革命軍13
人々が寝静まった深夜のことであった。工業都市の近くにある鉱山には魔王軍との戦いから逃げ延びた革命軍が滞在しているが、この時間になればもう全ての冒険者たちが眠りについている。
しかしその中で建物の外に一人の冒険者の姿があった。その正体は革命軍に潜入している冒険者組合暗部所属のジャックであり、彼の腰には魔剣クリムゾンブルームが帯刀されている。
ジャックは建物から離れると人気のない場所まで歩いていく。ちょうど二日前に工業都市で強盗事件に巻き込まれたジャックであるが、事件での被害がなかったジャックたちは何事もなく鉱山に戻っていた。ただし工業都市との同盟締結は不可能という事実だけは伝えており、今は冒険者組合に同盟締結の交渉に行っているフローリストからの連絡待ち状態である。
ジャックは人気のない丘の向こう側に到着すると軽く周囲を見渡す。
「出てこい」
「さすがだねー」
虚空に呼び掛けたジャックに応えるように鉱山の地面から生えてきたのは仮面をつけた金髪の少女。ピエロにも似た仮面をつける少女の素顔は付き合いの長いジャックでさえ見たことがない。
けれども少女の素顔などジャックにとってはどうでもよかった。
「久しぶりだねージャック。元気そうで安心したよ」
「見てたんだろ」
「まあねー」
仮面の少女のあいさつに対してジャックは不機嫌そうに問い返すと、意外にも仮面の少女はあっさり自分が監視していたことを認める。
二人が顔を合わせるのは潜入前の墓地の小屋が最後であったが、仮面の少女は常にジャックたちの動向を監視していたため久しぶりというわけでもない。ただ顔を合わせること自体は久しいことに違いないが。
「この前は災難だったねー」
「うるせぇ」
「でもまさかジャックが手を出さないなんて意外だったよ」
「うるせぇ」
少女の軽口に対して苛立ちを見せるジャックであるが、当の少女は特に気にした様子を見せずに話を続ける。
「まさかジャックが脱魔王に寝返ったのかと思ったんだからね」
「いい加減黙らねぇとその首を斬りおとすぞ」
「いいよ。でも、その時はその魔剣が使える最後の瞬間だけどね」
「ちっ」
仮面の少女の言葉に舌打ちをしたジャックは不機嫌そうに尋ねる。
「それでわかったのか」
「うん。ある程度は」
そういうと少女はジャックの方を見ながら口を開く。
「まずデンシルだけど、あれは魔王側が送り込んできたスパイだよ。具体的な所属は魔王サールナリン=レヴィアタンで、今はダクリア二区でフォーノ=マモンの下についている」
「そうか」
「この前の戦いで脱魔王側で戦っていたけど、最後はあっさり正体を現してたよ。潜入の目的は僕たちと同じ脱魔王の監視らしいけど、今回は僕たちに譲ったって感じかな」
「譲った?」
思わぬ言葉に聞き返すジャックに対して仮面の少女は不機嫌そうに答える。
「魔王側も脱魔王の動きを監視して、あわよくば殲滅したいと考えてた。でも同じタイミングで僕たち組合の人間が潜り込んでいるのを知ったからこの前の戦いで監視を止めたってわけ。だって遅かれ早かれ組合が処理すると踏んでいたから」
「気に食わねえな」
「そうだね。でも今回は魔王側に組合は敵じゃないということを理解させるのが目的だから我慢するしかないよね」
「ちっ」
ジャックは元々魔王たちを好いてはいない。だから魔王たちに利用されることは特に気に入らないことであったが、今回ばかりは組織の意向もある。
仕方がないとジャックは珍しく自身を納得させた。
「次にエンジだけど、あれはどこの組織の人間でもない。今は魔王軍に捕まった中に含まれている」
「場所は分かってるのか?」
「それがね……」
歯切れの悪い仮面の少女にジャックが瞼を細める。
「問題があるのか」
「正直に言うと具体的な場所までは把握できていない。あれらが魔王たちによって捕まっていることは確かなんだけど、その場所がどこにあるのかわからないんだよね」
「てめぇの能力でもか」
「そうなんだよね。だからこの世界とは違う世界に収容されているんじゃないかと思いたいよ」
ジャックは性格はともかく仮面の少女の能力は高く評価している。だからその仮面の少女であっても掴みきれていないエンジたちの場所に少しばかりの興味を覚えた。
「魔王たちが異世界につながる技術を持っているということか」
「うーん、どうだろうね。これに関してはもう少し調べてみないとわからない」
「それで」
「最後にミズチだね」
その名前を聞いた瞬間、ジャックの顔に殺意が現れる。ミズチとはジャックと同じタイミングで革命軍に参加した冒険者であり、普段は水属性の魔法を使う冒険者だ。
魔法の実力で言えばジャックには遠く及ばないのだが、ミズチには何か秘密があるとジャックは確信していた。その一つが闇属性であり、ジャックはミズチが闇属性を使える魔法師だということまでは把握していたが、それ以上については把握できていない。
だから仮面の少女の話でミズチについてが一番興味があった。けれども仮面の少女から返ってきた答えは予想外のものであった。
「ミズチだけど、あれは意味が分からない。あれほど気味の悪い存在は初めてだよ」
「どういう意味だ」
「そのまんまの意味だよ。あれは本当にこの世の人間なのかと疑いたくなるね」
わかりにくい答えを返す仮面の少女を睨むジャックだが、それ以上に不機嫌そうな雰囲気を露にする仮面の少女。
「簡単に言えば何もわからなかったよ」
「なに?」
「正確に言えば、調べれば調べるほどミズチとはかけ離れた存在に辿り着く。しかも正体を突き止めようと挑めば挑むほど何通りの人物像が浮き上がってくる。まるで神が見えざる手で僕の掴む情報を操作して答えに辿り着かないようにしているみたいだ」
「それほどの組織ということか?」
「どうだろうね。魔王側の送り込んだデンシルでさえ僕の手にかかれば見つけることは可能だった。もしミズチの裏にそういう組織があるなら少なくとも魔王たちよりは上位の存在になるだろうけど、闇属性を使える時点でミズチはダクリアの人間でしょ。そしてダクリアにはそんな組織は存在しない」
にわかには信じられないことであるが、実際にそうなのだから否定しようがない。
「人間は生まれつきどこかしらに痕跡を残すけど、ミズチの場合はそれが一切ないんだ。それこそいきなり異世界からやってきた異邦人だって言いたいけど、闇属性を使えるということがそんな妄想じみた仮説を拒絶する。本当に気味が悪い存在だよ」
仮面の少女の言葉からにじみ出る苛立ちはジャックも初めて感じるものであった。いつも余裕の態度で人を小馬鹿にしている仮面の少女が初めて見せる姿にジャックは少しだけ嘲笑する。
「まあいい。結局殺すことには変わりない」
「そうなんだけどさー」
「それで指令は」
ジャックの問いに対して少女は一拍おいて答える。
「殲滅。一人残さず葬れだって」
「それで十分だ」
笑みを浮かべたジャックは腰に台頭していた魔剣クリムゾンブルームを抜くと革命軍たちが休む小屋の方を振り返るのであった。




