にく1
ダクリア二区はダクリア大帝国の中でも特に科学技術が発展した地域であり、その発展に貢献した人物として前魔王であるブロード=マモンの名前があげられる。
街全体が機械化されたダクリア二区はまさにブロードの箱庭という表現が適切な街になっている。
「なんだこれは……」
ブロードの箱庭とも呼ばれた街の惨状を目にした者が口々に漏らす感想はその一言だった。特にブロードの箱庭と呼ばれた街並みを見た者たちにしてみれば今のダクリア二区は衝撃を受けるくらいでは済まないほど変わっていた。
魔王であるブロード=マモンが姿を消してから衰退の一途をたどって街全体が荒廃しているという話は聞いていた。だがその話を聞いていたとしても今の街の現状はとても受け入れられるものではない。
街のいたるところから黒い煙が空に立ち込め、頻発する爆発音。悲鳴こそ聞こえないものの、断続的に耳に届くのは人間の苦痛にあえぐ声。
そこにはブロードの箱庭と呼ばれた頃の面影は全くなかった。高層ビルは全てが崩れ落ちて破壊されており、劫火で燃えている。
一体どうすれば、あのような街並みがこれほどまでに変化するのか理解が追い付かないほど街並みは急速に姿を変えている。
「ここまで激化しているとはな……」
今、この街で戦いが起きていることは知っている。しかし彼らの知る戦いは街をこのような状況にまで変貌させるものではない。ここにきて初めて自分たちがやろうとしていることの重大さに気づいた脱魔王派の冒険者たちも少なくはない。
支部長たちも国を変えようとすることが何を意味しているのか、ようやく理解し始めたのだろう。
青ざめた表情の者もいるが、革命軍の一団は予定の合流地点まで移動をやめない。街の中心に近づくにつれて鼻腔に届く焦げ臭さと体に響く爆発の振動が今なお戦いが続いているのだと嫌でも実感させる。
あと少しすれば自分たちもあの地獄のような戦況に送り出されるのだと覚悟を決める者たちも少なくはない。
ここに来るまでは戦いといっても一対一の魔法戦をするのだろうと心の中で軽く見ていた自分がいた。しかし彼らが今やっているのは戦争であり、彼らがいつも参加している任務とは違う。真正面から力と力がぶつかり合うその状況はダクリアの魔法師にとっても初めての体験だ。
街の中心部近くに仮設された大型のテントに着くと支部長の指示で積み荷を降ろす一団。同時にテントの中から出てきた衛生兵がすぐに下ろした積み荷から医薬品を取り出すと急いでテントの中に走り去っていく。
その姿はまるで引ったくりや置き引き犯のような動きだが、テントの内部で何が起きているのかを考えると責められることはできまい。
テントにはここが何かを示す印は着いていないが、到着してからも途切れることなく運び込まれる怪我人たちを見れば、そこが医療用のテントだとはすぐに察しが付く。前線から戻ってくる冒険者たちは例外なく大量の血液を流しており、そこから前線ではどれほど激しい戦いが起きているのか容易に理解ができた。
「これより私たちも前線に出る。作戦通り速やかに同志たちの援護に向かえ!」
前線への出動を命令が耳に届いて身体を引き締める者たち。しかし命令を出した女性に心当たりのない者たちはすぐに胸をなでおろす。
今出動命令があったのは少し前にダクリア二区に到着した支部の者たちだ。おそらく今声を上げた女性はそこの支部の支部長なのだろう。
自分たちがまだ前線に出ないことに胸をなでおろした者たちであるが、彼らが前線に出されるのも時間の問題だ。
それまでに戦いが集結してくれれば、などと無意識に願う者もいるようだが、戦況はますます激化していく。そして新しく援軍が送り出されたと思えば、それ以上の数の怪我人が前線から運び込まれてくる。
おそらく中には前線で動けなくなっている者たちもいるのだろうが、彼らを助け出すほどの余力も残っていない。ひっきりなしに続く爆発音が戦況の激化を伝える。
後方からみる前線は赤く染まった地獄だ。
この地獄で自分たちは生き残れるのだろうか。そもそも自分たちは今有意な状況に立てているのだろうか。多くの負傷者が運び込まれてきているが、魔王軍側は自分たち以上に負傷者を出しているのだろうか。そもそもこの戦いに終わりがあるのだろうか。
後方で待機を命じられている脱魔王派の冒険者たちは多かれ少なかれ心の中で自問する。しかし彼らの問いかけに対して答えを知る者は誰一人としていない。ダクリアだけでなく、レイリアを含めたこの世界で戦争という大規模な戦いが行われた歴史はここ百年ない。
つまり戦争がどのように終わりを迎えるのかを知る者はいない。ダクリアでは長年に渡って魔王制度が敷かれていたために戦いといえば魔王の首を狙ったものだ。いくら大規模な戦いがあったといっても、彼らが今目にしている戦いに比べたら小競り合いにしかならないだろう。
彼らが目にしている戦いはダクリアに置ける初めての大戦なのかもしれない。彼らは初めて歴史に刻まれるであろう戦いを目の当たりにしているのだ。
ダクリア二区という一つの自治区を巻き込んだその戦いに終幕があるというなら、脱魔王派の冒険者たちも理想のために剣を振るえたかもしれない。だが終わりの見えない戦いは彼らの抱く理想を激しく揺さぶり、彼らの胸に問いかけた。
自分たちの描く理想像はこれほどまでの犠牲を伴って成立させるほどの価値があるのだろうか。現行の制度を我慢して崇拝すれば、このような惨状にはならなかったのだろうか。
自分は革命軍だという誇りをもって活動に従事してきた者たちにとって目の前の地獄のような光景は今一度自身の信じるものを問いただすようなものであった。
幸いなことに民間人の犠牲者が一人もないということが彼らの罪悪感を和らげるが、彼らの行為によって民間人の日常を奪っていることには変わりない。下手をすれば彼らの故郷を奪う行為である。そのことに対する罪悪感が彼らの胸を締め付ける。
自分の理想に対する猜疑心と他者の故郷を破壊するという罪悪感が胸を包み込む頃には彼らの頭の中に戦いから逃げ出したいという思いが反芻し始める。
もし誰かが声を上げたならば、自分もその声に賛同してこの場から逃げ出したい。そんな思いに苛まれている間にも、次々と前線に送り出される他の支部の人間たち。
頼む、頼むから誰か声を上げてくれ。心の中で強く思うが、彼らの耳に届くのは苦痛を耐える負傷者の声と前線への出動を命令する支部長たちの声。必死に戦う者たちの傍で逃げ腰な発言をすることは彼らに対する冒涜ではないのか、という思いがあるのも事実。
その場にいる多くの者が今すぐ逃げ出したいと叫びたかったが、結局誰一人として声を上げられるものはいなかった。
「我らも出動だ! 理想のためにその力を最後まで振り絞れ!」
声を出す前に前線へ送り出されることが決まった者たちは自分の本心を必死に殺しながら前線へと心進まぬ足を動かすのであった。
とりあえず8章が書き上がりました。
あと10話ちょっとで一区切りです。最後にアンケート取りたいのでご協力お願いします。




