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落ちこぼれ魔法師と異端の力  作者: 高巻 柚宇
9章 革命軍編
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革命軍10

「おい、まだ用意できないのか!」


 男が町長に文句を言ったのは彼らが立てこもり始めて三時間ほどが経とうとした時だった。怪我人の解放を含めて既に当初の半分の人質を解放した男たちの苛立ちは頂点に達しようとしていた。


 しかしそうは言っても依然として店内には十名ほどの人質が残っており、事件が解決に向かっているとは言い難く、膠着状態というのが正しい表現だろう。店の外には多くの町民たちが店内を窺うように警戒しているものの、突入する気配は感じられない。


 対応の遅さに激高する男たちを宥めようと町長が言葉をかける。


「君たちは要求額を言っていないからな。おそらく町中の金をありったけ集めてるんだろう」

「別に俺たちはこの町の金をすべて巻き上げようとは思ってねえよ」

「ならば最初から要求額を具体的に定めるんだったな」

「ちっ」


 町長の言葉に舌打ちした男は自分のミスだと自覚していたからこそ苛立ちを見せる。彼らの計画ではさっさと金を巻き上げて逃亡しようというものであったが、計画よりも多くの時間を要していた。


 けれども同時に当初の想定よりも多くの金が手に入るという欲が彼らの思考を鈍らせる。


「おい、じじい」

「なんだね」

「今からもう一人解放する。三十分後に用意できた金を三つのカバンに入れて引き渡しだという旨を伝えろ。人選は任せるが、くれぐれも変なことをするなよ。その時はここにいる人質の首を一人ずつ飛ばしていくからな」

「抵抗する意思なんてないといっているだろうに」


 町長はそういうと近くにいた男性店員に言伝役を託すと店の外へ解放した。店員の男は店から出ると一目散に走りだして周囲で警戒に当たっている者たちのもとへ駆け寄る。


 店員の男から言伝を聞いた外の人間たちは店内に向かってオッケーマークを掲げると、強盗の男は店の扉を勢い良く閉めて施錠する。これで再び店は外界と隔絶した状態へとなった。


 扉を施錠した男は近くのテーブルに腰を下ろすと店員に向かって叫ぶ。


「おい、何か飲み物を持ってこい」


 店内に聞こえるように叫んだ男であったが、誰も返事の声を上げない。代わりに町長が男に向かっていった。


「無駄だ」

「なに?」

「さっきの男でこの店の人間は全て解放された」

「ちっ。ならそこのガキ、お前が持ってこい」


 そういって男が指名したのは椅子の背もたれに体重を預けながらテーブルの上で足を組んでいるジャックだった。人質になっているとは思えないような態度のジャックに飲み物を持ってくるように要求する男だったが、返ってきたのは返事ではなく殺気であった。


「あぁ?」


 男を睨みつけるジャックの視線には明確な殺意が籠っており、男はジャックに睨まれただけで身が竦んでしまう。


 強盗と人質という関係にある二人だが、潜り抜けてきた死地の数の桁が異なっていた。冒険者組合の暗部として数多くの人の命を手にかけてきたジャックの殺気は魔法師の中では下位の下位にあたる男たちが受け止められるものではない。


 しかしここで負けてはならないと思った男が今度はジャックの正面に腰を下ろすセイヤに命令する。


「ならお前が取ってこい」

「いいのか?」


 セイヤから返ってきた答えは快諾ではなく嘲笑を含んだ問い返しだった。


「どういう意味だ」

「キッチンに行けば包丁がある。俺がその包丁を手に取ってお前らに襲い掛かるかもしれないぞ」


 セイヤの実力ならば、わざわざそのようなことをしなくても簡単に男たちを無力化できる。これは工業都市の非魔法師と強盗の魔法師との問題なので静観しているセイヤだが、自分の身に危険が生じれば手を出さないわけにはいかない。


 ただ自分の身に実害がない限りは手を出さないということだ。だから包丁を手に取って襲い掛かる気もないのだが、セイヤは強盗たちを試す意味で問い返したのだ。


 対して強盗の方は人質が刃物を手にっとったところで脅威にはならない。彼らは魔法師であって、人質は非魔法師であるから。両者の間には埋めることのできない差が存在する。


 男は余裕の表情で言い返す。


「その時は魔法でお前の首をとばしてやるよ」

「果たして魔法と投擲のどっちが早いかな」


 セイヤは男よりも余裕のある表情で問い返した。一般的には同程度の実力者による投擲と魔法では後者に軍配が上がるのだが、それが詠唱に手間取った非力な魔法師と洗練された技術を持つ実力者になれば前提は覆る。


 現に男の魔法行使スピードならばセイヤは魔法を使わずともナイフを三本は投擲できる。忘れているかもしれないが覚醒前のセイヤは非力な魔法師であり、魔法力の差を技術力で埋めようとした少年である。


 セイヤの体術は既に達人レベルにあるといても過言ではない。魔法がなくても魔法師を取り押さえることは造作もないという確固たる自信がセイヤに余裕を生ませている。


 その余裕を見た男は先ほどと同様に戸惑いを覚えてしまった。


「お、おい。大丈夫か?」

「あ、ああ」

「なに人質に調子づかせてるんだ。早く運ばせろよ」

「でもよ……」


 仲間に促されてセイヤたちに行動させようとする男だが、その表情は冴えない。二人と相対していない男の仲間は気づいていないが、その男だけはセイヤたちの異質さに気づき始めていた。


 強盗の人質になっている当事者だというのに微塵も恐怖を抱いている素振りはなく、むしろ傍観者としての意識が強いようにさえ思える。何がここまで二人に心の余裕を生ませているのか男は恐怖さえ覚えたが、もちろん仲間たちは気づいていない。


 結局、男はセイヤたちに命令するのではなく自分で飲み物をとりにいった。この行為が既に強盗と人質という線引きを曖昧にしていたが、その事実に気づく前に所定の三十分が経過する。


「どうやら準備できたようだ」


 外の様子を見た町長が言う。いよいよ工業都市の反撃が始まろうとしていた。


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