革命軍28
大天使ミカエルと名乗ったその存在は人間にしては余りにも異質で強烈な存在感を持っていた。対峙するだけでも息苦しさを感じるほどの存在はまさに人類を超越した存在と言っても間違いない。
これまで多くの敵と渡り合ってきたセイヤでさえもミカエルを前にすると息苦しくなってしまう。なぜ、このような存在がこれまで特級魔法師などという枠組みに捉えられていたのか理解することができないと思ったセイヤはわずかに後退りしてしまう。
この固有世界にはミカエルの他に自分しかいないために気づいていないが、もし普通の魔法師がこの場にいたならばミカエルの姿を見ただけで死に至るだろう。幸いなことにセイヤは自身が複雑化させたルールから逃れるために纏っていた夜属性の魔力がミカエルからの圧力を和らげているが、もし夜属性の魔力がなかったならばセイヤであっても無事には済まない。
ただ存在するだけで圧倒的な生物としての差を思い知らされたセイヤの表情は険しい。そんなセイヤを見てミカエルは呆れたように言う。
「我の姿を見て言葉を失ったか。だが、我を真の姿を目にして命を絶やさなかったことは誇っていい。その誇りを胸に消え去れ」
ミカエルがセイヤに向かって右手を差し出す。おしてミカエルがわずかに力を籠めると右手に白い炎が現れた。真っ白に燃え盛る白い炎は見る者を魅了するほど美しく、そして神々しかった。
それが魔法と似て非なるものということは魔法に精通しているセイヤにとっても十分理解できる。だからミカエルが固有世界に設定されたルールに関わらず、その力を行使できることにセイヤは驚かない。
「聖炎 渦状炎舞」
ミカエルの言葉とともにセイヤに向かって放たれた白い炎は瞬く間に広がっていきセイヤのことを飲み込もうとする。この攻撃に対してセイヤは大剣デスエンドを三回振り回し、夜属性の魔力が乗った斬撃を白い炎へとぶつける。
けれどもセイヤの斬撃は白い炎の勢いを鈍化させることはできても止めることができない。それに鈍化させるといっても大幅に動きを遅くするのではなく、むしろ広い目で見れば効いていないといった方が正しい。
これまでなら夜属性の魔力が乗った斬撃であらゆるものを消失させることができたセイヤであるが、その攻撃は斬撃を三発当てたところで効果は無かった。
防ぐことができないなら回避しようと上空に跳躍をしたセイヤ。すると白い炎はセイヤの足元をすり抜けて後方を一体を飲み込んで消えていく。
地面に降り立ったセイヤは大剣デスエンドを構えながらミカエルを睨むことしかできない。今の攻撃はミカエルがその気にあれば炎の軌道を変えてセイヤに追い打ちをかけることもできた。だがミカエルは追い打ちをかけなかった。
普通ならば何か理由があるのだろうと推察できるが、セイヤはミカエルが敢えて追い打ちをかけなかったのだと身に染みてわかっていた。ミカエルにとってみれば追い打ちをかけるもかけないも大差がないということである。
険しい表情のセイヤにミカエルが告げる。
「新たなルールを設定したところで我の力を封じることはできない。この力は人智を超越した力であり、人間如きでは力の一端も理解することはできない。理解できなければルールを定めることもできない」
セイヤの表情がよりいっそう険しくなる。自身の考えを読まれたこともそうであるが、それ以上にミカエルの力が理解を超越したものであると改めて知らされては為す術がない。
「その力……魔導か?」
魔導とは現代の魔法とは体系の異なる力のことである。三百年前に創造主ノアが君主として降臨していた時代に栄えた技術であり、その力は現代魔法とは一線を画している。
モルガーナによれば時を操る力など、現代の魔法では考えられないことが可能になるとか。それならば現代魔法に精通しているセイヤが理解できなくても不思議ではない。
しかしミカエルの答えは否であった。
「我の力を魔導と愚弄するか。あのような人類の扱う低俗な力と同一視されるのは些か不快というものだ」
魔導さえも低俗な力と言えてしまうミカエルにセイヤは為す術を持たない。得意の光属性や闇属性といった魔法はもちろん、聖属性や夜属性の力さえもミカエルの前には歯が立たない。これまで多くの敵を退けてきたセイヤの力が全て否定されてしまったのだ。
大天使ミカエル。間違いなく彼はこの人類に置いて最強の存在であろう。ミカエルを人類の基準で推し量っていい存在ならばの話ではあるが。
「さて、これ以上ここに留まるのも色々と不都合だ。この戯れに終止符を打とう」
ミカエルの言葉は紛れもない終戦を告げるものであった。もちろんセイヤの敗北をもって。
「聖炎禍 羅刹炎呪 破鬼」
何を言っているのか、それが何を意味しているのか、セイヤは微塵も理解できなかった。だが、ミカエルのやろうとしてることが自分の想像を超えた何かだということはわかる。そしてミカエルが自分の命を狙う都合上、それは自身に降りかかるということも。
次の瞬間、あたり一面が白い炎によって埋め尽くされる。無秩序に燃え盛る炎は次第に増大していき、瞬く間に人を簡単に飲み込むことのできる高さへと到達する。
「終わりだ、キリスナ=セイヤ。短い間だったが楽しませてもらったことに感謝しよう。大天使ミカエルの名に置いて告げる。安らかに眠れ」
ミカエルの言葉を合図に燃え盛る白い炎たちが一斉にセイヤに向かって動き出し、セイヤのことを飲み込んでいく。白い炎は留まることを知らず、次々とセイヤに向かって集まっていき、次第にセイヤのことを飲み込む巨大な球体へと変貌していく。
中がどのような状況になっているか視認することはできないが、それらが炎であるということを考えれば中にいるセイヤは無事では済まないだろう。
セイヤを飲み込んだ白い炎はさらに燃え盛ると一気に威力を増してセイヤの肉体を焼き尽くそうとする。大天使ミカエルによって下された審判の炎ともいうべき攻撃は一切の容赦がない。セイヤを本気で仕留めに行ったのだから当然である。
だが次の瞬間だった。
セイヤを飲み込みながら猛威を振るっていた膨大な炎が一瞬にして姿を消す。それはまるで何者かによって消失させられたような状況であった。
炎が消えて中にいたセイヤの姿が露わになる。かすり傷を負っているものの、致命傷には至っていない様子である。
そして両手で握られた大剣デスエンドには白い文字が輝いていた。




