませ、観客席に向かう。
ユアとリリィは待機室に連れて行かれ、着替えをさせられているらしい。一体どんなものを着せられるのか、セイヤは不安になるのであった。




