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落ちこぼれ魔法師と異端の力  作者: 高巻 柚宇
【番外編】光と闇の邂逅
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光と闇7

 魔剣クリムゾンブルームの恐るべき点はその形でも威力でもない。その能力こそが魔剣と言わしめる力である。


 ではその能力とはいったい何なのかと言うと魔法の略奪だ。より正確に述べるならば命を奪い、紅い華を咲かせた人間の魔法を根こそぎ奪いとるということである。


 わかりやすく言うならば魔剣クリムゾンブルームで殺した相手の魔法を奪い取って使えるということだ。魔剣クリムゾンブルームは斬った人間の魂を喰らうことで魔法も奪う。そして魔剣クリムゾンブルームの使用者は奪った魔法を自由に使うことができる。


 しかし奪った能力は有限であり、魔法を使うごとに本来の魔法の持ち手の魂も消耗していき、魂が消えると魔法も使用できなくなる。つまりどんな魔法も使うことができる反面、使いすぎれば永遠に使えなくなるということだ。


 それゆえジャックは普段から魔剣クリムゾンブルームの能力を使用していない。本当の所有者が自分でないため能力を使えないというのもあるが、それ以上に能力を使う必要がなかった。なぜなら単純な魔法力でジャックはこれまで斬ってきた相手たちを上回っているから。


 つまりジャックには他人の能力を使う必要がないのだ。けれども今回のジャックは闇属性を使う訳にはいかないため、こうして所有者である仮面の少女の許可を貰って火属性の魔法を使っていた。


 既に標的である男は焼き殺したのだが、仕事を完璧にこなすには目撃者であるレアルたちも殺す必要があるジャックは炎を纏った魔剣クリムゾンブルームでレアルに斬りかかる。


 対してレアルは膨大な魔力でジャックの攻撃を弾き飛ばした。


「何者だ?」

「さぁな」


 レアルの問いに対してジャックはもちろん答えない。ジャックの所属する冒険者組合暗部はその性質上、自らの正体を明かすことを良しとはされていないから。だが普通に考えて名前を聞かれて名乗るのは一部の正直な者たちだろう。


 だからレアルも答えを期待しての問いではなかった。むしろ十三使徒である自分に手を出そうとはいい度胸だなという意味合いの方が強かった。


「まあいい。重要参考人を殺されたが、お前を連れかえれば話の全貌は見えてくる」

「ふん、俺を捕まえるか?」

「当たり前だ。現状、お前だけが有力な証拠だからな」

「面白い。だが俺を殺す気で来ないと死ぬぞ」


 片や生まれてからずっと裏の世界で生きてきた暗殺者。片や表の世界で順風満帆に生きてきた十三使徒。国だけでなく生い立ちも異なる二人だが、どちらも実力者に違いはなかった。


 だから互いに相手が並の相手ではないと理解する。


 レアルは相手の持つ異形の剣と向けられるさっきから、ジャックは相手を守るように溢れ出る大量の魔力から、相手が簡単な相手ではないと判断した。


「らぁ!」


 互いに剣を構えていた二人だが、最初に動き出したのはジャックの方だった。魔剣クリムゾンブルームに吸わせた魂が枯渇すれば自動的に戦うことが厳しくなるジャックは時間があまり残されていないのか、急ぐようにレアルに迫る。


 炎を纏った斬撃を無秩序に撃ち出すジャックに対し、レアルは光属性の魔力を使ってジャックの攻撃を防ぐ。この時レアルはジャックが使った魔法を『火斬』だと考えたが、実際にはただの魔力を纏わせた斬撃である。


 魔剣クリムゾンブルームは奪った魔法を使うことができるが、魔法はただ魔力を撃ち出すのに比べると魂の消費効率が悪い。一発の簡単な魔法を行使するだけでも魔法陣の展開等、過程が多くなってしまう。対してただ魔力を撃ち出すだけなら魔法陣は必要ない。


 手数を撃つだけなら魔法よりもただの魔力の方が効率的だった。けれども相手の事情を知らないレアルは『火斬』だと誤解しており、詠唱も魔法陣もなかったジャックの攻撃に警戒する。


 炎を纏った斬撃を撃ち出したジャックは攻撃が防がると確信していた。だから攻撃に乗じてレアルに肉薄する。


 レアルを守るように溢れ出す魔力は確かに手ごわい。いつもなら闇属性を使って消滅させるのだが、今のジャックは闇属性を封じられている。それに魂の消費量も考えると時間もあまり残されてはいない。


 半ば焦るようにレアルに肉薄したジャックはレアルの首を狙って魔剣クリムゾンブルームを振り上げる。この攻撃に対してレアルは魔力を撃ち出すのではなく、剣で受け止めることにした。


 キーンという金属同士がぶつかり合う音が響く。その音とジャックが笑みを浮かべるのは同時だった。


『デス・フレア』


 次の瞬間、ジャックたちの足元に大きな赤い魔法陣が展開される。何が起きるのか分からなかったレアルであるが、ジャックが行使しようとしている魔法が危険なものだと瞬時に察する。


 しかし少しでも隙を見せればジャックの魔剣がレアルの障壁を破ってその首を刈り取るに違いなかった。


「くっ……」


 レアルの意識が足元の魔法陣に向く。ジャックはそんな隙を逃すような甘い相手ではなかった。


「しまっ……」

「チッ……」


 レアルの焦りの声が出るのとジャックの舌打ちが鳴ったのはほぼ同時といっていいだろう。一瞬だけ意識を足元に向けてしまったレアルの剣を躱すように魔剣の角度を変え、そのままレアルの剣に沿ってレアルの首元を目指す魔剣。


 レアルもすぐに対応しようとしたが、すぐに魔剣を止めることが不可能だと理解する。だからレアルは魔剣を防ぐのではなく、魔剣の被害を最小限に抑えようとした。


 振り上げられた魔剣の進路上にだけ魔力を集中させたレアルは辛うじて魔剣の軌道を逸らし、かつ重心を後ろに下げることで魔剣を寸前のところで回避する。しかし完全に回避できなかったレアルの首には魔剣で付けられたかすり傷が生まれていた。


 一瞬にも及ばない攻防で勝ったのはレアルであろう。首を獲りに行ったジャックは失敗したといってもいい。


 だがこの瞬間、レアルには大きな隙が生じていた。いつもなら全身を守るように溢れ出す魔力は首元に集中しており、レアルの重心は後ろに傾いている。


 つまり今のレアルは全面の腹部に大きな隙が生じていた。けれども攻撃を寸前で避けられたジャックは剣を振り上げ切った状態ですぐに動けない。また足元に展開した魔法陣はレアルの気を逸らすためのダミーであり、魔法の効力自体はなかった。


 レアルに大きな隙を作ったが、ジャックはその隙を突くことはできない。だからこの攻防はレアルに軍配が上がるはずだ。仮にジャックが一人なら。


 次の瞬間、木々の陰から何かが猛スピードで飛来する。その何かは大気を切り裂く音を立てながら剣を振り上げた状態のジャック横をギリギリ掠め、無防備になっているレアルの腹部に到達しようとしていた。


 レアルはまだその存在に気づいていない。ジャックも気づいてはいないが、自分の近くを何かが接近したのは理解した。それは木々の陰に隠れる仮面の少女から撃ち出された必殺の一撃。


 いつもならジャックの戦いに手を出さない少女だが、今回のジャックは闇属性を封じられている。それに魔剣クリムゾンブルームの力も使っており時間も限られていた。


 ここはジャックの気持ちよりも任務を優先することが先である。そう考えた仮面の少女はジャックに構わずに二人の戦いに干渉する。後でジャックが怒るのはわかり切っていたが、仕方がないだろう。


 仮面の少女から撃ち出された攻撃が今まさにレアルに被弾しようとした刹那、突然その攻撃が消滅する。まるで闇属性によって封じられたかのように。


 たった数瞬の出来事だが、レアルとジャックの二人は互いの間で第三者同士の干渉が起きたことを理解して一斉に距離をとる。


「ちっ……」


 仲間に横やりを入れられたジャックはとても気に食わない様子だ。


「今のは……」


 対してレアルは何が起きていたのか分からない様子だが、自分に向かっていた攻撃を何者かが防いでくれたのだと気づく。もしその誰かが防いでくれなかったらレアルは今頃お腹に大きな風穴を開けられていたに違いない。


 遅れて訪れる恐怖であるが、戦いが続く以上は考えている暇はない。今の攻防でレアルは相手が油断できる相手ではないと改めて認識した。


 しかしジャックはどこか機嫌が悪そうだった。なぜなら魔剣クリムゾンブルームに残されていた魂の残量が枯渇していたから。


 つまりジャックはもう魔法を使うことができない。厳密には簡単な魔法が一回ほど使えるのだが、それでは戦いにならないだろう。まさにタイムリミットを迎えていた。


 そしてタイムリミットは魔剣クリムゾンブルームの所有者である仮面の少女も理解していた。だから彼女はちょうどそのタイミングで今度は二人の間に煙玉を投げ込む。


「なんだ!?」


 モクモクと湧き上がる煙がレアルとジャックを一瞬で包み込む。レアルはその煙が何かわかっていない様子だが、ジャックはその煙が撤退の合図だと理解している。気に入らない様子のジャックだが、これ以上は闇属性なしでは戦えないとわかっているためその場を後にするしかない。


 今回の仕事はブロードの研究の妨害であり、レイリアと戦争することではない。本音を言えば更なる封印を解いてもっと戦いたかったジャックだが、仮面の少女がそんなことをしてくれるとは微塵も思わない。


 ジャックは残った魔力を使って煙の中に炎を一瞬だけ燃え上がらせる。無意識に魔力の障壁を作っているレアルには効かないだろうが、地面に散ったブロードの研究成果を灰にすることはできた。同時に闇属性も使って大粒な灰は消滅させたので、レアルたちがブロードの成果を回収することは不可能だ。


 煙が晴れる頃にはジャックの姿はない。


「撤退……したのか……?」


 周囲を警戒するレアルだが、ジャックたちの気配は完全に消えていた。残されたのは自分は雇われただけだと主張していた男の無残な遺体と灰になった謎の粉。


 魔獣の不安を絶ったという点ではレアルの任務は達成に終わったのだろうが、本人的には不完全燃焼だろう。あとちょっとで全貌がつかめるところまで来て全てを消されたのだから。


 しかしこの一件でレイリアにおける魔獣の心配がなくなったため、七賢人たちはレアルの仕事を評価して序列を十位に上げた。もちろん任務を邪魔された存在を報告したレアルだが、七賢人たちはそれほど重くは捉えなかった。


 こうしてレアルの初めての暗黒領での仕事は幕を閉じる。


 これがレイリアの十三使徒レアルとダクリアの死神ジャックの初めての出会いだった。そしてこの数か月後、帝王キリスナ=セイヤが覚醒し、世界は経験したことのない混沌に陥るのであった。

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