番外編Ⅱ 第5話 十三使徒の力(上)
グルスベール家は見るからに大きな屋敷が建っていたが、さらに増築しているようだった。まるで、まだまだ人が増えるかのように。
バジルたちが聖教会と名乗ると、家主はすぐに中に通してくれた。しかし家主との面会を許されたのはバジル一人であった。
残りの小隊長たちは客室で待っているようにと言われたため、客室で待機をする。
家主と面会するバジルは、使用人に武装解除するようにと言われたため、剣を使用人に預けて部屋の中へと入った。
バジルが家主のいる応接室に入ると、そこには四十後半のちょっと太った男が座っていた。男はバジルが入ってくると、立ち上がり挨拶する。
「初めまして、十三使徒殿。グルスベール家当主、コウル=グルスベールです」
「初めまして、聖教会十三使徒のバジル=エイトです。この度は急な来訪にもかかわらず、もてなしていただき、感謝します」
「いえいえ、バジル殿、どうぞお座りください」
「失礼します」
バジルとコウルが席に着くと部屋に使用人が入ってきて紅茶を出す。そして使用人が出て行くのを確認すると、コウルが話を始めた。
「ところでバジル殿、この度はどのような用件で?」
「コウル殿は王国全土で起きている人攫いについてご存知ですか?」
「一応は。それが?」
バジルはコウルの顔を見るが、コウルは顔色一つ変えずにバジルのことを見る。
「目的がわかりましてね」
「目的ですか?」
「はい、ご存じありませんか?」
「えぇ、それについては」
「そうですか」
バジルはほんの一瞬だけ、コウルの顔が動揺したことに気づく。このまま話を続けたところで口を割らないのは明確。なので、バジルは質問を変えた。
「それにしても、お屋敷は増築しているのですね。人でも増えるのですか?」
「えぇ、まあ」
コウルの額に汗が出始める。
「おっと失礼、話が逸れてしまいましたね。犯人の目的ですが魔法師の大量生産だそうですよ」
「ほう、それはまた」
コウルの顔からどんどん汗が流れるが、バジルは知らないふりをする。これから話すことはバジルの妄想に過ぎないから。
「移動手段は暗黒領を使い、暗黒領の施設に届けるらしいのですよ。」
「それはまた……それにしてもなぜそれを私に?」
「それは簡単ですよ。捕まえた犯人があなたに命令されたと」
「そ、そんなことはない! 私は名前を言ってないんだぞ!」
もちろん嘘だ。犯人は黒幕の名前を知らない。しかしコウルつい焦ってしまい、口走ってしまった。自分が黒幕だという事を。
「きっ、貴様はめたな」
「いや、そちらが勝手に言い出したのですよ」
「し、知るか。真実を知ってしまったあんたには、ここで消えてもらう。火の意思を継ぐ者、力を授けよ。『火斬』」
コウルは椅子の下に隠し持っていた刀を取り出すと、すぐに抜刀して座っているバジルに魔法を行使する。
「誘え。『氷壁』」
しかし、次の瞬間、バジルの前に突然、氷の壁ができて、バジルのことを守った。『氷壁』は氷属性初級魔法で、防御魔法としてよく使われるポピュラーな魔法だ。
「無詠唱だと!?」
コウルはバジルが無詠唱で魔法を使ったことに驚く。
不意を突いてバジルを殺す気でいたコウルは、武器は与えず、詠唱の時間も与えなかった。だからバジルはコウルの『火斬』を防げるはずがなかった。
バジルが無詠唱を使えなければ。
「私には無詠唱なんてできませんよ。あれは詠唱省略ですよ」
「なに!? あんな短くなる詠唱省略など……」
「こう見えても十三使徒ですから。それに私が十三使徒に選ばれた理由はこれですし」
詠唱省略とは、その名の通り、詠唱を完全ではないものの、省略することができる技術だ。
バジルは十八歳の時、すでに詠唱省略が使えた。
そしてその詠唱省略が七賢人に知られて、十三使徒の一員に誘われたのだ。詠唱省略自体は他の魔法師にもできることだが、バジルの場合、他人よりも詠唱省略の度合いが高く、ほとんど詠唱の必要がなかった。
「さて、罪を認めたという事でいいのですね? 出でよ。『ブリューナク』」
バジル手に握られるのは氷で出来た槍。
バジルは氷の槍、ブリューナクを手にすると、コウルのことを睨む。その眼には確かな怒りが宿っており、コウルは目の前の男が本当に十三使徒だという事を理解した。
そしてバジルの二つ名を思い出す。
「お前、まさかクイックメーカーか?」
「そんな名前もあったな」
クイックメーカー、それはバジルが十三使徒になる前に呼ばれていた名前だ。
どんな武器や防具も、詠唱省略で作ってしまう男。そんなことからバジルはクイックメーカーと呼ばれていた。
しかし十三使徒になってからは、その名も使われなくなってため、コウルも最初はわからなかった。
「では、行きますよ」
バジルは右手に握るブリューナクでコウルの左肩を貫いた。
「くっ……」
貫かれたコウルは、背中から壁にぶつかりながらも、自分のことを貫くブリューナクを強く握る。
そんなコウルに対して、バジルは怒気のこもった声で聞いた。
「人質はどこだ?」
「教えるとでも?」
「それもそうか、氷の巫女。『氷華』」
「ぐあああああ」
バジルが魔法を行使すると、ブリューナクの先端から氷の華が次々と咲き、コウルの体を氷の華で飲み込もうとする。
「言わないといずれ氷漬けだぞ?」
コウルはバジルのことを睨みながら、新たに魔法を行使する。
「我が炎の神、今こそ我を守護せよ、炎神の魂。『オグン』」
次の瞬間、バジルとコウルの間に、突如として屋敷の屋根を突き抜けるほどの炎の巨人が出現した。そしてコウルのことを凍らそうとしていた氷の華と、ブリューナクのことを溶かす。
「これがグルスベール家の守り神こと固有魔法『オグン』か」
「そうだ……お前はもう終わりだ」
コウルは火の番人『オグン』を前に、自分の勝利を確信していた。
そしてその『オグン』の出現は、客室で待っているグリスたちと、グルスベール家の使用人たちとの、戦闘開始の合図にもなるのだった。




