革命軍19
ジャックは魔剣クリムゾンブルームの正式な契約者ではなく、あくまで貸与されている使用者だ。そのため魔剣クリムゾンブルームの本来の力を自由に使うことはできない。魔剣クリムゾンブルーム本来の力を使うには契約者である仮面の少女の許可が必要なる。
普段のジャックであれば魔剣クリムゾンブルームの本来の力を使わなくても苦労はしないのだが、今回ばかりはそうも言っていられなかった。そして契約者である仮面の少女はジャックの意向を聞かずに一方的に魔剣クリムゾンブルームの本来の力を解放する。
魔剣クリムゾンブルームの本来の力はその剣で斬った相手の魂を回収し、魂が消耗しきるまで生前の能力を使用するというもの。以前ジャックは魔剣クリムゾンブルームの力を使うことで適性のない火属性の魔法を使っていたが、今回解放された魂は闇属性の魂。
しかも生前は実力者として名を馳せた冒険者の魂だ。そんな冒険者の闇属性とジャックの闇属性が相まって衰退とは異なる新たな闇が生まれる。その力は夜の力に匹敵するのではないかと錯覚するほど純粋な闇であり、普通の闇ならば簡単に飲み込まれてしまうほどである。
「何をした……?」
目の前で突然起きた事態を飲み込めなかったセイヤは戦慄した表情を浮かべるが、ジャックは不機嫌そうに答える。
「ミズチ、これで終わりだ」
「なに?」
まるで人が変わったかのような魔力に戸惑うセイヤを他所にジャックは魔剣クリムゾンブルームを振り下ろす。すると夜にも似た高純度な闇属性の魔力を乗せた斬撃がセイヤに襲い掛かる。
これまでジャックが撃ってきた斬撃とは明らかに異なる斬撃をセイヤはとっさに闇属性の魔力で受け止めようと考えるが、すぐに防御することが悪手だと悟って横に跳んで回避した。
この選択は回避という意味では正解であったが、戦い全体から見れば間違いであった。
「しまっ……」
セイヤがそれを理解したのは回避した直後であった。
ジャックから撃ち出された斬撃を回避した直後、セイヤは猛烈な倦怠感を感じる。それはまるで体中の機能が同時に活動を停止したかのような倦怠感であり、肉体の停止に伴い精神も活動するのではないかという感じるほどの強烈な倦怠感。
眼球だけを動かして横に跳んでいるセイヤは自身の背後に視線を送ると、そこには回避した直後のセイヤを狙うように魔剣クリムゾンブルームを構えるジャックの姿があった。どうやら斬撃を撃ちだすと同時にセイヤの行動を読んで構えていたようである。
セイヤはすぐに自身が感じた強烈な倦怠感の正体がジャックの展開する衰退である理解した。しかしその衰退は先ほどまでの衰退とは比にならないほど強力な衰退であり、闇属性の魔力を纏っていたセイヤの身体にも難なく作用している。
衰退圏内に入ってから経過した時間を考えればこれまででは予想することのできないほどの衰退である。
斬られる。そう確信したセイヤであったが対処しようにも身体は動かない上に思考さえも停止しようとしている。まさかここまで強力な衰退が来ると思っていなかったセイヤは完全に虚を突かれた形だった。
加えてジャックの魔剣クリムゾンブルームに纏われる闇属性の魔力も先ほどまでとは比にならないほど高純度である。その力は魔王にも匹敵すると思われるが、そのようなことを考える前にジャックの魔剣クリムゾンブルームがセイヤの肉体を両断するだろう。
完全に勝負が決した瞬間であった。
仮にセイヤが動けたとしても衰退圏内で使える魔力ではジャックの攻撃を防ぐことはできないだろう。これまでの戦いを通してセイヤの実力を理解したジャックは最後の一手になると確信していた。不本意な形であるが、戦いにおいて正々堂々などと主張するほどジャックも子供ではない。
次の瞬間には自分の魔剣クリムゾンブルームで目の前の仲間だった男の生涯を終わらせる。そう思っていたジャックであったからこそ、次の瞬間、その表情は驚愕と怒りに包まれた。
斬られる、殺される、死ぬ。衰退していく思考のなかで強烈に死を感じたセイヤは意外にも冷静であった。それどころか久しぶりに身近に感じる「死」というものに懐かしさを覚えるくらいには余裕が残っていた。
既に何回も死線を潜り抜けてきたセイヤの肉体は意識に反して勝手に動いていた。それが生存本能によるものなのか、それとも死を直感した時のルーティンなのかはわからない。
ただセイヤの肉体は機械のように滞りなくいつも通りの行動を起こす。
全身に纏われていた闇属性の魔力が霧散すると同時にセイヤの肉体を包み込む黄色い魔力は肉体の表面だけでなく肉体の内部にも作用していく。強烈な倦怠感に襲われた肉体と精神にそれを上回るほどの生命力と活力を与える。
そればかりか途切れることなく肉体に作用していた衰退を吹き飛ばし、肉体のすべてを上昇させていく。
その力はこのダクリアではまず見られない力だ。そのためダクリアの人間でその力を見たことがある冒険者は一握りであろう。そしてその力を見た冒険者は闇属性に対応するその力を見て警戒心を抱くはずだ。
またその力の持つ可能性に恐怖すらも覚えるかもしれない。
だがジャックは違っていた。かつてのその力と戦った時にジャックが感じたのは畏怖でも警戒でもない単純な苛立ち。その力を持つ者は例外なくジャックたちの国とは異なる国の人間である。
つまりどんな理由があろうとも敵でしかない。
だからジャックはその力を見た時にはその力の使用者を明確な敵だと認識する。そしてその力が再び目の前で使用された。
自身が斬りかかろうとした相手は衰退の効果を受けて動くことさえできないはずだ。そればかりか斬られたことを認識することさえできるかわからないほど衰退しているはずだ。
なのに動いたのだ。それも横に跳んだ身体を回転させて両手に握る双剣で自身が振り下ろした魔剣クリムゾンブルームを受け止めた。その肉体は先ほどまでの紫色の魔力ではんく、黄色い魔力で覆われていた。
理解が追い付かないということはない。ジャックはその黄色い魔力が何かを知っているし、その魔力の効果も知っている。だからなぜセイヤが衰退の効果を受けたにもかかわらず動けたのかさえ理解している。
そのうえでジャックが抱いた感情は怒りだった。
「てめぇ……」
ジャックがセイヤに向かって放つ殺気はこれまでで一番鋭く荒れていた。




