第40話 決闘
セイヤたちが昼食を終えて教室に戻ると、すでに二人以外の生徒たちが揃っていた。そして教段の上にはセイヤたちのクラスの担任であるヤユーナがいる。
ヤユーナはセイヤたちが自分の席に座ったのを確認すると、話を始めた。
「全員揃いましたね。それでは午後の訓練の説明をします。午後の訓練は決闘で、決闘の相手は自由です。相手に申し込んでください。申し込まれた人は嫌だったら、もちろん断っても構いません。
一人が決闘できる人数は二人まで、場所は訓練所、開始時間は十分後です。それでは十分後に訓練所に集合してください」
説明を終えたヤユーナは教室から退出し、先に訓練所へと向かう。
そしてヤユーナが教室から退出したと同時に、セイヤのもとへ二人の生徒がやってくる。親衛隊とファンクラブのリーダー的な少女と少年の二人だ。
二人はセイヤの前に来ると大きな声で言う。
「「私(俺)と決闘して(しろ)」」
「わかった」
うすうす予想していたセイヤは二人の申し出をあっさりと受け入れた。
「あなたをコテンパンにしてユア様を解放するわ」
「ユア様を解放するためにお前を倒す」
どうやら二人は、というより二つの団体は、いまだにユアが無理やりあんなことやこんなことをさせられていると、本気で思っているらしい。
アルセニア魔法学園の訓練所はセナビア魔法学園の訓練所とほとんど変わらない。
唯一、違いがあるとするならば、それは水路があるくらいだろう。
訓練所は水路に囲まれた中にあり、決闘は訓練所を十六等分した小さいスペースで行われる。一辺二十メートルの正方形に区切られているスペースの中で決闘は行われる。
担任であるヤユーナが細かな説明を終えると、ついに五時間目の授業が始まる。
セイヤは最初に六と書かれたスペースに入った。
セイヤの最初の相手は、親衛隊のリーダー的少女だ。セイヤが訓練所に入ると、少女は自己紹介を始める。
「私はユア様親衛隊隊長エレン=ナーベリア。上級魔法師一族だから、謝るなら今のうちよ」
昔のセイヤだったら、上級魔法師一族という言葉を聞いただけで、土下座を覚悟していた。しかし今のセイヤは違う。
暗黒領の魔獣を経験したセイヤにとって、上級魔法師一族など、恐怖に値しない。そしてそれは目の前にいる少女も同じ。
「あっそ」
「今に見てるといいわ。すぐにそんな態度取れなくなるわよ」
エレンは長い銀髪をふわりとさせてセイヤに向かい合う。そして戦闘開始の合図とともに、詠唱を始めた。
「我が氷の魂、今、我の手に『ブリス』」
次の瞬間、魔法を行使したエレンの右手に氷の剣が握られた。
氷の剣ブリスを握ったエレンは、そのまま武器も持たないセイヤに斬りかかる。
「はぁ!」
「遅い」
セイヤはエレンの攻撃に対し、バックステップでの回避を選択する。しかし直後、後ろに回避したセイヤを見たエレンはわずかながら笑みを浮かべた。
「氷の巫女、今、我が期待に応えよ。『氷化』」
次の瞬間、セイヤが着地しようとした地面が突然氷に覆われ、セイヤはバランスを崩してしまう。
エレンはニヤリと笑みを浮かべると、再びブリスでセイヤに斬りかかる。
「ちっ」
氷のよってバランスを崩したセイヤは、左手で氷の地面に着地し、そのまま腕力で体を持ち上げて、後ろに大きく回避した。
そんなセイヤの運動神経を見たエレンが言う。
「なかなかやるわね。でもそのままじゃ私は倒せないわよ」
エレンはブリスで再びセイヤに斬りかかる。
セイヤは先ほどと同じようにバックステップで回避をするが、エレンも先ほどと同じように『氷化』で地面を氷で覆って、セイヤのバランスを崩す。
しかしセイヤはこれまた同じように手を使い、腕力で後ろに大きく飛んで回避した。
セイヤの動きを見たエレンが不機嫌そうに言う。
「いつまで回避する気なの?」
「やっぱお前、その魔法を連続行使はできないんだな」
「へぇ、よく見ているわね。そうよ。だから何? あなたは避けてばかりで攻撃をしてこないけども、もしかして攻撃できないの?」
セイヤのことを挑発しようとするエレン。しかしそんな挑発に乗るほど、セイヤの実力は低くなかった。
「そうかもな」
「なら逃げられなくなるまで、追い続けるわ!」
エレンは再びブリスでセイヤに斬りかかるが、今度のセイヤの動きは、先ほどまでとは全く違っていた。
後ろに回避ではなく、紙一重でブリスを避けるセイヤ。それにより、エレンは『氷化』を使うことができない。なぜなら下手をすれば自分にも影響が出てしまうから。
すでにエレンの剣筋を完全に見切っているセイヤに、ブリスを紙一重で避けることは容易だった。そしてセイヤの回避に対し、エレンのストレスが溜まっていく。
「避けてないで攻撃してきたらどうなの?」
「攻撃する意味もないだろ」
「あなたね!」
エレンの剣筋がどんどんと荒々しくなっていく。そんなエレンのことを見たセイヤは、反撃に移った。
頭の上から大きくブリスを振り下ろすエレンに対し、セイヤは右に回避しながら、左手に光属性の魔力を纏わせる。そしてその拳をエレンのお腹に思いっきりくい込ませた。
ドスッ、鈍い音が響く。
光属性の魔力によって上昇したセイヤの腕力が、氷の剣を振り下ろした直後の無防備なエレンの体を襲った。
「終わりだ」
「うっ……」
セイヤの掌底を受けたエレンは、ぐらりと揺れて、意識を失う。エレンが倒れたことによってセイヤの勝利が決まった。
周りで二人の決闘を見ていた親衛隊のメンバーたちは、驚愕の表情を浮かべながら倒れているエレンのことを見つめる。
なぜならエレンはセイヤの所属するクラスの中でもトップクラスの実力を備えていたから。そんなエレンがセイヤに触れることすらできずに、負けてしまった。
誰も声が出ない。
その後、セイヤは意識を失っているエレンを担ぎ、決闘用のスペースから出る。そして驚愕の表情を浮かべながら固まっている親衛隊たちに、エレンのことを渡して、次なる決闘のスペースへと向かう。
セイヤが次の決闘が行われる訓練所に入ると、すでにファンクラブのリーダー的存在がセイヤのこと待っていた。
「俺はユア様ファンクラブ副会長ブリック=ステアシメール。上級魔法師一族の次男だ。もし、俺が勝ったらユア様から離れろ」
ブリックと名乗る男子生徒は、セイヤのことを睨みながらそう言った。そんなブリックに対し、セイヤが聞く。
「もし俺が勝ったら?」
ブリックはセイヤの質問に対してありえないと言いながら、笑って答える。
「ハッハッハ、万が一にそんなことはないが、もしお前が勝ったら今後、俺達ファンクラブはお前らに不干渉を誓おう」
「それはいいな」
「といっても、さっきのエレンとの決闘見ていたぞ。お前は回避するだけしか能がない男みたいだな。そんなやつに俺は負けない」
「そうか」
すでにセイヤに勝った確信しているブリックは、余裕な態度でセイヤのことを睨む。
エレンが負けたことには驚いたブリックだが、決闘の内容は魔法師の戦いというより、武人の戦いに近かった。そこでブリックはある仮説を立てた。
それは、セイヤが魔法を使えないのではないかという仮説。
確証などどこにもない単なる仮説だ。しかしブリックは、そんな仮説をいつの間にか事実に変えてしまっていた。
だから魔法がある自分が負けるわけがないと思っていた。
セイヤはつまらなそうにブリックのことを見据える。
婚約者であるユアに近づく二つの団体。親衛隊はまだ女子生徒たちだから許せるが、ファンクラブに所属する人間はユアに対して下心しかない男子たち。
セイヤにそんなファンクラブの連中たちを認める気はない。ユアはセイヤの大切な人であって、他の誰にも渡す気はない。特に男には。
だからセイヤは決めた。この戦い、一瞬で終わらせることを。
二人の間には十メートルの距離がある。
二人は試合開始の合図を静かに待つ。
静寂が二人のことを包み込み、周りで見ている生徒たちも息をひそめて二人のことを見つめている。
そして次の瞬間、試合開始の合図が振り下ろされた。
「我、火の加護の受ける……」
試合開始の合図とともに、ブリックが魔法を行使するための詠唱を始める。しかし次の瞬間、ブリックの首は一瞬にして胴体から落ちてしまった。
「!?」
そしてブリックは声を上げることもできず、光の塵となって消えてしまい、近くのシートの上に意識を失ったまま転送された。
一瞬の出来事に、周りで見ていた生徒たちが固まる。
それは今、目の前で何が起きたのかを理解できなかった驚きと、実力者であるブリックが負けたという驚きによるもの。
固まっているクラスメイトたちをよそに、セイヤは決闘用のスペースから出た。
セイヤが行ったことは至って単純な事だ。
開始と同時に足に光属性の魔力を流し込む魔法『単光』で脚力を上昇させ、ブリックに迫ると同時に無詠唱で召喚した双剣ホリンズを使い、ブリックの首を斬り落とした。
どれも単純な魔法だ。ただ、詠唱がないだけ。
これでセイヤの訓練はすべて終了した。
周りの生徒たちは、あちらこちらでセイヤの見せた実力について、いろいろと話していたが、セイヤは気にしない。
そんなセイヤに対し、ユアが近づいていく。
「お疲れ……」
「おう」
こうして転校初日の授業は幕を閉じるのであった。




