光と闇5
「待ってくれ! 俺は悪くない!」
大声で叫びながら両手を上げた状態で出てきたのはローブを深くかぶった男だった。体格や声質は間違いなく男のものであり、とても特級魔法師の《魔笛》モルスカには似ていない。
この男が本当に魔獣を操っていたのかという疑問が強く残る中でレアルは男に向かって剣を突き立てる。
「ひぃぃぃ」
レアルが発する圧力に男は腰を抜かして尻餅をついてしまう。だがレアルには一切の容赦はない。十三使徒としてレイリアを守ることが使命とされているレアルには魔獣を操る男が許せなかった。
《魔笛》モルスカなら心配はないだろうが、慣れていない魔法師が魔獣を操ると必ずといっていいほど事故を起こす。具体的には自分の制御化を外れた魔獣が暴走して術者に襲い掛かったり、人間に襲い掛かったりと様々であるが、共通しているのは人間以外を成すということ。
さらに男は無罪を主張した。一歩間違えば深刻な事態に陥っていたかもしれないというのに自己中心的な主張をする男にレアルの怒りが湧き上がる。
「お前はどうしてこんなことをした?」
「た、頼まれたんだ! だから俺は悪くねえ!」
腰を抜かしながらも懸命に自己弁護する男にレアルはさらなる怒りを覚える。仮に男が命令されていようが、彼の行為はとても危険なことに間違いない。
「誰に頼まれたっていうんだ」
「そ、それは……」
男が言葉に詰まる。どうやら言葉にできない事情があるのか、それとも実は何も知らないのかもしれない。犯罪行為によくある手法として金銭を渡すことで実験的な行動の従事を求める者がいるが、今回はそういうことであった。
「し、知らねえよ! 俺は雇われた冒険者だ!」
「あくまでも白を切るつもりか?」
レアルの口調が一層強くなる。十三使徒として経験の浅いレアルは犯罪捜査の経験は皆無に近かった。そのため犯罪における常套手段も理解が薄く、今回のようなやり方には疎かった。
だから男は懸命に主張する。
「本当だって! 酒を飲んでたらいい話があるからって!」
「証拠は?」
「それはないが……でも本当だ、信じてくれ! それは俺も怪しいと思ったけど、前払いでかなりの額をくれたから乗るしかなかったんだ! それに俺はまだ誰も殺してねえよ!」
「まだ?」
「ひ、ひぃ……」
レアルの表情が一層厳しくなり、男がおびえた声を上げる。
「レアル、少し変わってくれないか?」
「ミコ?」
状況を見かねたミコカブレラが尋問を変わるように求めた。聖教会の職員としてレアルよりも経験があるミコカブレラは男がどういう状況かを察していた。
特に今回の場合はレアルよりもミコカブレラの方が適任といえるだろう。
「君は一体誰に雇われたかわからなといったね?」
「あ、ああ」
「でもどこの人間に雇われたのかは察しがついているんじゃないか?」
「それは……」
男の目が泳ぐのをミコカブレラは見逃さない。
「君が協力的に話すというならこちらも身の安全を保証する。でも非協力的ってなると身の安全までは保証できないんだけどいいかな?」
ミコカブレラの口調はレアルよりもはるかに落ち着いていて優しいものであるが、不思議とその声は冷たく非常だった。
男はすぐにミコカブレラの方がレアルよりも危険だと本能的に理解し、その重い口を少しずつ開く。
「これは予想だ。確証はない」
「構わないよ」
「俺を雇ったのは二区の人間だ」
「なぜそう考える?」
「技術力……」
その答えの意味をレアルは理解できなかったが、ミコカブレラは納得した表情を浮かべる。ダクリアについての知識は有しているが、実際に遭遇したことがないレアルは男がダクリアの人間だとは気づけなかった。
「それで君の出身は?」
「俺は工業都市の雇われの冒険者だった」
「なるほど。君の主張は分かった」
工業都市とはダクリア二区に所属する独立した街であるが、魔法師に対しては排他的な風潮がある街である。その理由としては工業都市で開発された技術をダクリア二区の魔王であるブロード=マモンが盗用したとかしないとか。
真偽に関わらず工業都市の人間は魔法師、とくに魔王たちにあまりい印象を抱いてはいない。それでも必要最低限の戦力は必要なために冒険者を傭兵と雇っており、男はその一人なのだろう。
「俺だってこんな手には乗りたくなかった。だが最近の工業都市は俺たち冒険者に対する不当な扱いが増えてきて収入が激減してたんだ」
「だから君の雇い主は近づいてきたと?」
「ああ……」
男に嘘をついている様子はない。おそらくこの男の主張は本当なのだろう。
となれば残るはどうやって魔獣を操っていたのかだ。過大評価しても多くの魔獣を操れるほどの魔力は感じられない。つまり男は何かしらの補助具を使って魔獣たちを操り、その補助具は十中八九ブロード・マモンが開発したものだろう。
ダクリアにおいてそれほどの技術力を有するのは彼くらいだから。
「ではどうやって魔獣を操っていたのか教えてもらおうか?」
「それは……」
「君の素性が割れた以上、こちらも温情を加える気はない」
「ま、まさかお前らはあいつらの一味か?」
「あいつら?」
急に恐怖を抱く表情を浮かべた男をミコカブレラは不審そうに見る。
「ここ数日で俺と同じく仕事を請け負った同胞たちが次々と殺されたんだ」
「誰に?」
「わからない。俺も必死にこの森まで逃げてきたが、あいつらはおそらく俺らを狙っている。いや、この粉を狙っているに違いない」
そういって男が取り出したのは小瓶に入った赤い色の砂。成分まではわからないが、一見すると魔晶石を砕いて粉末状にしたものと思えるが、これで効果が残っているのかは疑問だ。
しかし男がそれを取り出したということは、その粉末が魔獣を操る補助具の役目を果たしていたに違いない。どういう理屈でそんなことが可能なのかは皆目見当もつかないが。
「あいつらはこの粉を狙っているんだ!」
「だから誰なんだ?」
「し、知らねえよ! そうだ、お前らが俺のことを保護してくれよ! 抵抗はしないしすべて話すからあいつらから守ってくれよ!」
突然命乞いを始めた男はとても焦っているようだった。まるで自分の命を狩る死神が刻一刻と近づいてくるのを感じ取っているかのように。
「た、頼むよ! これだってお前らに渡す! だから!」
そういって小瓶をミコカブレラに手渡そうとした男はまるでミコカブレラに小瓶を押し付けようとも見えた。しかしその小瓶がミコカブレラの手に届く前に砕け散る。
「!?」
恐怖にガタガタと震えだした男であったが、次の瞬間にミコカブレラの耳に届いたのは男の悲鳴だった。
「ぎゃぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁl」
慌てて男から距離をとったミコカブレラの視界に移るのは身を炎に焼かれる男の姿。いきなり人体が発火したような状況にミコカブレラは状況を冷静には受け入れられなかった。
しかしすぐに冷静になって男の身を焼く炎の消火活動に入ろうとしたが、その前に男の身体が真っ二つに切断された。それはまるで鋭い刃物で切られたかのように。
「誰だ!?」
レアルが声を上げて周囲を警戒する。しかし周囲に殺気どころか、人の気配は微塵も感じない。だが間違いなく誰かがそこに潜んでいた。
気配はないが誰かがいる。そう確信していたからこそレアルはその攻撃に対処することができた。突然背後から斬りかかってきた少年の剣をレアルは無尽蔵の魔力で吹き飛ばす。
「ちっ……」
舌打ちをしながら地面に降り立ったのはレアルと同じくらいの年齢であろう少年。その少年の右手には奇妙な形をした剣が握られている。
その剣の名前は魔剣クリムゾン・ブルーム。そして魔剣を操るのは死神と畏怖される冒険者ジャックであった。




