革命軍22
一瞬にして革命軍の冒険者たちを蒸発させた広域戦略魔法を行使した術者であるミカエラはセイヤたちの存在に気づくと少し驚いたそぶりを見せる。ミカエラは意外そうな口ぶりでセイヤに話しかける。
「まさかこのようなところで貴様に会うとは思わなかった。十三人目」
ミカエラの口にした十三人目とは十三人目の特級魔法師としての意味だ。ミカエラにとってはセイヤが十三人目であること以外は重要ではなく、セイヤの名前などいちいち覚えていなかった。
対してセイヤの方は当初の目的であるミカエラの登場に険しい表情を浮かべる。セイヤが革命軍に潜入した最終的な目標はレイリアから送られてくるミカエラとの接触であったが、それ以上にミカエラの行使した魔法がセイヤに衝撃を与えていた。
《天使》の異名を持つミカエラが行使した魔法が何なのかセイヤは知らなかったが、その魔法が人道的な魔法ではないということはわかる。一瞬にして百人単位の魔法師たちを塵一つ残さずに消し去ったミカエラの魔法は強力な魔法だが、同時にレイリアでは使用が制限される魔法に違いない。
セイヤもかつて本で読んだことがあるくらいの知識しかないが、一回の魔法で百人単位を屠る魔法は広域戦略魔法と呼ばれる。しかし広域戦略魔法の行使には複数人の魔法師が協力して魔法陣を構築するのが常であり、たった一人の魔法師が広域戦略魔法を使えるとは考えにくい。
セイヤはすぐに周囲を警戒したが、ミカエラ以外に人の気配はない。
「先に行っておくが、私は一人だ」
「そうかよ」
自分の思考を読まれたセイヤはやや不機嫌そうに答えるが、その表情は依然として厳しい。目の前で見せられた広域戦略魔法がミカエラ一人で行使されたというならばミカエラの有する魔力量は並みの魔法師とは比にならないほどだ。
それでいて魔力欠乏症を起こしていないことからミカエラは余力を十分に残している。
レイリア王国において十三使徒や特級魔法師たちは著名人であり、それ故に魔法特性や戦い方など基本的な情報が知れ渡っていることがある。特に聖教会に所属する十三使徒たちは抑止力の意味でも能力が公開されている。
一方で特級魔法師は異名が付くことでおおよその魔法特性などは推定できる。例えばライガーならば《雷神》と呼ばれるだけあって雷属性の魔法を使うことが推察できるが、セイヤの目の前にいるミカエラの異名は《天使》だ。
《天使》ということから光属性の魔法を使うと考えられるが、先ほどミカエラが行使した広域戦略魔法が本当に光属性の魔法かは怪しい。仮に光属性の魔法だとすれば人間を蒸発させることができるほどの光量を行使したということになるが、同じ光属性の魔法を使うセイヤにとってそれがどれだけ難しいかは想像できる。
ミカエラについて十分な情報を持たないことで迷いを生じさせるセイヤにジャックが問いかける。
「おい、あいつを知っているのか」
「どういう意味だ?」
「あいつはてめぇのこと十三人目といった。知り合いかって聞いてんだ」
知り合いかそうでないかといえばセイヤとミカエラは知り合いには当たらないだろう。よく言って顔見知りというくらいの関係性だが、ミカエラを知らないジャックにとっては十分知り合いだ。
「あいつは外の人間か」
「そうだが」
「そうか」
「おい、ジェイ」
ミカエラが外の人間だと教えられたジャックはそれ以上なにかを問うことはなかった。代わりにセイヤから視線を外すとミカエラの方を睨む。
セイヤはジャックを慌てて制止する。
「やめろ。あいつはこれまで相手にしてきた連中とは格が違う」
「だろうな」
「なら引っ込んでろ。あいつの狙いは俺だ。そして俺が革命軍に潜入したのもあいつが目的だ」
「関係ねーな」
「は?」
自分の説明に聞く耳を持たないジャックにセイヤは思わず声をあげる。しかしジャックにしてみればセイヤの説明などどうでもよかった。
「あいつは外の人間だ。そして今、あいつはこの国の人間を手にかけた。俺が剣を手に取る理由としては十分だ」
「待てって。あいつはお前が相手にしてきた連中とは格が違う。それこそ魔王クラスに匹敵する」
ミカエラの実力を知らないセイヤであるが、特級魔法師がどの程度の実力を有しているかは知っているセイヤはジャックには相手が務まらないと考えていた。また特級魔法師の実力がこの国では魔王クラスに匹敵すると断言できるのは特級魔法師と魔王の両方と刃を交えてきたセイヤだからこそ言える言葉だった。
けれどもジャックにとって相手の実力は関係ない。例え相手が魔王クラスに匹敵する魔法師だったとしても、ジャックは冒険者組合暗部に所属する冒険者だ。なによりダクリアの冒険者としてレイリアの魔法師の攻撃を見過ごすことができなかった。
もはやこれはセイヤたちレイリアの問題ではない。ミカエラが革命軍の冒険者たちを手にかけた時点でレイリアとダクリアの問題であり、レイリア側の侵略行為を冒険者組合に所属するジャックが見過ごせるわけがない。
「これは戦争だ。引き下がることはできない」
頑なに引き下がろうとはしないジャックを見たセイヤは説得が不可能だということを察する。そこでジャックを止めることを諦める。
「なら俺も一緒に戦う。それなら問題ないだろ」
「なにぃ?」
「あいつの目的は俺だ。そしてジェイの目的が侵略者の排除なら目的は一致しているはずだ」
「てめぇは外の人間だろ。引っ込んでろ」
「確かに俺は半分は外の人間だ。だが残り半分はこの国の人間だ」
セイヤの身体には母親であるリーナ=マリアのレイリアの血と父親であるキース=ルシファーのダクリアの血の両方が流れている。
またレイリアでは特級魔法師の地位にあるセイヤであるが、ダクリアでは国家元首である大魔王の地位にある。国防のために大魔王が侵略者に対抗することは何もおかしい話ではない。たとえ相手が同じ特級魔法師の地位にある魔法師だったとしても。
だがジャックはそう簡単には認めない。
「半分は外の人間に違いない。部外者は引っ込んでろ」
「部外者だ? あいつの目的は俺だっていてんだろ」
「知るか。あいつは俺の獲物だ。そしててめぇも俺の獲物だ。あいつを狩った後にてめぇも狩ってやるから大人しく待ってろ」
「おい!」
ジャックはそういうと魔剣クリムゾンブルームを片手にミカエラに突撃する。残されたセイヤもすぐに双剣ホリンズをもってジャックを追いかけようと思ったが、その前に地面から突然生えてきた木々がセイヤの足に絡まりつく。
「ちっ」
なぜいきなり木々が鉱山の地面から生えてきたのかわからなかったが、セイヤは闇属性の魔力を使って絡まりついてきた木々を消滅させる。しかし消滅させた直後に再び木々が生えてきてセイヤの肉体に絡まりつく。
その間に魔剣クリムゾンブルームを持ったジャックが《天使》ミカエラに到達した。




