革命軍8
町長に連れられてセイヤたちが訪れたのは意外にも街にある平凡な飲食店だった。先ほどまで遠目からセイヤたちの動きを伺っていた人たちは姿を消しており、セイヤたちは町長と対面する形でテーブルに座っている。
飲食店には他の客たちもいたが、セイヤたちを気にする素振りは見せていない。どうやら町長は護衛を連れずにセイヤたちの前に座っているようだ。
革命軍副司令官が考える同盟結成にはこれほど好条件な交渉の場はないだろうが、革命軍に心酔している訳でもないセイヤたちが同盟を持ちかけることなどはない。それどころか自身が革命軍の人間だと明かすつもりもなかった。
セイヤは一人の統治者として国民がどのような考え方をしていて、彼らが何を理想としているのかを確かめたいがために町長に向き合っている。対してジャックの方は何か目的があるわけではなく、ある意味で付き添いという意味合いが強い。
席について一通りの注文を済ませた町長は飲み物が届くのを待って本題へと入った。
「君たちは何がしたいのかの」
町長の質問は核心を突くものであるが、二人にとっては核心とは言えないものだ。革命軍の人間としてならば魔王に対する憎しみを語って同盟を持ちかけるのだろうが、二人は革命軍の人間ではない。
今回の活動も不本意なものであり、何か明確な目的を持ってのことではなかった。だからセイヤたちは答えに詰まってしまう。
「まさか目的もなくあのような行為に及んだとは思えまい。魔王を愚弄するということはこの国を敵にすると同義のことだ。君たちにその覚悟があるとは到底思えない」
「あぁ? 覚悟がないだ?」
「落ち着け。ジェイ」
「ちっ」
覚悟がないと言われて町長を睨むジャックだが、セイヤに止められると不機嫌そうにそっぽを向いた。
「これは純粋な疑問だが、この町の人間は魔王のことをどう思っているんだ?」
「ふむ。それは難しい質問だ」
町長は少しだけ答えにくそうな様子で口を開く。
「この町の人間の総意は安定した安心できる暮らしの実現。これに関しては間違いないが、各人が魔王をどう思っているのかは町長として答えることはできない」
「ならあんた個人の心情を聞かせてくれ」
セイヤの問いに対して苦笑いを浮かべる町長は遠慮がないなと言いたげだった。
「個人的な感情を吐露するならば魔王はどうだっていい。いや、安定して存在する限りはどうだっていいといった方がいいだろう」
「どういう意味だ?」
「魔法を使えない我々は魔王から見れば矮小な存在に違いない。しかし我々は魔王がいることで安定した生活を送れている。だからといって我々が魔王に何かをできるわけではないし、魔王もそんなことは望まないだろう」
それは一見難しいように見えて実際は単純な話で合った。町長は魔王に対していい意味で無関心だった。
「魔王たちがいなくなる。魔王が魔法を使えない我々を駆逐する。魔王がこの町を滅ぼす。こういった不測の事態が起きるならば我々も声を上げる必要があるだろうが、現状の魔王に対しては好感は抱いていないが、不満があるというわけでもない」
この国の安定のために魔王制度は不可欠だが、過度な干渉は好まない。やはりこの町の人間のスタンスは脱魔王というよりは反魔王を掲げる冒険者組合に近いものがあった。
けれども彼らは非力なぶん魔王たちから注視されている訳でもないのでまさに不干渉の状態といって間違いないだろう。
「ただ誤解してほしくないのは我々だって立派なダクリア国民ということだ。魔法が使えないが、この国が危機に瀕しているというなら喜んで魔王に力を貸す。生まれ育ったこの地を守り抜くためなら武器を手に取るし、魔法でできないことには進んで協力を申し出る」
あくまで個人的な意見だが、と最後に付け加えた町長であったが、セイヤにとってみればとても有意義な意見である。
統治者として非魔法師がどういう考え方をしているのか、どういうことを望んでいるのかを知ることができたのは今後の大魔王生活にとっても大きいだろう。
「逆に聞くが、君たちは本当に魔王を憎んでいるのかね?」
セイヤの瞳をまっすぐ見据える町長。その瞳は偽りの答えを許さないと言いたげであり、セイヤは答えにわずかばかりの戸惑いを覚えた。
答えに詰まるセイヤを見たジャックが口をはさむ。
「俺は俺のしたいように生きる。仮に邪魔する奴は現れたならば魔王だって殺す」
「君はまるで刃のような人間だ。それが仲間だったとしても?」
「たりめぇだ。誰であろうと俺の前に立ちふさがる輩らは斬り殺す」
「君の隣にいる仲間でも」
「ふん、愚問だな。俺はミズチが相手だろうと容赦はしない」
一切の濁りのない純粋な殺気を感じさせるジャックの瞳を見た町長は微笑みを浮かべるが、内心ではジャックに恐怖を抱く。
今のやり取りでジャックから感じたのは濁ることのない殺意であり、ジャックは例え何者が立ちふさがろうとも自分の好きなように生きる。町長はそのことを感じ取ると恐怖を覚えたが、しかし心のどこかでは少しだけジャックのことをうらやましくも思った。
形はどうであれ、ジャックは絶対に曲がらない自分を持っている。それは町長が幼少期より求めていたものであり、いまだに手に入れることができていないものであった。
「そっちの君はどうかな?」
「俺は……」
セイヤが自分の思っていることを口にしようとした瞬間だった。
「全員動くな!」
怒号にも似た声が店内に響くと同時に複数人の男たちが一斉に店の中に雪崩れ込んできた。その光景は紛れもないテロリスト襲来である。




